第4話:褒美話は忘れた頃に
謁見の間に通され、私は王さまへと続く赤いふかふかした敷布を踏んだ。
ほどよい場所と思われる位置まで進み、姿勢を正し、頭を下げた。
「王宮魔法使い防衛班、クレア・ノワール。はせ参じました。御前を失礼いたします」
とりあえず、挨拶はしたが……。
さて困った。
なぜ呼ばれたのか分からないので、言葉が続かない。
頭を下げたまま固まっていると、問題の王さまがカカッと笑った。
「そう、かたくならずとも良い。顔を上げよ」
私が王さまと顔を合わせるのは、実は入団試験で合格通知を受け、戦場へ向かう前の激励会の時以来である。
つまり、ちゃんとお互いが顔を合わせるのは初めてのはずだ。
しかし。
なんだろう?
見たことある気がするのだ。
そんなわけないのになぁと思いつつ、ついつい不敬であることを忘れ、じろじろと王さまを見てしまった。
月の光をよったような銀髪。
立派な口ひげも銀色だ。
どっかの誰かさんよりは短く整えられた髪だが、それでも美しい。
深い水底を思わせるような藍色の瞳は、やさしく見守っているかのよう。
どっかの誰かさんとは違い、眼差しからも慈愛に満ちている。
身体は鍛えてあるのか、ガッシリしているようにみえる。
これまたはどっかの誰かさんとよく似ている。
……うーん? 王さまを見て、どっかの誰かさんを思い浮かべるのは、王さまにとても失礼な気がしてきた。でもなぁ……。
私の中で腑に落ちず、王さまの前であるというのに、いつの間にか口が不満そうにとんがっていたらしい。
王さまは眉を下げて、一見困った顔をした。
けれど、その目はおもちゃを見つけたねこそっくりだ。
「わしの顔に何かついておるかな?」
「い、いえ! 何もついておりません。不躾に拝顔し、誠に申し訳ございませんでした」
王さまに声をかけられて、我に返った私は「ああ、人生は短かったなぁ」という思いがまずよぎった。
慌てて頭を下げる。うなだれると言っても良い。
カエルとして生きてきたときのように、長く生きたいとは思わないけれども、あともう少し生きたかった。
嗚呼。
魔女さま。朝方ぶりにあなたを思い出しました。
健康にお過ごしでしょうか。
素肌にローブのみなどという寒い格好をして、風邪を引いてはおられませんか?
私はこの通り、無礼を働いたため、今日限りの命のようです。
頭の中で、そんなことを考えていると、グフッという笑い声が聞こえた。
礼を忘れて、声がした方を見ると、王さまが肩を揺らして笑いに耐えていた。
消される命とは言え、笑われるのは不本意である。
私がムッとしたのを王さまは見つけると、お腹を抱えて笑い出した。
「王さまといえど、ひとの姿を笑うのは失礼だと思います」
私は何も間違ったことを言っていないと思うのに、王さまはもっと笑い出してしまった。
なんなんだ一体、と私が不快に思い始めた頃、王さまは笑うのを止めた。
「今回、そなたを呼んだのは、先の戦争での功績に見合う褒美を授けようと思ってな。なにか欲しいものはあるか?」
そうして、これまた答えづらいことを聞いてくる。それに、褒美をもらうにしては、だいぶ時間が経っているようにも思う。
「欲しいもの、ですか? うーん……」
「すぐに褒美は何が良いと聞かれても答えられぬか。それもそうだな」
うんうん、と王さまは一人納得して頷いている。答えられないと分かっていたなら、何故聞いた。
「褒美については、三月先ほどにある春の祭典までに決めてくれたら良い」
「春の祭典までに、ですか?」
「そう。ここだけの話なのだが、春の祭典で我が息子の婚約発表をしようと考えておってなぁ」
「はぁ、さようで」
王さまの息子となると、王子さま?
王子さまともなると大変なんだな、そんな程度にしか私は思わなかった。
「む。食いつきが悪いな」
王さまは、とても不服そうである。
ここは嘘でも「それはとても素晴らしいことですね!」と言わなければならなかったのだろうか……?
私の背中に冷たい汗が一筋、流れた。
「ふむ。あやつ……。まあそういうことで、祝いの日の夜会では、皆ダンスを踊るのだ。そなたにもダンスを踊ってもらう予定だ。よろしく頼むよ」
正直言って、説明をだいぶ省かれたような気がする。
が、これ以上、礼を失するわけにもいかず、私は頭を下げた。
謁見の間から出て、今更ながらとてもまずいことに気付いた。
私はダンスを習ったことがない。
そう、つまり踊れないのだ。
人間のダンスは、雨乞いの踊りとは違うって、本で読んだ気がする。
よろしく頼むって言われても、お仕事もあるし、そもそもダンスを教えてくれるようなひとも知らない。
これはとても困ったことになったと、私は頭を抱えた。
謁見の間を出て、すぐの場所に控えている衛兵へと、おずおずと尋ねた。
「すみません、失礼なことと分かっているのですが……」
「どうされました?」
「衛兵のおねえさんはダンスをどこで習いましたか?」
衛兵のおねえさんはきょとんとした顔をしたあと、あごに手を当て考えてくれた。
「一般的には、実家で王宮に出仕するようになる前に習うのですが……。そうでしたね。英雄殿は平民の出でしたね。そうなると……。職場の先輩や上司のかたにお話をされると良いと思われますよ」
「ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ。応援しています」
私がホッと息を吐くと、衛兵のおねえさんは、私を安心させるようににっこりと笑ってくれた。
魔法使いの根城に向かいながら、私は考える。
リリーに教えてもらうのはどうだろう?
ああ見えて、リリーは面倒くさがりなところがあるから、嫌がられるかもしれない。
……そうだ!
あのひとなら、私にもダンスを教えてくれるような気がする。手先は器用だから、きっとダンスも上手だろうし、あんな身なりをしつつも、確か良い身分だった気もする。
よし。なんとか希望の光がみえてきた。
謁見の間から出たときより、少し明るい気持ちになっていた私がいた。
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