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門番 (9)

ゆっくりと目が開く。

体が死ぬほど重い。

体の左側の感覚がない。

寝違えたか……?腕が痺れて…………違う。目の前の緑はまだ自分が森の中にいることを示している。

どうなった……!?体を跳ね起こす。

俺は即座に状況を思い出した。

自分の左腕をチラリと見たがあらぬ方向に曲がっているのが目に入る。興奮して痛みを遠くに感じるが、時期に激痛が走るだろう。今の内だけは思考から除外した。

ドラゴンの尻尾に吹き飛ばされた後、木に叩きつけられて意識を飛ばしていたようだ。

死なずに済んでいるのは直撃の瞬間、吹き飛ばされる方向に全力で飛んだが故になんとか衝撃を吸収できたからだろう。体は動く。

意識が徐々にハッキリとするにつれ猛烈な痛みと吐き気、眩暈がする。脳が正常に動き、生命の危険信号を叩きつけてくる。

それでも倒れてる場合じゃない。

どれだけ気を失っていた!?

太陽を見る。変わっているようには見えない。ほぼぶつけられた瞬間に起きたくらい

足は動く、視界も正常だ、左腕は動かない、右腕はまだ動く。ドラゴンはどこだ。

茂みから頭を出し周囲を窺う。

…………いる、それどころか。こっちを睨みつけている。

なぜ襲ってこないかは目を見てわかった。

ドラゴンには知性がある。人の言葉こそ喋らないが、騎兵の相棒として竜を従えている国もあるらしい。人と竜が生涯の友となり、死するときを共にすると聞く。

恐らく俺の槍はたしかに致命に至る一撃になっていた。不意打ちでしかないその一撃だったが、俺を最期に戦う相手として認めてくれたらしい。

”はやく立ち上がれ、そしてかかってこい”

ドラゴンの瞳が、そう言っている。

致命であったならば俺の勝ちだ、もう逃げてもいい。追撃をしてこなかったのは単純に傷が深くて動けなかったのかもしれない。その考えが頭をよぎったが……それはないだろう。最期に俺を踏み潰すくらいは出来たはずだ。竜の全身から立ち上る闘気がそれを物語っている。あえてそうしなかった。正面から死合って、勝ったほうが生き残るのだ。

背中を見せれば今度こそ最後の死力を持って踏み潰されるだろう。

それに死に際に見せるドラゴンの誇りから、冒険者であることを諦めた俺から、ペスカが俺に見せた笑顔から、逃げるわけにはいかなかった。

拓けた空間にゆっくりと戻る。その時、ペスカの折れた剣が地面に刺さっているのに気付いた。

たぶん、これを刺したのはおっさんだ。

そういえば街の門の前で話した時、見つけたと言っていたのにその手に持っていなかった。おっさんはペスカが薬草を取る時、ここに来ることを知っている。墓標のつもりか、あとで来たときに回収するつもりだったのか、たまたま、ここに刺していった。

つくづく、運が良い。まるでこうなることが決まっていたかのようだ。

俺は折れた剣を抜き、右手一本で構える。普段の得物は槍だが、剣も扱えないわけじゃない。


剣が、淡い光を放つ。


なぜかペスカが傍にいるような気がした……縁起でもない、アイツはいま木の下で気を失っているはずだ。恐らくドラゴンと戦った時に込めた魔力がまだ残っているんだろう。かなりの時間が経っている、普通そんなことはありえないが、あの年でドラゴンと切り結んだようなやつだ、それぐらいのことはあるだろう。

でも、おかげで心が落ち着いた。体の痛みがスッと引いていく。


しばしの沈黙。

ドラゴンと男は見つめ合う。

男が口を開く、その実それは呪文ではなく、意識を切り替えるスイッチのようなものだ。

剣の光が体へと登っていき、門番を包む。

体を流れる脈と軸を正しく認識し、自己の力を限界を超えて高める。

極限の状態において、男はこれまでになく自分の体を、流れる力を感じ取った。

力は自分の体の先、その手に持つ剣、両の足が踏みしめる大地、そして相対するドラゴンからも流れてくる。

世界と溶け合うような、そして世界を自分の中に納めるような感覚。

4回目、限界を超えた回数。男は初めてこの力を正しく使えたと確信し、発声する。

「疾風」

ドラゴンが咆哮する。槍をドラゴンの体に突き刺した時よりもなお速い。さながら疾く風となり疾走する。それでもドラゴンは強者としての本能か、その一撃の先を察知し、カウンターを構えた。

