第24話:そんなきみも
あれから。
何度か、カエルの姿になった私は、エイダンに見つかり、そのたびに、部屋に連れて行かれそうになっていた。
今のところ、危機一髪が多い。
合間を縫って、ダンスの練習をして休憩にしていたときのことだ。
エイダンが足早に、もはや走る勢いでやってきた。
「クレア! とうとう、呪いを解く方法の文献を見つけた!」
私は何とも言えない気持ちになった。
呪いと、エイダンは言うが、ただの魔女の魔法の効果が切れかけているに過ぎないのだ。
そんな私をよそに、エイダンは熱弁をふるってくれた。
エイダンが言うには。
愛するひとのキスで呪いは解ける、と。
さらに愛の言葉を添えることで、より呪いは解きやすくなるのだ、と。
私は正直に、カエルが本性だと言うべきか悩んだ。
悩む私を置いて、エイダンはこちらが恥ずかしくなるような言葉を並べはじめた。
「明日も早いので、今日はこのへんで、帰ります! お疲れ様でした!」
私は聞いていられず、エイダンの言葉を遮り、家に帰った。
その日から、エイダンは私に、姿が人間だろうとカエルだろうと、甘い言葉を捧げはじめた。
ある日のお昼休み、私はエイダンを避け、魔法使いの根城から降りてきていた。
ごはんであるイチコンの実を食べようと、手で持ち上げたら、最近馴染みの視界が揺れた。
そう、カエルになっていたのである。
ここ最近は夕方にカエルになっていたけれど、そろそろ魔女が言ったように、効果が切れ始めたのだと思う。
「けろ~」
深いため息を吐いたら、鳴き声になってしまった。
私が、花壇で身を潜めていると、珍しく魔法使いの根城から降りてくるひとたちがいるようだ。
「ジョニー。僕はとうとうおかしくなってしまったのかもしれない」
「それはまた……」
どうやら、ジョニーとエイダンのようだ。
花壇の近く、つまり私が隠れているところで足を止めた。
「おや……。イチコンの実がこんなところに。珍しい」
「本当だな。それでな、ジョニー。僕はクレアを愛しているのだけれど」
ジョニーがイチコンの実を拾い集めている横で、エイダンも手伝いながら深いため息を吐く。
「もちろん彼女はかわいい。知ってる。彼女が頑張り屋なのも評価すべきところだ。それに……」
エイダンはイチコンの実をひとつ拾うたびに、私への褒め言葉を炸裂させていて、私はだんだん居心地が悪くなってきた。
「――なのだ。ジョニー、聞いてくれ」
「聞いていますぞ」
「僕はカエルにさえときめくようになってしまった」
「はあ、カエルにもクレアの名を付けていらっしゃるので?」
「違う、いや、そうとも言える……」
「煮え切りませんなぁ」
呆れ口調のジョニーに、エイダンは言い募る。
「カエルになった彼女も、とんでもなくかわいいんだ。僕への破壊力が!」
「さようで……」
「でも、考えたんだ。普通、不本意な姿のひとにも、ときめくだなんて、失礼じゃないかと」
「さようで……」
「僕は変態じゃないと思うんだ。好きな人がどんな姿をしていても好きなだけで!」
「それはご自身への暗示ではありませんか?」
「だって――」
そのあとも、如何に人間の私が素敵かを語り、カエルの私もかわいいことをも語り、締めにはエイダンはカエル相手にさえ、ときめいていることを気付かれたら、私に気持ち悪がられるんじゃないか、という不安をジョニーに吐き出していた。
対するジョニーは聞き慣れているようで、時々相づちを打ったりするだけである。
隠れて、エイダンの不安を聞いてしまった私としては、とても気まずかった。
けれど。
魔女みたいに、「カエルなんてヌメヌメするし、ぴょんぴょんしているだけ」と言われず、逆に愛されていることが分かって、妙に小っ恥ずかしかった。
私は少し恥ずかしいのもあったが嬉しくて、花壇の中から出た。
途中からジョニーの声がしないと思ったら、ジョニーは魔法使いの根城の階段を登っていくところだった。
私は、落ち込むエイダンの前をぴょんぴょんしてみた。
エイダンは両手で顔を覆って、座り込んでいるので、ジョニーがいないことも、私がいることにも気付いていないようだ。
仕方が無いので、声をかけてみた。
「くわっくわっ」
「え? この鳴き声は、クレア!」
しょげていたエイダンはどこへやら。
私の鳴き声で途端に元気になった。
「なんてことだ。まだお昼だ。大丈夫かい?」
改めて私の姿を認めると、眉毛をハの字にして、そう尋ねてくれた。
「ああ、もう少しでお昼が終わってしまうな……。きみには嫌がられるけれど、少しの間だけ、僕の部屋に隠れておいで。仕事が終わったら、帰してあげるから」
人間の姿に戻れない私を見て、エイダンはすぐに部屋へと連れて行った。
「その……、カエルでも居心地の良いように、土と水といろいろを研究したんだ。箱がクレアのかわいさを損ねてしまうけれど、ここでくつろいでてくれると嬉しい」
そう言って、とてもきれいな水辺と柔らかな良い土、干し草やら、天蓋付きのベッドになりそうなお花が用意された場所へ、私を誘導してくれた。
エイダンがお仕事へ行ってしまって。
私は、思わずこの環境が素晴らしすぎて、ぴょんぴょん跳びはねてしまった。
水も冷たすぎず、だからと言って熱すぎず、適温。
喜びまくったあと、私は我に返った。
環境を整えられただけで、喜ぶとはなんと単純思考。
「けろけろ……」
私は、凜々しいカエルだよね?
失態を恥じたのだった。
ふと、気配を感じて、箱の外を見ると、トカゲが一匹、そこにいた。
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