第5話:希望の光はあなたです
謁見の間からの帰り道。
私は周りに誰もいないことを確認して、その場でダンスのステップと思っているものを踏んでみた。ついでに腕と手の動きもつけてみた。
王宮魔法使いと分かるお仕着せの制服の裾がふわりと舞う。
袖はまだ飛べないひよこが、ひょっこひょこと歩く時のような動きで、下手さを助長させた。
……、いやぁ~。しかし。
雨乞いの祭事でも、こんな酷いからだの動きはしない。
私は立ち止まって、右横だけ伸びている髪をかき上げた。
翡翠色の髪が私の視界を覆う。
ああ、このまま緑の世界に逃げ込みたい。
でもそんなことを言っていても、現実は変わらないし。
だけどダンスなんて、どこで習えば良いの……。
希望の光が、本当に光ってくれる自信も少しなくなっていた。
だって、希望の光のあのひとは、どこまでも仕事のことしか頭にないから。
私はうなり声を響かせながら、魔法使いの根城へと戻っていった。たまに出会うひとに、異様な物体でも見たかのような顔をされたが、気にしていられない。
「ただいま戻りました」
やつれた私が部屋を覗くと、皆は書類や魔道具の修理、作成に戦いを挑んでいた。
私は普段通りの部屋に少し安堵して、目をこすったのだった。よかった、涙は出ていない。
善は急げで交渉しようかとは思ったものの、先に書類の山との格闘を始めたのだった。仕事に厳しい希望の光が、怒って教えてくれなくなってもイヤだったからだ。
お昼ごはんの時間になったらしい。
私がまだ書類にむかって威嚇や攻撃を繰り広げていて、ごはんの時間を忘れていた。
例によってリリーが来て、私から書類たちを取り上げた。
「ごはんですわよ、クレアお嬢さま」
「誰が、お嬢さまだぃ。あと二項目でその書類完成するからぁ」
「あと二項目ならごはん食べた後でも間に合いますわよ、さあさ」
「ぐぬぅう」
私が名残惜しく書類を見ていると、リリーは仕方ないなぁとでも言うかのように、イチコンの実の入った紙袋で書類を隠した。
「ぬっ。おぬし、やりよるな。さては敵の手のものか?」
「いやですわ。ごはんにしましょってだけですわ~」
そんな私たちの様子を見ていたエイダンがジョニーに問いかけていた。
「あのふたりは、仲が良いな……」
「エイダンさまも混ざられては?」
「さすがに、あのノリにはついていけないよ」
魔王も先輩も聞こえてるってんだい。全く失礼しちゃう!
私は内心そんなことをぶつくさ言いつつも、イチコンの実を紙袋からいそいそと取り出す。
「いただきます」
「いただきます。言っても良いことなら、王さまに何言われたのか、おねえさんに教えてよ~」
語尾に星かハートマークが付きそうな勢いで、リリーは軽く私の憂鬱の原因を突いてきた。
私はちょうどイチコンの実をひとつ、口に入れようとしていたところだった。しかし、憂鬱の悪魔がフハハと復活を果たしてしまったことで、私はイチコンの実を机の上に置いた。
私の顔があからさまに暗くなったのであろう。リリーもお弁当の箸を置いた。
「えー。そんなにげんなりすることを言われちゃったの?」
「まあ、ええ。ソウデス。頼まなきゃなことも、思い出しました」
私がスクッと立ち上がると、リリーをはじめ、皆が注目した。
「いや、ははは……。照れちゃうので。皆さん、ごはんのほうを」
そう告げると、不審げな顔をしながらも、皆お弁当をつつきはじめた。
私は、希望の光のもとに出向いた。
「あの!」
「なんだい?」
「魔王さまに用ではなくて、ジョニー先輩……! 希望の光!」
「え」
そう、希望の光とは、仕事も人生も先輩、ジョニーのことである。
「なした? そんな気持ちの悪い呼び名」
そんな冷たいことを言いつつも話を聞いてくれる。流石先輩。私の視界に、もやがかかりはじめた。
これはまずい。泣きそうだ。
と、とりあえず。言うだけ言わなければ!
「私に、ダ、ダダダダンスを伝授してください!」
「いやじゃ。断る。忙しい」
光速の返し。
く、くじけてなるものか。ここは気合いよ、クレア・ノワール!
「そこをなんとか……! あなたしか頼めるひとがいないのです」
「わしは馬にも蹴られたくないわい!」
「う、馬からは私が守りま、ひゅっ」
言葉が終わる前に、魔王エイダンにほっぺを潰された。理不尽である。
無言のエイダンの手を引っぺがし、私は赤くなっているであろうほっぺを撫でた。
「……うーん。じゃあ、今日の夜、イチコンの実の料理が美味しいって噂の小洒落たレストラン、モーニモーニに行きましょうよ!」
いつの間にか隣に来ていたリリーは、良いことを閃いちゃったと言う顔をしている。
「給料日は遙か彼方先なのだよ、リリーくん」
「何を言っているのかね、クレアくん。こういう気落ちしているときこそ、パァーとできることをするのよ!」
「そうなのか、なぁ……」
「そうよ! そうと決まれば」
私が煮え切らない返事をしたばかりに、リリーのごはんの会に引きずり出されることとなった。
「ねえ、皆さん! 今日の夜、モーニモーニっていうレストランでごはんにしましょ~! 今回はなんと! いつも渋って来ない英雄クレアも参加しますって!」
その一言で、職場は一瞬静まりかえるも、次の瞬間雄叫びに包まれたのだった。
私は遠い目で、「モーニモーニで出てくるイチコンの実が美味しければ、それで良いよ……」とぼやいていた。
そうして迎えた夜。
まだ寒くて、息が白い。
ジャケットを羽織ってこれば良かったかな、などと悠長に考えていたけれど。
教えられたレストランの場所に着くと、なんだか皆キラキラしている。
ちなみに、私は王宮魔法使いの制服のままである。
ひとりだけ場違いな雰囲気がぷんぷんするけれど、他の服は持っていないし。
そもそも。ただ一緒に、ごはんをするだけなのに、そんなキラキラする必要あるのかなぁ……。
なんて思いながら遠巻きでいると、リリーが私を見つけ駆け寄ってきた。
「おっそーい! 今日の主役が遅れてどうするの」
「えぇ……?」
ぷんすか怒るリリーもかわいいけれど、昼間とはどう見ても別人……。変装の達人なだけある。
私を放置して、リリーは大勢集まったごはんの会のひとたちに声をかけた。
「さて! 主役のクレア・ノワールも登場しましたし、みなさんごはんにしましょう!」
そうして、ぞろぞろとレストランに入っていくこととなった。
チラッと長い銀髪の尻尾が見えた気もしたが、きっと見間違いであろう。
こんなところに仕事の鬼で、私の天敵エイダンがいるはずがないのである。
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