両者は、激突した。


ギャリィィン!!高い音が響く。

捕まらない自信があった、それほどに体に漲る力に自信があって切り掛かったが、それを読んでいたかの如く俺が踏み出した瞬間にはもうドラゴンが右の前足を振りかぶっていた。体勢を低くしドラゴンの左側に抜けるように剣でいなしながらギリギリでかわした。

もう一度だ……!俺は間髪入れずに切り掛かる。

しかし今度も攻撃を合わせられる。俺がドラゴンの力を感じたようにドラゴンも俺の力を感じているのか、動きを読まれているのを感じる。速度を活かし、素早く切りつけては離れるのを繰り返すが、決定的な一撃にはならない。

本当に死にかけてるのかコイツは!!油断すれば殺られる。当たり前だろうが最期だからといって手を抜く気はドラゴンにはないようだった。


戦いながら使い物にならない左腕を一瞥する。治療師に見せれば動くようになる可能性は十二分にある。でも仕方ない。疾風が切れたら俺は動けなくなる。迷ってる暇はない。この流れを強引にでも断ち切らねばならない。


再度切り掛かる。ドラゴンが合わせてきた攻撃をうまく弾くが、わずかに体勢を崩してしまう。

ドラゴンはその隙を見逃さなかった。すかさず俺を噛み砕こうと首を伸ばす、俺は避けきれず左腕を噛まれドラゴンが首を持ち上げると共に体が宙に浮く。そのまま叩きつけられる。動けなくなった体に追撃をくらい、死亡する。ドラゴン最期の戦いは英雄の少女を守る門番に勝利し幕を閉じる。少女は小さき命を救うが息絶え、門番もまたその命を賭して少女が助けた命を守った。少女と門番は人々に語り継がれ、悼まれる、明日どこでくたばるかもわからないこの世界では、最高の栄光だ。


そんなクソみたいなオチは、絶対に嫌だね。

「ああああああああああ!!!!!」

叩きつけられる前にドラゴンの牙により千切れかけている左腕を、自ら断ち切る。

ドラゴンは叩きつけるはずの質量が当然消失したことに戸惑った。

うまく体がドラゴンの頭の上に来る。勝ちを確信していた、今は驚愕を感じるその右目に、折れた剣を突き刺した。

「グギャアオオオオゥ!!!」

まさかの展開と攻撃にドラゴンが怯む。

俺は空中で体勢を整え着地する。左腕からは血が噴き出している。視界が白く染まりそうになる。

「まだだ……!!」

目の前には先刻突き刺した槍がある。ドラゴンの体に足をつき残った右手で握り締め、力の限り引き抜く。

「ぐうううおおおお!!!」

ずるりと、槍が引き抜かれ、その傷跡から血が噴き出す。

「これで終わりだ!!!」

もう一度、槍をドラゴンに突き刺した。今度こそ、残った命を刈り取れと、深く、深く突き刺す。

声を荒げていたドラゴンが、一際大きく、咆哮した。

体がビリビリと振動する。

巨体が、ゆっくりと倒れ始める。


俺はなんとか巻き込まれないように距離をとり、左腕の止血をしなければと思った瞬間、視界が歪む。踏みとどまろうとする足も動かず、体が倒れた。

ズズゥンと音がしてドラゴンもまた倒れ切った。


そんな……!まだ終わりじゃないんだ……これから街に戻って……救助を呼んで……ペスカを連れ帰らないと……。

スイも俺を信じて待ってる……。動け……!!動いてくれ……!!!

体がピクリともしない。

もう覚悟や根性でどうにかならない。うっすらわかっていた。

嘘だろ……!!ドラゴンを倒したんだぞ!!疾風も掴んだ、俺はまだ強くなれる。それに思い出したんだ、あの村でのことを、ペスカに、ペスカに聞きたいことがある。二人とも生きて、あの街に帰るんだ……!!

それでも体が動かない。

目が、閉じそうになる。


「おい!!大丈夫か!!」

なんだ……?

「モンバン!!しっかりしろ!!」

おっさん……?なんで……。幻覚でもいい、ペスカを、ペスカを頼む。

「あ、あっち…………あっちに…………」

本当に最後の力を振り絞ってペスカ達がいるほうを指差す。

「あっち!?あっちになにかあるんだな!!わかった!!わかったから動くな………治療師…………」

おっさんの声が遠くに聞こえる。

もう、限界だ。これが死なのか、妙な気持ちよさを感じながら、俺は意識を手放した。

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