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けろけろ使い魔は、王子さまに溺愛されています  作者: 望森ゆき
第1章:はじまりとこわいひと?
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第9話:問題解決の次の問題

「僕がダンスを教える、それで良いね?」

「ハイ……」


 私が首をコクコクと縦に振ると、エイダンはようやく手を離してくれた。

 立ち上がると、私の腕を取り歩き出した。

 いつの間にやら、私はエイダンと腕を組んでいた。


 エイダンは、何も言葉にしなかったけれど、とても嬉しそうであった。

 私も話すことは思いつかなかったので黙って歩く。


 家の前に着いた。


「ここが私の家です」

「こ……ここが」


 なにやら感動しているエイダンを訝しく観察していたら、正気にお戻り遊ばされたようで、軽く咳払いをなされた。


「で、ではな。また王宮で。よく寝るんだよ」

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 あれ? エイダンはどうやって、王宮へ……?

 おやすみの挨拶もそこそこに、エイダンは足下に転移術の模様を描いた。私に手を振ると、一度強い光を放ったあと、いなくなっていた。転移に成功したのだろう。


「……すごいひとが上司だったんだなぁ」


 私の感想は誰にも拾われなかったけれど、とても言葉が貧相であった。

 私は家に上がると、お風呂に入って、歯磨きをし、寝床のお布団を被って丸くなった。

 すぐそこに朝の気配はあったものの、私は眠りに落ちた。


 朝、私は盛大に寝坊した。起きたらお昼を過ぎていた。もうそろそろおやつの時間である。

 お布団のまわりには、無残に散った目覚まし用の魔道具たち。

この現状を受け止め、お仕事に行かなければならない。

 私は片手で目元をおさえたのだった。


「すみません! 遅くなりました!」


 おやつの時間ちょうど。

 私は魔法使いの根城に到着した。

 出迎えてくれたリリーはちょっかいをかける対象を見つけたねこのようにニヤニヤしながら、声をかけてきた。


「あらあら、まあまあ。エイダンさまと揃って遅刻だなんて……。私たちが帰った後、何があったのかしら?」

「え。あの魔王さまも遅刻したんですか?」

「あら……、その様子だと何もなかったのね。つまんな~い!」


 リリーの声に聞き耳を立てていたらしい職場の人たちの顔には、極めて残念だと書いてあった。


「なんだっていうのよ……」


 口をとんがらせて、私は不満を訴えた。

 正直言おう。何かはあった。けれど、私の優秀なる脳みそは、その事実を受け入れることを拒否の姿勢なのだ。


 口がとんがっていたのは、私自身の机の上を見るまでだった。

 机の上を見たとき、私は息をのみ、ほっぺたをつねった。


「ああ、ホンモノだ。本当に山から崖に進化している……」


 現実逃避は終わりを告げた。私のお仕事は山を通り越して崖になっていた。それとなく床を見ると、雪崩が起きるのを恐れたと思われる書類が、ちらほら置いてある。


「ねえ、リリー……」

「いやよ! 面白いことになってないクレアをなんて、手伝いたくないわ」


 頼みの綱のリリーはへそを曲げているらしい。


「あのー、ジョニー……」

「おまえさん。わしの仕事内容が分かってて声をかけておるのか?」

「そうですよね、なんでもありません……」


 確かに、ジョニーは研究班。私の班とは仕事内容が全然違う。

 私は途方に暮れながらも、書類の崖と向きあった。雪崩が起きる前に、片付けよう。

 それが、今の私の最重要課題である。


 日が暮れて、職場からひとが帰っていく。ジョニーも、リリーも、そのうちのひとたちである。

 そうして職場にひとが私だけになった。灯りをつける。普段、こんな灯りをつけなければならない時間まで、ひとがいることはない。


「あーあ。崖が山に、山が丘になってきたー。よし、もうちょい! がんばるぞー!」


 えいえいおー! と気合いのかけ声を言っていると、背後で音がした。

 音がした?

 もう、ひとはいない。戻ってくる用事もないだろう。


「……誰かいるんですか?」


 私は恐る恐る後ろを向いて声をかけた。

 返事はなかったが、入り口をよく見ると、銀色の頭が細かく震えているのが見えた。

 私は軽く息を吐くと、大股で部屋の入り口にむかった。


「なにをされているんです?」


 入り口には、銀色にかがやく頭のひとがいた。通るひとがいたら邪魔だろうと思う場所で、両手で顔を覆ってうつむいて、うずくまっている。

 その正体は、仕事の鬼もといエイダン王子殿下である。


「いや、ちょっとかわ……」

「はい?」

「いや! ちょっとめまいがして。そうめまいだったんだっ」


 私が眉根を寄せて、見下ろしているのだが、エイダンは相変わらず座り込んで、少し震えている。

 このひとをこれ以上つついても仕事に関する情報は出てこなさそうだと判断した私は、きびすを返し机に戻った。書類の丘の確認を再開した。


「国境の結界術が弱まっている……。ふむ。いつ頃のことかしら? え、もう随分経つじゃない。これは早急案件。赤い紙、と」


 ブツブツと書類の内容を精査しながら、認めのサインを書いたり、上司に提出するもの、同僚に差し戻すものに仕分けたり。エイダンのいつもと違う変わった様子に突っ込む余裕はなかった。


「これは……。あー、そうね。治安の改善、か。成果が出るのは、じわじわよね……」


 それは、民たちがご意見箱に投函した手紙をまとめた報告書であった。

 思わずため息がこぼれた。民の願う治安の改善は、大事なことだと分かるのだ。だが、一日や二日で街の状態が良くすることは難しいのが現状だった。だからと言って、民の気持ちが分からないほど愚かなわけではない、つもりだ。


「うぅん……」


 悩みが深くて唸り声に似た吐息が私の口からもれていた。


 そうした努力の甲斐あって、書類の崖が山に、山が丘に、丘が大地、つまり机の上が見えるようになった。

 私はようやく終わる書類との戦いに安堵のため息を吐いた。

 その頃合いを見計らったように、後ろでウロウロしていたエイダンが声をかけてきた。


「仕事は落ち着いたか?」

「ええ。灯りを消して帰るつもりです」

「そうか、お疲れ様。昨日の夜のことは覚えているか?」


 今日はソワソワと落ち着きのないエイダンである。私から顔を背けようとしているが、チラチラと私を見たりと。


「夜?」

「ダンスを教えるという話のことだ」

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