第23話:モヤモヤする気持ち
私には、高級喫茶店の内装が、まるで謁見の間のように見えた。
思わず、キョロキョロと眺めてしまった。
それをエメリーンの扇が、私の肩を叩いて注意した。
そういうことをするエメリーンも、平静を装っているようには見えるけれども、目がキラキラしているのは隠せていない。
唯一、リリーだけが「今月のお給料で足りるかしら……」と、現実を見ていた。
高級喫茶店の一室に、私たちは案内され、給仕をうけた。
一通りのお皿が並び終わると、エメリーンが給仕をしてくれたかたがたを下がらせた。
三人、思い思いに、飲み物に手を付けた。
そうして、ひと息ついたエメリーンがまず口火を切った。
「クレアさん。あなた、お兄さまに何か言いましたの?」
私には心当たりがなく、首を傾げた。
「クレアさんと会えなくなる前の日、お兄さまが珍しく私に怒ったのですわ」
私は見当がつかなくて、ますます首を傾げた。
「なんでも、お兄さま自らドレスを贈るから、ほかの殿方なんて紹介しなくて良い、と」
「なんですって……」
「あら、リリーさんにも思い当たることが?」
私には話が繋がらないのに、ふたりには繋がった話らしかった。
「愛してるも、好きだとも、クレアに言えないひとが、何言っているのかしら」
「あら、やっぱり。殿方を紹介したほうが良いわね」
「絶対そうです。エメリーンさま、クレアを幸せにできるひとを見つけましょう」
何故だか、意気投合し始めたふたりに、私はとても言いにくいけれども、報告することにした。
「あの~……。この間、エイダンさまから、愛していると言われました……よ?」
ふたりの目がカッと見開かれた。
「それはそれは。わたくしの言葉に焦ったのかしら」
「あんなにクレアを困らせていたのに、よくもまあ」
ふたりはおほほと笑い合ってはいるが、私はなんだかとてもこわい。冷や汗が止まらない。
そうして、ふたりに根掘り葉掘り、エイダンとのことを聞かれた。
答え終わった私の頭からは煙が出て、力尽きた。
「リリーさん。わたくし、お兄さまのことが許せませんの」
「エメリーンさま、わたしもです。これはどこかの機会でギャフンと言わせましょう」
「あなたとは気が合いそうですわ。よければ、お友達になっていただけて?」
「もちろんです。エメリーンさま」
そんなふたりのやり取りが聞こえたような、私の空耳か。
こうして、すっかり仲良くなったエメリーンとリリーであった。
このあとは、三人で美味しいお菓子を堪能し、オススメし合ったのだった。
支払いは、エメリーンの侍女が済ませていてくれていた。頭が上がらない。
そうして、家に帰り際。
「イヤなことがあったら、すぐ相談すること」
二人には、とても口酸っぱく言われたのだった。
休日が終わり、お仕事の日。
朝の、まだ早い時間である。
珍しく早くに、私は魔法使いの根城に着いていた。
そのことに気持ちに余裕ができていたのだろう。
鼻歌なんかも口ずさんでいた。
ふと、顔を上げると、階段の踊り場で、男女が抱き合っているのを見てしまった。
この抱き合っている男女が知らないひとたちだったなら、私はあららと思っただけだったと思う。
けれど。
男は長い銀髪。顔は見えないが、間違いなくエイダンである。
女のほうは、見たことはない。
エメリーンのようなドレスを着ていた。つまり魔法使いではないのだろう。
しばらく、眺めてしまっていた。
男女が離れ、エイダンは上階へ、女はこちらへと階段を降りてきた。
私が固まっている、その横を通り過ぎるとき、その女は確かに言った。
「英雄だとか知りませんけれど、調子に乗らないでくださいませね」
私は、何も言えなかった。
それからのお仕事は正直、身が入らず、何度も叱られた。
ついには、心配されるほどであった。
私は考えた。
エイダンは愛していると言った。大事だと言った。
でも、私は愛せないと跳ね返した。
ともすれば、ひととは気持ちが移ろうものだ。
エイダンに、ほかに好きな人ができてもおかしくはない。
そう思うのに、私の気持ちは晴れなかった。
エイダンの嘘つき、と少し思った。
でも、私は約束しなかったんだから自業自得だ。
しょんぼりした。
何故、しょんぼりするのか。
どうして嘘つきと思ったのか。
私はまだそこに至る理由が分かっていなかった。
夕方。
お仕事に身が入らなかった結果、残業をしていた。
そうしたらまた、カエルに私はなっていた。
「けろ~」
元気のない鳴き声である。
机の影に隠れて、私は泣いた。
けろけろ鳴くのではなくて、涙が流れた。
誰かがやってくる音がする。
この足音は、エイダンである。
正直、会いたくない。
静かに静かに私は机の下にいた。
けれども。
「クレア、こんなところにいたのか」
エイダンは心配そうな顔で、私をすくい上げた。
「まだ、カエルの呪いを解く方法が見つかってないんだ。ごめん」
「くわっくわっ」
気にしなくて良い。あのドレスのひとと上手くやれば良いのよ。
私はそう言ったつもりだったけれど。
やっぱりカエルの鳴き声だった。
「そうだ! 今日こそ、僕のクレアも満足してくれる部屋へ連れて行ってあげるよ」
「くわっ」
やかましい!
私はそう思って、またエイダンの頭と思わしきところへ、頭突きして、逃げ出した。
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