第7話:酔っ払い警報
それから私は隣の石像は置いておいて、イチコンの実の料理とお酒を楽しんだ。
だいぶ食べて、満足した頃。
石像が動いた。
「一気にたくさん飲んで……。気持ち悪くはないかい?」
「だーいじょーぶー。ふふふ」
「できあがってるじゃないか」
「私はいつでも、完成形!」
「……そうだな」
私が、ちょきちょきと人差し指と中指を立てて動かすと、あの感情の分からない魔王が、笑ったのである。
氷みたいに冷たく見える目が細くなって、口元はいつも変な形の笑みを浮かべているのに、今だけは自然と口角が少し上がってて、なんだか機嫌がよく見る。
……これをリリーに言わせるとなんて言うんだっけ?
しばらく唸りながら悩んでいると脳内に言葉が浮かんだ。
ひよこがぴよぴよと鳴いて、踊っている。可愛らしい、その姿のことを――。
「あ! ぴよまるだぁ!」
「はい?」
「あ~、すっきり~」
「ふっ。楽しそうだね」
あ、こいつ。鼻で笑った。私の類い希なる素晴らしい言葉を!
これは注意をせねばならぬ。
私は、隣に向きなおり、動く石像に人差し指を突きつけた。
「魔王! 私の、言葉は! 世紀の発見である! しかと心得るべし! べし!」
「そうなのか? それにしても、クレア――」
「べし!」
「う。かわいい……。わかったよ」
私は、確かに、怒っているのだ。
けれども、お酒も回り出したのだろう。
相手が、自分が、何を言っているのか、分からない。
頭に浮かんだ言葉が勝手に口から出ていく。
「そもそも!」
「うん」
「仕事仕事で、面白くない! 笑いのセンスを磨く、のです! さすれば、もっとたくさんのひとが、魔王の配下になるでしょう」
「う~ん……?」
「さあ、面白いことを言うのでぇす! さあ! 真の力のめざめ!」
私が目を輝かせ、エイダンに詰め寄る姿だったらしいが、記憶にございません。
ついでに言うと、面白いことを言ったとされるエイダンの名言も、記憶にありません。
黒歴史を葬れたことの安心感と、もったいないことをしたという気持ちと。
エイダンとお酒が回りすぎた私とのこの問答は、のちに勇者クレア爆誕と呼ばれるのだった。
それから、無事ごはんの会は解散の時間になった。
私は回る世界と一緒に揺られながら、家にむかったつもりだった。
私が目を覚ますと、エイダンの顔のドアップであった。銀の帳が、私の顔周りに降りている。
「ひぃっ」
「よく寝ていたね。お酒は抜けたかな?」
おののいた私の声など、気にも留めないかのように、エイダンの顔は緩んだ。それでも、少し残念そうに眉毛を下げていた顔をしていた。
「外は暗いし寒い。もう少し目が覚めたら、送って行こう」
魔王エイダンの顔した何かが、とても優しく私の髪をひと掬いし口づけした。
おかしい。おかしすぎる。悪い夢でも見ているのだろうか?
「やはりきみは、僕など眼中にないのだろうな……」
そう髪の毛に口づけながら、切なそうに輝いているひとは誰だろう?
私の知り合いなのだろうか。
もんもんと考える私をよそに、魔王エイダンの姿をした何かはぶつくさ言っている。
「ダンスなんて、僕だったら完璧に教えられるのに。なんでよりによってジョニーなんだ。もしかして、やはり周りが言うように、女性は年上のほうが好きなのだろうか……」
ふと、服を見ると、魔王エイダンの上着がかけられていた。道理で、寒さが少ないのだと納得した。
しかし、私を困惑させるには十分な行いである。
「え……。ええ?」
エイダンは珍しく年齢相応のきょとんとしている。
「ど、どうして服……?」
「ああ、きみが寒そうに丸まっていたから」
なんてことないようにエイダンは言葉を続ける。
「きみが冷たくなって呼吸が遅くなっていく様子は、心臓に悪かった。だから暖めたくて。毛布を借りようかとも思ったが、僕の使っている服の方が安全だから、服のほうをかけたんだが、ダメだったかな……?」
「えっと、それは心配かけてしまって、すみません」
聞いてみたら、私に非があるように思えて、謝った。エイダンは少し酔っ払っているのか、いつもなら絶対に見せないだろう、ほやほやとゆるんだ笑顔を見せた。
「今回は謝られるよりも、ありがとうって言ってもらったほうが嬉しいな」
「っ。ありがとうございました」
「うん。きみの為ならよろこんで」
思わず息をのんでしまった。銀色の長い髪が少し乱れている魔王の姿は、魔女の艶やかな姿に似ていたから。私の顔は赤くなってないだろうか。大丈夫か?
私は気を取り直すため、軽く周りを見た。見事に、ごはんの会のひとが誰もいない。
私はまだほやほやと幸せそうに笑う魔王――今だけは天使に見えるエイダンに声をかけた。
「あのぉ」
「なんだい?」
「ほかのひとは?」
「ああ、閉店時間になって帰って行ったよ。きみがとても気持ちよさそうに寝ていたから、レストランのオーナーに頼んで、起きるまでの間だけ開けてもらっているんだ」
なんでもないことのように、この天使は口にした。
寝起きでほわほわしていた頭は、スッと冴えていった。
閉店時間を過ぎているのなら、お店の外に出るのが道理である。
何故か、のらくらと居座ろうとするエイダンを説得して、お店を出た。お店を出るとき、声をかけると何人もの従業員のかたが、移動魔法でも使ったのかという速さでやってきた。
「酔っ払って寝てしまった挙句、遅くまで場所を貸していただき、ありがとうございました。ごはん、とっても美味しかったので、また食べに来ます! 今度は皆さんの迷惑にならないように」
そう私が伝えると、一番長いコック帽を被っているひとが、目に涙をため頭を下げてくれた。まるでそれが合図だったかのように、ほかのひとたちも頭を下げる。
その場にピシッと固まったのは、私だけ。エイダンは軽く欠伸をすると、私をお店の外へと促した。
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