王子様 (2)
「さてオージサマ、俺様が教えた魔法を起こす行為を全て答えてみろ」
今日は先生の授業の日だ。先生の名前は先生、ある日お父様が僕の家庭教師にと紹介してくださったこの男性は開口一番「俺のことは先生と呼べ」と言い放ち、それ以上は自分のことを紹介せず経歴も素性も何もかも教えてくれない。男性だが長い銀髪と目鼻が整った顔立ちは控えめに言っても僕がこれまでに見たどんな人よりも美しく見える。だとしても、いやだからこそ怪しさ満点に見えるのだが、お父様は全幅の信頼を寄せているし、教えてもらえる内容もこの国で常識とされている魔法学にはまったく則っていない、革新的で初めて聞くようなものばかりで、僕は夢中になった。どこでこんな知識を得てきたのかと聞いても、俺様が世界一の魔法使いだからとしか答えてくれないが、それが事実として疑いようもない雰囲気を醸し出している。
「はい先生、基礎的な呪文を伴うものからいきます。正式詠唱、簡易、無詠唱、圧縮、遅延、次に呪文を伴わない陣の種類、地上陣、空間陣、多重陣、立体陣、魔導刻印、次に身体を伴うもの、自己魔力燃焼、外魔力燃焼、譲渡、最後に特殊な条件下におけるものを、召喚、精霊、契約、代償、以上です。」
先生にこれまで教わった魔法の種類をあげる。ちなみにこの国で現在魔法使いが使用するものとして常識とされている魔法とは正式詠唱、簡易、無詠唱くらいしかない。
「造形陣が抜けているな、だがあれは空間陣の発展応用型でもある。おまけで合格にしてやろう」
そうだった……。造形陣は陣自体の形に囚われず土を捏ねるように形づくり、その造形に適した魔導文字を陣に編み込むことで、独立した行動を可能にしたり、自在に変化させる高等技術だ。従来の陣とは発展性が別物であると言っていいと先生が言っていたのに、うっかり抜けてしまった。
「すみません……」
「その年で今言った魔法がどんなものかまで理解して実践できるのだ、悪い出来ではない。まぁ俺様はお前の年にもなれば契約と代償以外は使いこなしていたからまだまだだがな」
ガッハッハッハと見た目に似つかわしくない高笑いをする。しかしそれすらも似合って見えるから不思議な人だ。
「先生と比べないでください……」
「落ち込むな。魔法は多様にある。人によって向き不向きもある。一つの魔法しか出来なくてもそれだけなら俺様より……いや同じくらいで使いこなすようなやつもいる。そして魔法はお前に教えたものが全てでもない。この世界にはまだ俺様すら知らない魔法が、知恵が、法則が眠っているかもしれんのだ」
落ち込んでは無かったのだが励ましてくれたのだろうか、尊大な人だが意外と優しい。僕からするとこの人が知らない魔法が本当にあるんだろうかと疑いたくなるが、この人が言うならばきっとそうなのだろう。少なくとも陣を用いた魔法が古臭いと廃れてしまった我が国においては、知恵が失われることを進行形で表してしまっているし、過去にそうやって埋もれた魔法が無かったとは考えづらい。
「そうだ、先生。どんな人でもどんな魔法が得意かどうかって判別する方法ってありますか?」
ノーチェが言っていた孤児院での教育、魔法の才能がある人がいるかもしれないという話を思い出し、聞いてみる。
「あるにはあるが……ノーチェ嬢か?」
「な、なぜノーチェが出てくるんです」
質問した理由を当てられてしまったので驚く。
「お前が突飛な質問をしてくる時は大体ノーチェ嬢だ、それにどんな人でも、というこの国にはない発想をしそうなのはあの娘くらいしか知らない」
「それは……そうかもしれません。その通りです。ノーチェから孤児院の子供達から魔法を含む才能の見つけるために教育をしようと話をされたのです」
少し僕なりの解釈が混じっているが、概ね間違ってないだろうからいいだろう。
「ふむ……後天的な才能の発掘可能性に気付いているのか偶然か……常識に囚われないその発想は、お前より魔法を使うのに向いているかもしれんな?」
先生がニヤリと笑って僕をみる。
「ええ、僕もそう思いますよ。今は自分が魔法を使うことに興味があまりなさそうですが、いずれは素晴らしい才能を開花させると思います」
ノーチェが先生ほどの人に褒められたので嬉しくなり無意識に口角が上がってしまう。
「少しは悔しそうにしろ。まったく……娘の話になると年相応の顔になりやがる」
「え?そ、そうですか?年相応の顔?なにか変な顔してます?」
顔をムニムニと触ってみるが、自分ではわからない。年相応の顔って……むしろ普段はどんな顔をしているんだ……?
「まぁ判別方法とやらは考えといてやる。出来上がったらお前に教えてやるから今は授業に集中しろ。」
「あがとうございます!!」
僕は素直に、心からのお礼を伝えた。先生はその顔を見せてやればあの娘もイチコロだろうになどとと言っていたが……イチコロとはどういう意味だろう。聞いてみようか。
「ところで、”炎弾”の正式詠唱は覚えたか?前にも言ったが正式詠唱が完璧になるまでは簡易も無詠唱も教える気はないぞ」
実践を伴った授業が始まる。ここからは危険もあるため、ふざけられない。正式詠唱は、呪文を発声して扱うタイプの魔法の基礎だ。ヒト族が一番世界へ働きかけやすい方法であり、魔法を扱うための通行証のようなものにあたる。簡易も無詠唱も圧縮も遅延もまずは正式詠唱が完璧に出来なければ出来ない。世界から承認されない、と先生は言っていた。
「はい、先生”炎弾”の正式詠唱は――――」
先生との楽しい授業の時間は、瞬く間に過ぎていく。
ありがとね