第25話:先触れ
箱の外にくっついている、トカゲをじぃいと見る。
トカゲも私をじっと見ている。
私は、トカゲから漂う魔法が、よく知るものだということに気付いた。
「しっかし、まぁ。あのクレアが、こんな醜態さらしてるとはなぁ」
トカゲが呆れたようにそう言った。
人間の言葉がしゃべれるトカゲのようで、羨ましく思った。
「その恨めしげな目はなにさ。おまえさんが、あのかたに一番に愛されているのに」
ああ、やっぱり。
その言葉で、私はこのトカゲが、魔女の使い魔の一匹であることを確信した。
「けろ」
違うんだよなぁと、私は言ったつもりだったのだが。
「はあ? おまえさん、言葉まで忘れちまったんか?」
「けろけろ」
「そんな鳴かれても、おいらには分からねえよ」
このトカゲも、たいがい抜けている。
普通、使い魔として育てられたのなら、使い魔同士の言葉を使うのに。
私が目を細めてトカゲを見ると、トカゲは慌てだした。
「そんな目をするなよ。あのかたから、おいらが怒られちまう」
『あなたが怒られるとか、どうでもいいのだけれど』
「あ? もう、びっくりさせんなよ。しゃべれるじゃんよぉ~」
『使い魔同士の言葉を、あなたこそ忘れられているのでは?』
「そ、そんなことはない。ないぞ!」
トカゲの顔に汗が一粒つたった。
「おいらのことは置いておいてさ。優秀なクレアさんよぉ」
トカゲは、そこで言葉を切るとわらった。
「おまえさん、みっともないなぁ」
『なんですって?』
「任務が終わったら、男にうつつを抜かして。あげく、元の姿を晒してるとは。同じ使い魔としても、恥ずかしい限りさぁ」
私はとっさに言い返せなかった。
そのあとも、トカゲは勝手なことばかり、言葉を並べていた。
ある程度、私をけなして満足したのか、ようやく本題を話し始めた。ろくでもなかったけれど。
「寛大なるあのかたからの伝言だぁ。人間の姿を維持できない、おまえさんに帰ってこいってさ。優しいよなぁ、我らが主どのは」
『は?』
「なんで怒るんだよ。そこは喜ぶところだろぉ?」
トカゲは、やれやれと首を振った。
「人間の姿になれないんだぞ? ここにいても、意味ないだろぉ」
私が黙っていると、トカゲは言葉を続ける。
「まさか、本気でここのヤツらが、おまえさんを歓迎してるだなんて思ってるわけねぇよな。頭に花、咲いてねぇよなぁ?」
トカゲは箱の上、私からすると天井へと移動した。
けれど、すぐにもとの位置に戻ってきた。
「なんだぁ? この箱、おかしいぞ。おまえさんは見えるし、隙間は開いてるのに、入れやしねぇ」
トカゲはそんなことをブツブツ言っている。
「まあ、ともかくよぉ。クレア。あのかたからの伝言の続きだぁ。三日。三日の期限をやる。元の姿になったおまえさんなら、一日くらいであのかたの元へ行けるだろ」
『……あなたは私の言葉を、あのかたに伝えることはできるの?』
「分かっちゃねえなぁ~。この三日の期限云々だって、おまえさんが今のヤツらとお別れを言う機会をあげなきゃいけねえって言うんで、与えられたものだぜ?」
トカゲは本当に呆れたように、むしろ哀れむように私を見た。
「これ、うちうちの話になるんだがなぁ……。おまえさんが、素直に帰ってこない場合、あのかたはこの国を消すつもりだよ」
『そんなこと――』
「するんだとよぉ。判断、間違うなよなぁ。出世頭のクレアさん」
トカゲは言うだけ言って、去って行った。
私が待ってくれと頼む前に、ささっといなくなってしまった。
私にはあのかた――魔女が私ごときのために、国を消すなんていう愚かなことをするはずはないと思っている。
しかし、トカゲが嘘を言っているとも思えなかった。
とりあえず、三日の猶予はあるのだ。この情報たちを整理して考えよう。
それにしても、この箱の中は楽園のようだ。
眠気が押し寄せてくる。
起きてなきゃ……。
その思いはあるのに、私は夢へと落ちていった。
夢のなかで、魔女がわらっていた。
私が周りを見ると、ひとびとが倒れていた。
虫の息だ。
果物屋さんのおねえさんをはじめとした市場のひとたち。
ひとが行き交っていた道には、多くのひとがうずくまっている。
私は人間の姿をしているのに、すべてのものが通り抜けていく。
遠くを見ると、この国を守っていた結界術は破られていた。
魔女のわらい声は、聞いてるこちらが悲しくなる声だった。
私は、ふらふらと王宮に向かった。
多くの人が傷つき、倒れている中を、ただ歩くことしかできなかった。
私は事前に攻撃から守るための魔法は使えても、癒やす魔法は使えなかった。
王宮に着くと、倒れているひとはいない。
その代わり。
私が知っているひとも、知らないひとも、皆、魔女に呪われていた。
ゾッとした。
魔女は確かに、私に対して冷たくひどいことを言った。
けれど、国全体に攻撃したり、ましてひとを呪うなど、しないひとだ。
本来、とても優しいひとだ。
多くの国、多くのひとが、魔女を望んだことを私は知っている。
魔女を愛しているからではなく、戦力として。
魔女はいつも私に言い聞かせていた。
「愛されることの、本質を見抜きなさい」と。
「無償の愛ほど、こわいものはない」と。
魔女の泣きわらう声が、ひときわ大きくなった。
私は思わず、声のするほうへと、駈けだしていた。
魔法使いの根城のもと、ダンスの練習をしていた花壇がある場所に、魔女はいた。
魔女は私を見ると、花が咲くような笑顔を見せた。
言葉は聞こえない。
けれど、分かってしまった。
この夢は、私の行動によっては、起こりうる未来の状態であることを。
「……ア! ……レア。クレア!」
エイダンの私を呼ぶ声で、意識は浮上する。
この夢で見た事態には、絶対、させない。
私がそう決意すると同時に、目に強い光を感じた。
少しでも面白いなと思っていただけましたらブックマークや、↓の☆☆☆☆☆をクリックして評価をしていただけると嬉しいです!!!