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王子様 (4)

 「あの……どちらさま……です、でしょうか?」

ある日、ノーチェに呼ばれたので彼女のお屋敷に行き、庭園でお嬢様がお待ちになっておりますといつものメイドさんに通されたので、僕も何度もお茶をしたことがあるいつもの場所まで向かうと、見知らぬ子が座っており、ノーチェしかいないはずだったのだが、これはどちらのお嬢様だろうと思案していると、先におずおずと話しかけられてしまった。

僕は挨拶の声をかけなかったことを謝辞し自分の名前と、ノーチェの婚約者であること、立場上はこの国の王子であることを伝えた。

「お、王子様……!ごめ……じゃない大変を失礼をしたす……いたす……!あ、あの、失礼いたしました……!」

慣れていない言葉遣いなのか、喋りにくそうに彼女は謝る。自分の立場は理解しているが偉ぶりたいわけではないので、少し申し訳ないくらいだ。

「構わないですよ。喋りづらければ喋りやすい話し方で大丈夫です。それより、ノーチェはどこですか?」

「ノーチェって姫さんのことですかね?いやそれがアタイもここで待ってろって言われたから待ってるんだけど、なにがなにやらわからんのでさ」

…………すごい砕け方をしてきた。え?今人が入れ替わってないよなと周りを少し見渡した。

「どうしやした?」

少し面を喰らったが、話がスムーズに進みそうで良かった。

「そ、そうですか。僕も呼ばれたから来たんですが……それなら一緒に待っていますか」

ノーチェが突拍子も無いことをするのはいつものことだ。そう言う時は何か考えがあるようだし、素直に状況に任せる。空いていた椅子に座るとメイドさんがどこからともなく現れ、ティーカップにお茶を注いでくれる。香りを楽しみ、ティーカップに口をつけて横を見るとメイドさんの姿は消えていた。魔女かなにかかあの人は。

「い、今メイドさんが一瞬で現れて一瞬で消えやしたけど……」

口調は年のいった男性みたいな見た目少女が困惑している。

「あぁ……気にしないでください。彼女はいつもあんな感じです。」

「き、気にしないでったって……」

そりゃ気になるだろうな。いつのまにか彼女の前のティーカップにもお茶が注がれているし、テーブルの上には焼き菓子が並んでいる。

「それより、お茶をどうぞ。温かいうちの方が美味しいでしょうから。そこにあるクッキーも合わせてどうぞ。とてもよく合います。」

「え?あぁ……クッキー?これのことですか……へぇ……」

納得はいっていないようだったが良い香りにつられたのかお茶を飲み、焼き菓子に手を伸ばす。そしてとても驚いた顔をし、もう一つ、もう一つと手を伸ばしている。このクッキーはノーチェが考案したもので、命名もノーチェだ。お茶にはお茶菓子が必要ですの!と言ってある日、僕とのお茶に持ってきた。手作りだったらしい。この国ではお茶を飲む際は少量のフルーツなどが添えられていることが一般的だったが、彼女が作ったクッキーは程よい甘さと口当たりの良いサクサクとした食感が、お茶とよく合い、とても美味しい。クッキーとはどういう意味かと聞いたが、クッキーはクッキーですの、美味しいでしょう?と満面の笑顔で言い切られたので、深くは追求しないでいた。僕が気に入ったのが嬉しかったのか、僕とお茶を飲む時はノーチェが手ずから作ってくれる。

それで、きらきらした目でクッキーを食べている彼女は誰だろう。ノーチェのクッキーをこんなに美味しそうに食べてくれるなら良い子に違いないだろうけど、僕の分も少し取っておいて欲しい。

「それで、君の名前は?」

「ん!?……ングッ!……ゴクゴクッ……プハッ……!そうだった!アタイはフルールっていいやす!」

思ったより可愛い名前だった。癖が強そうな赤毛と力強い緑の目がついたその顔は、お嬢様というよりは下町のガキ大将といった雰囲気がある。一応女性用の服を着てはいるが、たしかあれはノーチェが動きやすいようにと作ったワンピースという服だったはずである。

「フルールはどうしてここに?」

「へぇ……それがアタイはノースヘイブンって街の出身でして、冒険者だった両親がおっ死んじまって、この国だと孤児院で飯を食わせてもらえるから、自分たちに何かあったらここに行けって両親に言われてたんで、商人の馬車に潜り込んでこの国に来たんでさ」

「それは……大変でしたね……」

予想外の経緯を説明されて、驚く。月並みな返ししかできなかった自分を恥じる。

「気にしないでくだせぇ、冒険者の子はそんなもんです。この国に入り込めただけラッキーですよ」

同い年ぐらいに見えるが、恐ろしく逞しい。ノースヘイブンと言えばあのあたりで出来たダンジョンをキッカケとして冒険者が集まって出来た街だ。なんだかものすごく強い門番が街を守ってるとかで、聞いたことがある。自分の知らない世界で生きる人々を実際に目の当たりにし、世界の広さを実感する。

