第31話:愛はある
私のからだから力が抜けていく。
魔女の強制魔法が解けたようだ。
私の魔法でボロボロになっているエイダンを、おそるおそる抱きしめ返した。
気のない拍手の音が響いた。
私は慌てて、エイダンと距離を取ろうとするも、無理だった。
エイダンが私を抱きしめる力を強めたからだ。
私は拍手の鳴るほうへと、顔を向けた。
表情の抜け落ちた、魔女がそこにいた。
魔女は吐き捨てるようにそう言った。
「害虫として流石だな。情け深いクレアの気持ちを利用するとは」
「ちがう」
「そうだろうか? クレアからの攻撃を相殺する攻撃を放てば、おまえも怪我をしなかったし、クレアががんばって閉じた傷も開かなかったろうに」
私を抱きしめるエイダンの力が少し弱まった。
「クレアの傷を開いた愚か者め。害虫、おまえ自身は、マルーベ王国の王子だろう?」
「そうだ。僕はマルーベ王国の王子だ」
「ならば、おまえは“愛している”という言葉を盾に、クレアの力を求めに来たのだろう? 人間はいつも調子が良いから」
私は聞いていられなくなって、そっとエイダンの腕から抜け出した。
エイダンの腕がもう一度、私に伸びてきたが、私は首を振って拒絶した。
「そんなことを、求めて来たわけじゃない!」
「そう喚かれても、信じられんな。魔法の力を持つものへ、王国のものが無欲の愛で、手を差し伸べることなどない」
「僕は違う! 信じてくれ」
エイダンが必死になっていくほど、魔女は冷たく突き放した。
私はこの話を聞いていて、かつて魔女にも起きた出来事を思い出した。
魔女は私が同じ傷を負わないようにと、エイダンを冷たく扱うのだと気付いた。
「そこまで言うのなら、クレアの呪いを解いてやろう。だが、おまえの次第でマルーベ王国自体が消えるものと思え」
「呪いを……! ありがとうございます」
「どこまで、そう言っていられるのか」
エイダンは頭を下げているが、魔女も私も、エイダンを見る目は冷たくなる。
魔女の視線が私に移った。
魔女は私を気遣うように眉毛を下げた。
「クレア。本当に良いのか? この害虫が真の害虫だったら、おまえは今以上に傷つくことになろう。一度、解いてしまったら、もう一度は、流石のあたしでも無理だ。それでも?」
私は息を吸って、なるべく平静に答えた。
「こわいはこわいです。でも、この四年のことを信じてみたいと思います」
「……そうか。では、今日ここにて、あたしとクレア・ノワールの使い魔契約を終了。それにともない魔法の核を回収する」
魔女が言葉を紡いでいくごとに、なじみ深かった魔法の力が消えていくのが分かる。目を閉じた。そして、もう経験することのない、めまい。
平衡感覚が戻ってきた。私は魔女にお礼を伝えるため、鳴いた。
鳴く私の視線に合わせて、魔女はかがんでくれた。
「くわっ」
「なんてことはないよ、クレア。気分は悪くないか?」
「けろけろ」
「そうか、よかった……」
私はエイダンの姿を見ないようにしていた。こわかったのだ。人間が本当の姿ではなく、カエルだったことが分かったエイダンが、何というか。
エイダンが私に近付いてくるのが分かった。
「まさか……」
「ほら、害虫よ。おまえの本性が出た。人間ではない、しかももう魔法も使えない、クレアを、それでも愛してやれるのか?」
エイダンは魔女の言葉を無視して、カエルの私をすくい上げた。
私は手から降りるべく、じたばたした。
「暴れるクレアも、かわいいけれど。今は少し、じっとしてくれないかい?」
「……けろ」
「ありがとう。それにしても、本当にきみはカエルだったんだね」
私は目をそらした。
「ああ、違うんだ。誤解しないでほしい。僕は、きみがカエルでも愛しているよ。僕がカエルになりたいほどに」
そう言って、エイダンは私の口に唇を落とした。
不思議なことが起こった。
私の視界は光に包まれ、目を閉じざるをえなかった。
次第に光が収まる頃、聞こえるはずのない、カエルの仲間たちの声が聞こえた。
『クレアが!』
『いやん、なんて乙女な展開!』
『これは踊るしかないな!』
私が目を開けると、エイダンに抱きかかえられていた。
見ると、大きさが違う。
手には水かきはないし、髪の毛もある。相変わらずきれいな翡翠色である。
……?
ちょっと待って。
私、人間に戻ってる?
私は慌てて、エイダンを見、魔女を見た。
エイダンは微笑むだけで、魔女は目を丸くしたのち、泣き始めた。
「どういうこと……?」
私がエイダンに問うと、エイダンは何てことないように答えた。
「愛するきみは、僕の隣に戻ってくるべきという、天の采配さ」
「そんな話、聞いたことないけど」
「僕自身がカエルになるように願ったんだけれど……。なんでだろうね」
こてんと首を傾げるエイダンも、本当のところは分かっていないようだ。
カエルの仲間たちが、エイダンの足下に寄ってきて、歓声を上げ、ぴょんぴょん跳びはねている。
魔女が声を荒げた。
「無茶なことを! カエルになるつもりだったですって? おまえは、仮にも一国の王子でしょう? 魔法に近しい存在だったクレアだから、成功しただけで。おぞましい」
魔女はエイダンをにらみ据えた。
けれど、エイダンはカラッと笑って言った。
「それでも。成功したから、クレアの幸せを、祈ってください」
魔女はあっけにとられたように、目を見開いた。
そしてしばらく、目を伏せたあと、私を見た。
今までの中で一番優しいまなざしだった。
「これからのおまえが、一等幸せであるように」
付け加えられた言葉には、うっかり涙がほろりと流れてしまった。
「とてもこんな害虫、無理だと思ったら、いつでも逃げておいで。どんなクレアでも、あたしは歓迎するよ」
魔女はそう言うと、カエルの仲間たちに指示を出した。
「おまえたちは、また……。罰として、クレアと害虫を送っておやり」
『やった~! もうしばらく、クレアといられる時間ができた』
『主、優しい!』
『ぼくら、がんばる!』
「はいはい、わかったわかった。おまえたちが一気に話すと頭が痛いよ……。さぁ、いっておいで」
『はーい!』
そうして、私とエイダンは、マルーベ王国へと、カエルの仲間たちに送ってもらったのだった。
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