門番 (1)
「モンバンさんいってきまーす!」
また今日も元気にアイツが街を飛び出して行った。俺の名前はモンバンじゃないと言うまでもなくあっという間に駆けていく。若者は元気でいいもんだ。夢と希望に溢れた面をしてやがる。
アイツは軽装でギルド支給の薬草袋を持っていたから、近くの森で草むしりでもやってくるんだろう。子供が小遣い稼ぎで受けられるレベルのクエストではあるが、訓練する兵隊、ダンジョンに潜る冒険者、走って膝を擦りむく子供、薬草の需要はいつだって高い。ギルドでもよっぽど高レベルにならない限りは持ち回りでやらされる大事な仕事だ。
とはいえ草むしりは草むしりだ。あんなニコニコ顔で駆けていくような仕事じゃあない。
「立派なもんですねぇ」
門の隣に立つ上司が話しかけてきているのか独り言なのか、どっちでもいいくらいの声を出す。
この人は基本的にやる気はないが、頑張っている人に向ける瞳は優しい。尊敬するところは特にないが悪い人ではないし、時間によっては暇では無いが1日が長く感じる門番仕事、これきっかけで雑談に興じるのも悪くはない。
「そっすねぇ、アイツが来てもう半年ですか? 最近はダンジョンにも潜って稼げるようになってきたのに、よくまだ草むしりやってますよ」
ダンジョンに潜れるようになった冒険者は薬草採取に行くのを嫌がる。理由は当たり前に単純で、儲けが違うから。
薬草採取はほとんどギルドがやっている慈善事業で、報酬も1日の宿と食事代程度しかでない。
「草むしりって言うと怒られますよ。ギルマスに。」
上司が雑談に乗ってくる。しばらく暇が潰せそうだ。
「俺もわかってますよ。薬草採取が大事な仕事だってことくらい。ただせっかく冒険者稼業も楽しくなってきたとこだろうにって思っちゃいますね」
「元冒険者の目線だとそう感じますか」
そう、俺は元冒険者だったが引退して門番をやっている。あまり人に話したくない過去だが酒に酔って一回この人には漏らしてしまった。
「一般論ですよ一般論、草むしりより冒険のが楽しいでしょそりゃ。だってこの間アイツ、オーク倒したんでしょ? 異例の早さですよ。結構ギルドでも注目株らしいんですから」
自分の話はしたくなかったのでアイツの話に切り替える。
「フフッ……たしかにそうですね。それでもああやって笑顔で薬草を採取しにいけるからこそ皆に好かれてるんでしょうね」
「いくら強くたって強さを鼻にかけてるやつは嫌われますからねぇ〜、それより……」
そうやって上司と会話したり、飛んでる鳥を数えたり、街に訪れる商人の積荷をチェックしたり、いつも通りの門番の仕事をしながら、今日も時間が坦々と過ぎていく。変わり映えしない毎日。昔の冒険者時代のことを思い出す日が無くは無いが、辞めた時の嫌な思いが蘇る前に目の前の仕事をこなす。悪くはないし良くもない。人生そんなもんだ。
今日も1日が終わる。日がだいぶ落ちてきた。そろそろ遠目に馬車でも見えない限りは門を閉めて兵舎に戻り、家に帰る前に酒場でも寄るか寄らまいかって時間だ。
だが、アイツが帰ってきていない。別の門から帰ってるならいい。だが普段は毎回ここを通る。俺が小便でもしてる間に通ってったってこともない。アイツは何故か俺がどこにいたって声をかけてから街に入る。あのいつもの
「モンバンさんただいまー!」
をまだ聞いてないのが気持ち悪くてしょうがない。アイツが今日行ったのは薬草採取だ。子供でも出来る草むしりだ。こんな時間までかかるような仕事じゃない。普通なら。
「あの子、遅いですね……」
先程までキャラバンの積荷のチェックを終え、手配書との照合、有名どころの国の罪人紋がないかのチェック、各人に通行証を発行と一連の流れをこなし、一息ついたタイミングで上司が声をかけてくる。
「そう、ですね……森の湖で魚でも釣ってて遅くなってるんですかね、あとは美味しそうなホーンラビットが出て追いかけ回してるかも知れないですしなんならダンジョンに潜りに行ったりして」
「遊んでてもこんな時間にはならないし、あの子が薬草採取中にダンジョンにいくような子じゃないことは貴方のほうが知っているでしょう」
「いや……まぁ、そう……かもしれないんですけど……そこまで詳しくないですけど……」
「フフッ……あの子のただいまが聞こえないから今日1日ずっとソワソワしていたくせに」
「アイツがいっつも声かけてくるから習慣になっちゃってるんですよ! そんな気にしてる訳じゃないですって!」
お互い不安な気持ちを追い払うためか、少し踏み込んで軽口を叩き合う。こうやって話してるうちにひょっこりアイツが帰ってくる。そして俺はいつも通り兵舎に帰り、少しだけ酒場に寄って、家に帰って寝る。いつも通りだ。変わらない日常。当たり前の日々。そうなるに決まってる。だって始まりはいつも通りだった。それなら終わり方だっていつも通りだろう。それが道理ってもんだ。そうだよな。
しかしその日
アイツは帰ってこなかった。