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王子様 (5)

 「へっへっへ、王子さまよぉ〜、大人しくしとけよぉ〜」

下卑た声で声をかけてきた男が、部屋から出ていく。僕は返事を返さない。下手に刺激をして後ろの二人に被害が及んでも困る。

二人には大人しくしているように言い聞かせていたから、怯えながらも僕を信じて背中の後ろに隠れてくれている。

男の足音が十分に離れていくのを確認してから、僕は声を出す。

「二人とも、よく我慢しましたね。」

「オ、オージサマ〜」

「旦那〜」

いつも通りにオージサマと僕を呼ぶのがノーチェ、その呼び方はやめて欲しいと言っていたのにいつのまにか旦那呼びが定着してしまっているのがフルール。聖女の認定を受けたというのにこの子は相変わらずの口調が抜けない。

ここは建設予定の学園の仮設倉庫の中だ。いずれ3人とも通うことになるだろうし、フルールが寄宿舎が出来たらそこに住みたいというので、様子を見に来たところだった。ノーチェはずっと自分の家で過ごしていいと言っていたが、フルールがいつまでもお世話になりっぱなしになるのは良くねぇっす、と言って頑なに受けなかった。

物陰から飛び出して来た5人ほどの集団は、あっという間に僕らを連れ去った。ただの物盗りなら僕が負けるはずはない。先生から仮に魔法が使えない状況になったとしてお荷物になるような魔法使いはゴミだと言われて、魔法だけではなく武術、体術、狩人の真似事からピッキングまで、なんでも仕込まれている。子供と大人の体格の差はあれど、魔法で身体強化も施せる僕が遅れをとるはずがない程度の使い手達だった。一人を除いて。

直接手を出してはこなかったが物盗りたちの背後に立つフードの男は、明らかに格が違った。余計なことをしたら殺すと全身から迸る魔力が物語っていた。それにノーチェのメイドさんが来ない。彼女がこの状況を許すはずがない。それが現れないということは、彼女自身になにかあったか、彼女だけでは手に負えないと判断したのかどちらかだ。

それでも乱暴されるなら戦うしかないと思っていたが、3人とも腕を拘束されてここまで運び込まれただけで、何かをされる気配はなかった。

やけにスムーズで荒事が起きない。違和感はあるが、何かわからないため動けずにいた。

「それで旦那、これからどうしますかい?」

さすが冒険者の娘だ。もう落ち着いて来たのか、さっきの怯えた態度はフリでノーチェに乗っていたのか、フルールが僕に聞いてくる。

「しばらくは様子を見ます。ノーチェのメイドさんが動いてくれているかも知れないし、僕の所在がわからないとなれば爺や先生も黙ってはいないはずです。」

「そうでやすか……ならアタイも大人しくしときましょう」

何をする気だったのか……動く前に僕に聞いてくれて良かった。それよりノーチェの元気がない。

「ノーチェ、大丈夫ですか?きっと助けは来ますよ、安心してください」

「は、はい…………」

安心させようとするがノーチェの顔は青ざめたままだ。時折こちらの顔を不安そうに見て口を開くが、何も言わずに顔を背けてしまう。婚約者として、彼女を安心させられない自分が腹立たしい。

その気持ちは胸に秘め、ノーチェの手をそっと握り微笑みかける。フルールもまたノーチェの手を握り、3人で手を合わせるような形になる。

「大丈夫でさぁ姫さん、ここには旦那もいるし、姫さんのメイドさんと旦那の先生がいりゃ、この世に勝てるやつぁいませんって」

「そ、そうですわね……ごめんなさいですの……ワタクシちょっと混乱してしまって……」

「助けが来るまで、なにか楽しい話をして時間を潰しましょう。アタイがノースヘイブンにいたころに蛇に尻を噛まれた話でもしますかい?」

「フルール、男性がいる前でそういう話はよしてください。いや僕抜きでもして欲しい話ではないんですが」

「ありゃ、そうか。じゃあ一角ウサギに尻を突かれて穴がもう一個増えちまったかと思った話を」

「だから!やめなさいって言ってるでしょう!?」

プ……クフフ……。

ノーチェがお腹を抑えて笑いを堪えている。

「ふ、二人ともやめてください………クフフ……アハハハハ!!」

ノーチェが笑う。僕とフルールも釣られて笑う。

ガァン!!!

「何笑ってやがる!!ガキども!!」

倉庫の入り口が叩かれて、3人は黙った。それでもクスクスと笑いが堪えられないでいる。

フルールがいてくれて良かった。話の内容はともかく、彼女の明るさは陽の光のような温かさがある。少々下品なところと言葉遣いは直したほうがいいと思うが、両親を亡くしてなんとかたどり着いた街で突如として聖女扱いされて、祭り上げられてしまっているというのに、人生なるようになりまさぁ!!ワッハッハ!!と笑う彼女には普通の聖女のイメージはまっっったくと言っていいほど重ならないが、それでも多くの人を救うであろう未来が容易く想像できる。

ノーチェの方を見る。ひとしきり笑って恐怖は落ち着いたのだろうが、その表情には翳りが見える。そんな顔をして欲しくはない。彼女にはずっと笑っていて欲しい。それが僕の隣であるならこれ以上の幸せはない。

そしてずっと感じていた違和感の正体がわかった。相手の目論見もこの騒動の首謀者も。ちょうどその首謀者も意を決した表情で僕を見つめている。

「あの、オージサマ!」

「わかっています。ノーチェ。いえ正確には今わかったところなんですが」

キョトンとした顔で首謀者がこちらを見る。

「え?え?どういうことですかい?なにがわかったんですか?」

フルールが混乱している。

「僕の愛する婚約者はとても困った人だということですよ」

ノーチェの顔が青ざめる。責めるつもりはない。僕はノーチェを抱きしめた。

「大丈夫ですよ。大丈夫……ただちょっと悪ノリした大人達がいるだけです。」

腕の中でノーチェが震えている。

「あの……あの……ワタクシ……その……」

ノーチェの声が涙に滲んでいる。

「大丈夫、そしていい加減に僕が貴方以外を愛する気がないことをわかってください」

「ご、ごめんなさいですの……ご、ごめんなさぁー--い……!」

泣き出したノーチェを心配してフルールが何がどうなってるんですか?どうしたんですか?姫さん泣かないでおくれとおろおろしている。まったく……。気づいてしまえば状況が安全なことには安心したが、我が愛しの婚約者をこんなに泣かせるとはなんとか一泡吹かせてやりたいものですね。


しばらくして泣き止んだノーチェから事情を聞き、僕の考えが間違っていなかったことを確信した。

そして今の状況が誰によって起こされているのかも。

「二人とも、僕に考えがあります。今から話すので聞いてください。決行のタイミングとしてはあの窓から見える月が見えなくなるまで高い位置にいったら、動き出します。」

「よくわかってねぇですが旦那が言うなら大丈夫だ!何でも言ってください!」

「ワタクシはオージサマをお支えするだけですの」

さて、悪い大人にはお望み通りのものを見せてあげよう。とはいえ涙の落とし前くらいはなんとかつけさせてみせる。僕は少し怒ってるんで普段少しは子供らしいところを見せろと言われてる分、思う存分、子供らしくぶつかってあげようじゃないか。

わぁ、どうなるんだろ

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