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けろけろ使い魔は、王子さまに溺愛されています  作者: 望森ゆき
第1章:はじまりとこわいひと?
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第5話:希望の光はあなたです

 謁見の間からの帰り道。

 私は周りに誰もいないことを確認して、その場でダンスのステップと思っているものを踏んでみた。ついでに腕と手の動きもつけてみた。


 王宮魔法使いと分かるお仕着せの制服の裾がふわりと舞う。

 袖はまだ飛べないひよこが、ひょっこひょこと歩く時のような動きで、下手さを助長させた。

 

 ……、いやぁ~。しかし。

 雨乞いの祭事でも、こんな酷いからだの動きはしない。


 私は立ち止まって、右横だけ伸びている髪をかき上げた。

 翡翠色の髪が私の視界を覆う。


 ああ、このまま緑の世界に逃げ込みたい。

 でもそんなことを言っていても、現実は変わらないし。

 だけどダンスなんて、どこで習えば良いの……。

 希望の光が、本当に光ってくれる自信も少しなくなっていた。

 だって、希望の光のあのひとは、どこまでも仕事のことしか頭にないから。


 私はうなり声を響かせながら、魔法使いの根城へと戻っていった。たまに出会うひとに、異様な物体でも見たかのような顔をされたが、気にしていられない。 


「ただいま戻りました」


 やつれた私が部屋を覗くと、皆は書類や魔道具の修理、作成に戦いを挑んでいた。

 私は普段通りの部屋に少し安堵して、目をこすったのだった。よかった、涙は出ていない。

 善は急げで交渉しようかとは思ったものの、先に書類の山との格闘を始めたのだった。仕事に厳しい希望の光が、怒って教えてくれなくなってもイヤだったからだ。


 お昼ごはんの時間になったらしい。

 私がまだ書類にむかって威嚇や攻撃を繰り広げていて、ごはんの時間を忘れていた。

 例によってリリーが来て、私から書類たちを取り上げた。


「ごはんですわよ、クレアお嬢さま」

「誰が、お嬢さまだぃ。あと二項目でその書類完成するからぁ」

「あと二項目ならごはん食べた後でも間に合いますわよ、さあさ」

「ぐぬぅう」


 私が名残惜しく書類を見ていると、リリーは仕方ないなぁとでも言うかのように、イチコンの実の入った紙袋で書類を隠した。


「ぬっ。おぬし、やりよるな。さては敵の手のものか?」

「いやですわ。ごはんにしましょってだけですわ~」


 そんな私たちの様子を見ていたエイダンがジョニーに問いかけていた。


「あのふたりは、仲が良いな……」

「エイダンさまも混ざられては?」

「さすがに、あのノリにはついていけないよ」


 魔王も先輩も聞こえてるってんだい。全く失礼しちゃう!

 私は内心そんなことをぶつくさ言いつつも、イチコンの実を紙袋からいそいそと取り出す。


「いただきます」

「いただきます。言っても良いことなら、王さまに何言われたのか、おねえさんに教えてよ~」


 語尾に星かハートマークが付きそうな勢いで、リリーは軽く私の憂鬱の原因を突いてきた。

 私はちょうどイチコンの実をひとつ、口に入れようとしていたところだった。しかし、憂鬱の悪魔がフハハと復活を果たしてしまったことで、私はイチコンの実を机の上に置いた。

 私の顔があからさまに暗くなったのであろう。リリーもお弁当の箸を置いた。


「えー。そんなにげんなりすることを言われちゃったの?」

「まあ、ええ。ソウデス。頼まなきゃなことも、思い出しました」


 私がスクッと立ち上がると、リリーをはじめ、皆が注目した。


「いや、ははは……。照れちゃうので。皆さん、ごはんのほうを」


 そう告げると、不審げな顔をしながらも、皆お弁当をつつきはじめた。

 私は、希望の光のもとに出向いた。


「あの!」

「なんだい?」

「魔王さまに用ではなくて、ジョニー先輩……! 希望の光!」

「え」


 そう、希望の光とは、仕事も人生も先輩、ジョニーのことである。


「なした? そんな気持ちの悪い呼び名」


 そんな冷たいことを言いつつも話を聞いてくれる。流石先輩。私の視界に、もやがかかりはじめた。

 これはまずい。泣きそうだ。

 と、とりあえず。言うだけ言わなければ!


「私に、ダ、ダダダダンスを伝授してください!」

「いやじゃ。断る。忙しい」


 光速の返し。

 く、くじけてなるものか。ここは気合いよ、クレア・ノワール!


「そこをなんとか……! あなたしか頼めるひとがいないのです」

「わしは馬にも蹴られたくないわい!」

「う、馬からは私が守りま、ひゅっ」


 言葉が終わる前に、魔王エイダンにほっぺを潰された。理不尽である。

 無言のエイダンの手を引っぺがし、私は赤くなっているであろうほっぺを撫でた。


「……うーん。じゃあ、今日の夜、イチコンの実の料理が美味しいって噂の小洒落たレストラン、モーニモーニに行きましょうよ!」


 いつの間にか隣に来ていたリリーは、良いことを閃いちゃったと言う顔をしている。


「給料日は遙か彼方先なのだよ、リリーくん」

「何を言っているのかね、クレアくん。こういう気落ちしているときこそ、パァーとできることをするのよ!」

「そうなのか、なぁ……」

「そうよ! そうと決まれば」


 私が煮え切らない返事をしたばかりに、リリーのごはんの会に引きずり出されることとなった。


「ねえ、皆さん! 今日の夜、モーニモーニっていうレストランでごはんにしましょ~! 今回はなんと! いつも渋って来ない英雄クレアも参加しますって!」


 その一言で、職場は一瞬静まりかえるも、次の瞬間雄叫びに包まれたのだった。

 私は遠い目で、「モーニモーニで出てくるイチコンの実が美味しければ、それで良いよ……」とぼやいていた。


 そうして迎えた夜。

 まだ寒くて、息が白い。

 ジャケットを羽織ってこれば良かったかな、などと悠長に考えていたけれど。


 教えられたレストランの場所に着くと、なんだか皆キラキラしている。

 ちなみに、私は王宮魔法使いの制服のままである。

 ひとりだけ場違いな雰囲気がぷんぷんするけれど、他の服は持っていないし。

 そもそも。ただ一緒に、ごはんをするだけなのに、そんなキラキラする必要あるのかなぁ……。

 なんて思いながら遠巻きでいると、リリーが私を見つけ駆け寄ってきた。


「おっそーい! 今日の主役が遅れてどうするの」

「えぇ……?」


 ぷんすか怒るリリーもかわいいけれど、昼間とはどう見ても別人……。変装の達人なだけある。

 私を放置して、リリーは大勢集まったごはんの会のひとたちに声をかけた。


「さて! 主役のクレア・ノワールも登場しましたし、みなさんごはんにしましょう!」


 そうして、ぞろぞろとレストランに入っていくこととなった。

 チラッと長い銀髪の尻尾が見えた気もしたが、きっと見間違いであろう。

 こんなところに仕事の鬼で、私の天敵エイダンがいるはずがないのである。

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