第27話:魔女の家
魔女の家は、マルーベ王国からしばらく北上した、惑いの森の奥にある。
マルーベ王国を抜け、隣国のパッサル王国に入った森で、魔女の使い魔であるカラスが現れた。
『クレア、迎えに参った。ワシの背に乗るが良い。主どのがお待ちである』
『ありがとうございます』
その頃には私の姿は、カエルとなっていた。何故か魔法がうまく使えず、四苦八苦していたところだった。
カラスの言葉に甘え、背中に乗せてもらった。
そこからは、初めての空の旅であった。
しばし考えるのを放棄して、空からの景色を楽しんだりもした。
パッサル王国を抜けた頃、カラスが突然、速度を上げた。
『……楽しんでおるところ、申し訳ない。少し邪魔が入るゆえ、飛ばす。しっかり捕まっておれ!』
私がカラスの首に巻いてある布に潜り込んだのを確認すると、カラスは風魔法の何かを発動させた。
のんびりした空の旅が、一気に殺伐としたものとなった。
カラスの風魔法は、私が結界術を張るようなもの。
それなのに。
何者かからの執拗な攻撃が、何度か頭上を駆け抜けていった。
惑いの森に入り、攻撃がやんだ。
カラスは、惑いの森を迷いなく、まっすぐ飛んでいく。
しばらく飛ぶと、レンガ造りの赤を基調とした家が見えてくる。
魔女の家である。
カラスが地面に降り立つと、家の扉が音もなく開いた。
艶やかな黒髪をたなびかせながら、黒いローブを着た美しいひとが走り出てくる。
「おかえりなさい。待っていたわ」
あの魔女が、声を弾ませている。
カラスの首布に絡まってしまった私を見つけると、市場でよくアメ玉をくれた少女の姿が重なって見えた。あの子のような、かわいらしい微笑みをみせた。
「あら。相変わらずのドジねぇ」
言葉とは裏腹な甘い声で、優しく布からすくい上げてくれた。
三年、もしかしたら四年ぶりの再会……だと思うのだが。ちょくちょく会っていたような気もする。
私は不思議な気持ちでいると、魔女の黒い瞳にうっすら涙が浮かんだ。
「相変わらずね。使い魔としては優秀な毒性は強いまま」
私はハッとして水かきのある手を見やる。
ぬめっとした体液が浮かび上がっていた。
「でも。そんなおまえが、やっぱり大切だわ……。おいで」
私がカラスへのお礼を伝える時間もそこそこに、魔女は家の中へと私を連れて行った。
魔女は、私を人間の姿にするときに使った椅子に、再び私を乗せた。
体液のことを指摘されると、前は気にならなかったのに、このふかふかな椅子に汚れをつけるようでイヤだった。
「あらあら。暴れないの。すぐにおまえを人間の姿にしてやるから」
思わず、私は椅子から降りるのを後回しに、魔女を見上げた。
魔女はニヤリとわらった。
「そうなのよ。あたしだったら、すぐにおまえを人間にしてやれる。あの残念王子なんかより正確に」
「けろ……」
「あら、アレをかばうの? おまえはあたしが好きじゃない。まあいいわ。ほら、お食べ」
差し出されたのは、市場でもらっていたアメ玉である。
あのアメ玉よりも、もっともっと深い赤色だ。
大きさがカエルの私と同じくらいある。
アメ玉の中が揺れている。
私が興味深く見ていることに気付いた魔女は、自慢げに教えてくれた。
「このアメ玉は、あたしのおまえへの想いを結晶化させたものよ」
思わぬことを言われて、アメ玉と魔女とを見比べた。
魔女の頬がだんだんと赤みを帯びていく。
「それだけ、あたしはおまえが大事なのよ。分かりなさいよね。それで、食べないわけ?」
魔女は、顔を背けようとしているが、私の様子をチラチラと見ている。
私は喉をコクリと鳴らした。人間の姿に戻れたら……。
私はおそるおそるアメ玉をひと舐めした。
まばたきをしたら、人間の姿へと変わっていた。
椅子にキチンと腰かけ、手にはアメ玉を握っていた。
服は魔法使いの制服ではなく、白のローブを着ていた。
私が人間の姿になると、魔女は駆け寄ってきて、かたく私を抱きしめた。
魔女が魔女らしくない震える声で言う。
「かわいいおまえに、ようやく触れる」
そう言われて素直に嬉しい気持ちと、モヤモヤした気持ちと。
帰ってきてから、ずっと不思議に思っていたことを、魔女に尋ねた。
「私が嫌いだったのではないのですか?」
「何をバカなことを……。あたしは今も昔も、おまえが一番好きよ」
魔女は甘く私を見つめてくる。
「私が愛を伝えたとき、無理って言われたことを、私は忘れてませんよ」
私の口がとんがっている自覚がある。納得がいかないのだ。
「カエルの姿のおまえは触れないからよ。優秀な毒だから、なかなか抱きしめたりができないのよ」
魔女は不機嫌に顔をしかめた。けれど、すぐにニコニコと微笑み、上機嫌になった。
「そんなことでヘソを曲げていたのかい? かわいい子」
私は黙るしかなかった。
私の認識と魔女の認識が大きく違う気がした。
魔女が分かる説明をするのは、今すぐは難しいと感じた。
「今日はもう遅い。おまえの好きなイチコンの実を食べたら、寝るといい。部屋は昔のまま残ってる。そこを使いなさい」
魔女はツヤツヤと赤いイチコンの実を、机に置いた。
「あたしも害虫対策をしたら寝るから。おやすみ、あたしのかわいい子」
魔女はそう言い置くと、外へ出かけて行った。
私はイチコンの実を手に取った。
ちょうど良く熟されているようだ。
さらに、ていねいに洗われてて、そのまま食べられそうだ。
一粒、口に含んだ。
甘酸っぱい味が、口いっぱいに広がる。
あまりの美味しさに涙目になった。
魔女の指示や言い分がコロコロ変わるのは、昔からだ。
今までは、何も特に考えたことがなかった。
主の言うことは、使い魔にとって絶対だから。
けれど、愛を砕かれたことは、変えられない事実としてある。
魔女の愛を素直に信じられるほど、私の覚悟は軽くなかった。
そう考えると、魔女を信じないとは、私は優秀な使い魔ではなくなってしまったようだ。
明日、魔女に伝えよう。
人間の姿になりたくて来たわけじゃないこと。
私にとっての大切なひとたちが、魔女以外にもいることを。
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