「それでですね!孤児院で飯を食わせてもらってたんですけど、昨日やたら偉そうだけどすげーイケメンの銀髪のおっさんと可愛らしい姫さんが孤児院に現れまして、なんか光ってる球に手をかざせって言うんですよ」

先生とノーチェだ。子供達の才能の有無を判別する方法が完成したとかで、手始めに有望な子供がいないか探してくると言っていた。本当は僕も行きたかったのだが、最近サボりがちだった爺との王族としての知識教養の勉強でどうしても行かせてもらえなかった。

「そんで手をかざしたら球がパーッ!て光って、バキッと割れちゃったんですね。やっべアタイなんかやっちまったかと思ってたらそのおっさんと姫さんが何か話して、姫さんに連れられてここまで連れてこられまして、風呂に入れてもらったり、すんごいフカフカのベッドで一緒に寝かせてくれたりして、貴方を待っていたのよとかなんとか言われて、よくわかんないけどなんか悪いようにはされないようだし、いっかーと思って言われるがままにやってたら、ここにいる。って感じでさ」

「な、なるほど……。」

じょ、情報が多い……。しかし澱みなく説明してくれたフルールはかなり頭が良いのだろう。可愛らしい姫さんとは、目もとても良い。ここに至るまでの流れはよくわかった。話し終えてスッキリしたようでパクパクとクッキーを食べ、今最後のクッキーに手を伸ばした……ところを僕がすかさずとって食べる。全部はあげない、全部は。フルールが残念そうにこちらを見ているが、僕だってノーチェのクッキーは食べたいのだ。空を見上げて目をそらす。そのまま、この状況をどうしたものか……と考えていると、ほど近くからボソボソと声が聞こえる。

「お、おかしいですの……全然ロマンチックな雰囲気になりませんの……運命の出会いのはずが……」

この声は、ノーチェだ。僕が間違えるはずもない。椅子から立ち上がり、コッソリと綺麗な花を咲かせた低木の横を覗きこむ。やはり、そこには頭を抱えたノーチェがいた。

「会えばなんとかなるかと思ったけどなる気配がまったくありませんの……お友達としてはとっても素敵な方ですけど……どうしたらいいんですの……?」

なにかブツブツと言っている。僕に気づいている様子はない。

「友達になりたいのなら、こちらで一緒にお茶を飲みませんか?」

「ピャッ!?」

小動物の鳴き声のような可愛らしい声をあげてノーチェの体が跳ね上がる。こっちをゆっくりと振り返ってニコリと笑った。うん、可愛い。

「オ、オオオオージサマ、ご機嫌麗しゅうございますの……」

「はい、ノーチェも。なんだか楽しそうで何よりです」

「そ……そんなことはありませんの……あの……お、怒ってます……?」

怒ってなどいないし、僕は笑顔を作っているはずだ。ただ言いたいことはある。

「怒ってはいませんよ。ただ僕の愛しの婚約者にお茶に誘っていただけたと思ったら、肝心の婚約者はいないし、僕の知らないところで知らない子がノーチェと一緒のベッドで眠っていたと聞いて、一体どういうことかな、いい加減説明して欲しいな、と思っているところではありますね」

「いやー……あのー……それはー……運命の出会いがー…………ごめんなさいですの」

ノーチェが素直に謝る。すごくションボリしてしまっている。本当に怒ってはいないのだが、僕を思って謝ってくれるなら僕も素直に返そう。

「謝罪を受け入れます。それより一緒にお茶にしましょう。僕はノーチェに会って、話したくて来たんですから。フルールのことをノーチェからも詳しく説明してください。」

ノーチェの手を取って立たせる。テーブルの方を振り返ると横にはいつまにかメイドさんが立っており、お茶のおかわりはいかがですかとばかりに首を少し傾げてポットを持っている。フルールはお腹が膨れて眠くなったのか微妙にウトウトしているように見える。女性に対して失礼だが、子犬のように無邪気な子だなと笑ってしまった。


 そしてテーブルについた後、ノーチェからフルールは聖なる力があることや、先生の測定器を壊してしまうほどその力が強いこと、僕とフルールは前世からの繋がりがあり、いずれ僕と協力して国に迫る厄災を退けること、などなどを話してくれた。

それらはきっと重要な話で、少しも疑っていなかったし、先生から魔法を習っている僕からしてもフルールから漏れ出ている力は特別なものを感じずにいられないが、ノーチェが一生懸命に僕の目を見て話してくれる様が愛しくて、微笑ましくて、隣で心地良さそうに寝ているフルールと、ニコニコとこちらを眺めているメイドさんと、愛しの婚約者と、こんな日々がいつまでも続けられたらいいのにと頭の片隅で考えながら、今ある幸せを噛み締めていた。

ありがとねー

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