王子様 (1)
「オージサマ!ワタクシ孤児院をもっと良い場所にしたほうがいいと思いますの!」
なんだか自信満々で僕に提案してきたこの子は、婚約者のノーチェディココ・ド・エスクレンティスと言う。時刻はお昼過ぎ、僕とノーチェ、周りには世話をしてくれる侍従達、宮廷にある母様お気に入りの庭園で、ささやかなティータイムを楽しんでいるところだ。ノーチェから話を聞いて欲しいと前日申し入れがあったため、こうやってセッティングした。僕たちは婚約しているとはいえ気軽に愛称で呼ぶのはどうかと思うかもしれないが、本人からノーチェと呼んでくださいましと言われているので、普段はそう呼んでいる。それならば僕のことも普段は名前で呼んで構わないと言っているのだけど、王子様、もとい少し独特な声の高さも相まってオージサマと表記したくなる呼び方で呼んでくる。本人は自分の声をあまり好きではないらしく、最初に出会ったころは申し訳なさそうに小さな声で喋っていたのだが、僕としては飛び跳ねるようで可愛らしく、傍で聞けば耳をくすぐられているようで心地よく、たくさん聞かせて欲しいとお茶に誘い色んな話をしているうちに、今ではこうやって元気に話しかけてくれるようになったので、とても嬉しい。それでも名前ではなくオージサマと呼ぶのは距離を取っているわけではないらしいのだが、ワタクシにとってオージサマはオージサマですから、と気まずそうに誤魔化してくるので何か彼女にしかわからない理由があるのだろう。その壁を壊して、名前で呼び合える仲になるのが、目下の目標だ。
それにしても孤児院とはどうしてだろう。ここまでは庭園に新しく咲いた花の話をしたり、家の護衛が警護中に居眠りをしてしまっていたので顔に悪戯書きをして遊んでいたら護衛諸共ノーチェの父に怒られてた話で笑い合ったりしていたのだけど、ふいに意を決した様子でノーチェが言い放った。たしか城下町にある孤児院はそれほど劣悪な環境ではないはずで、まだ僕も10歳でしかないから、基本的には王城で過ごしているため詳しくは知らない。
「ノーチェはどうしてそう思うのですか?」
僕にできることがあるかはまだわからないけれど、まずはノーチェにその発想がどこからきたのかを聞いてみよう。
「あのですね、子は宝!ですの!孤児院出身の子の中にはその才能を埋もれさせてしまう子もきっといますの。孤児院出身の子供は卒院後、日銭を稼ぐために肉体労働者になることが多いですの。それ自体は決して悪いことではないのですけど、正しく教育の機会を与えれば、宮廷の魔法使いや研究者を志せるような子もきっといるはずですの。そうすればこの国はもっと豊かで大きな国になるはずですの。オージサマはそれをもったいないなと思いませんの?」
用意してきたようにスラスラと答えてくれる。しかし少々驚いた。良い場所にするとは教育を受けさせるということだったのか。この国では教育の機会が満足に与えられるのは基本的に貴族や騎士などの一定の地位を持つ親の子供、もしくは商人のように金銭に余裕のある子供に限られる。それ以外の子供は僕たちの年齢ぐらいからは既に親の手伝いをしていたり、職人の下働きや執事やメイド見習いなどの職に就く。たしかに孤児になると鉱夫や冒険者の荷物持ちなど、少し子供には酷な仕事に就くことも多いと聞く。そんな子供たちを国の未来と結びつけて考えるとは、それはそういうものだと考えていた自分を少し恥ずかしく感じた。まるで練習してきたかのような明瞭なノーチェの言葉は出処が少し気になるが、言っていることは至極真っ当だ。
「しかしノーチェ、逆に孤児だけを優遇するわけにはいきません。それを言うなら孤児だけではなく、親があっても既に働いている子供達にも教育の機会を与えるべきではないですか?」
「うぐっ……それはそうですの……」
「それに魔法は家系の影響が強く出ますし、教育にはお金がかかります。貴族や商人の方々のように余裕がある家庭でないと教育を続けるのは難しいと思うのです。」
僕もたしかに本当に才能が埋もれてしまうのならば勿体無いと思うが、現状を変えるのはとても難しい。言いたくはないが貴族の中には平民が教育を受けることを良しとしない人々もいるだろう。
「それもそうですけど…………正ヒロインが孤児出身ですし魔法は本来後天的に伸ばせますし……」
ん?それもそうですけどの後がよく聞き取れなかった。セイヒロイン?僕の知らないノーチェの友人だろうか。ノーチェはたまに僕の知らない言葉を使う。コウカンドだとかフラグだとか、最近では言わなくなったがセイヒロインもその類だろうか。念の為覚えておこう。
「10歳のくせに頭が良すぎますのこのオージサマは……」
今のは聞こえたぞ。同じ10歳だしノーチェも僕の知らないことを知っていたり、新しい考えを持っていたりするのを僕は尊敬しているのだが。
「ノーチェ?」
「と、とにかく!孤児院の、じゃなくて子供たちの教育は大事なんですの!もうちょっとまとめてきますからまたお会いしますの!ごきげんよう!」
「え?あ、うん。ごきげんよう」
行ってしまった……。話したいことがあると言われたのでお茶の席を用意して、ノーチェのために良いお茶菓子を仕入れていたのだが手をつけずに行ってしまった。今日は出会った時からソワソワしていたので、今の話が本題だったのだろう。もう少し乗ってあげた方が良かったかな……。
でもまとめてからまたきますと言っていたし、ノーチェなら近いうちにでもやってくるだろう。それまでに孤児院の状況と貴族を含むこの国の子供たちの年齢分布と出身別就業先一覧と魔法や研究者適正の判別方法なんかを爺や先生と協力して調べておこう。爺はまた余計なことをやりだしてと難しい顔をしそうだが、先生なら面白がって協力してくれそうな気がする。あとは何が必要かな。あ、今度こそノーチェが気に入るお菓子も用意しておかないとな。
フフフ、楽しくなってきた。ノーチェはやっぱり面白い。子供っぽいところもあるのに子供らしくない発想をする。先生にはお前もだぞと頭を小突かれそうな気がするが、僕とは違う。まるで行ったことがある、よく知っている違う国の話をするような時がある。あれは僕の子供らしくなさとは違うものだ。それにその発想はいつだって誰かのためにある。身近にいる人どころではなく、知らない人のためにも考えている。自分じゃない、見知らぬ誰かが幸せになるために。それは大人にだって早々できることじゃない。そんなノーチェのことが僕は大好きだし、尊敬している。
だからノーチェが次に王城に来るまでに、僕も出来る限りのことをして彼女を笑顔にしてみせるのだ。
「そして、いつか名前で呼んでもらう。」
僕の目標、言っててちょっと悲しくなるな。
読んでくれてありがとー