第21話:楽しく踊ろう
拍手の先を見ると、エイダンが立っていた。
「上達したね。相当、練習したでしょう?」
私は頭を下げるにとどめる。
エイダンが寂しそうに笑った。
「僕はきみのためなら、いつでも時間を作るのに。クレアはそんなにイヤなの?」
私は、エイダンの告白から、ずいぶんと頭を悩ませていた。
勝手なことをされるのはイヤだった。
でも、大切にされるのは、嬉しかった。
けれど。
このイヤと、嬉しいについて考えると、いかにエイダンの好意の上に、だらしなく寝そべっているかに、気付いてしまったのだ。
好意に対しては、好意で返したい。
自分だけの損得だけでは、動きたくない。
だから、最近エイダンに対して、どう接したら良いのか、分からなくなっていた。
このダンスの練習だってそうだ。
私はエイダンの好意を利用して、ダンスを学ぶ。
それなのに、私はエイダンに、好意を返せない。
そんな私自身が許せなくて、こっそりひとりで練習していたのだ。
エイダンが軽く笑う声がした。
「っふふ。いじめすぎたね。もっと気軽に僕を頼って良いんだよ?」
「でも、私は好きを返せません」
「気にすることないよ。僕は大好きなクレアとダンスを踊れる。クレアは、相手が僕で不本意かもしれないけれど、ダンスを学べる。一緒だよ」
エイダンが私の前で膝をつき、手を伸ばしてきた。
以前のように、安易に手を触れてくることはなくなった。
「翡翠の美しいひと。僕と一曲、ダンスを踊ってくださいませんか?」
けれど、今までとは違って、好意を表わすことに戸惑わなくなったエイダンは、不思議と私をひきつけた。
早々に私は白旗を揚げることにした。
「はい。お願いします」
そうして、この日初めて、私は私の、エイダンはエイダンの、それぞれの振り付けで踊った。
結果は。
「ごめんなさい。足踏みました。あ、また! すみません……」
「気にしない、気にしな~い」
足は踏む。手はぶつける。私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そんな私なのに、エイダンはすごく楽しそうだ。
「クレア、笑って」
「え?」
「ダンスは楽しんでみせたほうが良いんだよ」
「だけど」
「楽しくない?」
「そうじゃなくて」
「じゃあ、笑おう!」
「きゃっ」
いきなりエイダンに、ギュッとからだを引き寄せられて、私のからだをクルッと回された。
少し驚いたのと、面白かったのとで、口元に笑みが浮かぶのが、私自身でも分かった。
「そう、その調子」
そうして、何度も足を踏み、手をぶつけたけれど。
最後はエイダンも、私も笑って踊り終えた。
「楽しかったかい?」
「はい!」
素直に、楽しかったことを伝えた。
「あんなギュンッてしてのクルッてするところもあるんですね」
「気に入った?」
「はい! あ……」
「気にしないの。そっか、あれが楽しかったのか。なら、今度はクルクルッてするダンスを教えるよ」
エイダンはにこにこと、とても楽しそうに笑って、そう言ってくれた。
次の日も。その次の日も。
私は特にエイダンにダンスの練習のことを伝えなかったけれど、私が練習していると、フラッとエイダンが現れるようになった。
そうして、新しいダンスを教えてくれたり、今までの復習をしたりと、助けてくれた。
楽しかった。
私はエイダンの好意に、好意を返さない状態に慣れてしまった頃のこと。
その日、久しぶりにひとりで残業であった。
目眩がする。と思ったまでは、確かに人間の手であり、腕であり、からだだった。
まばたきをすると、机の高さがおかしい。
机がまるで巨人用のもののように大きい。
見上げなければならない。
紙がフワリと落ちてきた。私の何倍もの大きさである。
私は慌てて避けた。
おかしい。
歩くではなくて、ぴょんぴょんと跳ねなければならない。
手を見ると。水かきが!
「けろ!」
なんてこと! と叫んだのに、まさかの鳴き声。
私がぴょんぴょんしていると、誰かがやってくる音が聞こえた。
どうしよう? どうしよう!
私は相変わらず、良い案が浮かばず、ぴょんぴょんするしかできない。
「あれ? 今日はクレアが残業だって聞いていたのだけれど……。いないな」
エイダンの声である。
「でも、彼女が灯りをつけたまま帰るなんてないし……」
音が近付いてくる。
ひぃい、見つかりたくない!
「けろけろ……」
なんてこと! この大変なときに、鳴くだなんて!
慌てふためき、またぴょんぴょんしてしまった。
「おや?」
エイダンの足が、私の目の前で止まる。
そりゃあ、そうだ。カエルがぴょんぴょんしているんだもの!
私は逃げるべきか悩んだ。
その悩んだ時間が命取りであった。
「これはまた……。美しい色のカエルさんだ」
エイダンはカエルになった私をすくい上げた。
掴まれているわけではないから、逃げられるのだけれど。
この高さから落ちて、下は水じゃないのに、生き残れる……?
私は血の気が引いた。
「くわっくわっ」
「きみは、どこから迷い込んだんだい?」
混乱して鳴いてぴょんぴょんするしかない私に、エイダンは優しく問いかけてきた。
優しい、だと?
私はエイダンを見た。
エイダンの顔は嫌悪ではなく、頬を染めうっとりしている。
私は身の危険を感じた。何故かは分からない。
だが、このままだと、とんでもなくまずい。
私はエイダンの手から飛び降りるべく、よいしょよいしょと手の上を小さくぴょんぴょんした。
けれど、エイダンは手の隙間を閉じてしまった。
「きみは、僕の好きな子にそっくりだ。どこから来たの? ああ、待って。その翡翠のからだ、本当に美しい。クレアの髪色にそっくりで。顔もカエルの中では整ってるねぇ」
そのまま、エイダンは「かわいい。かわいい」と連呼している。
私はエイダンの頭が強打されたか、何かあったのかと心配になった。
「そうだ! 僕の部屋へおいで。前は整えてあげられなかったけれど、今じゃあ、水も土も研究してあるんだ」
そう言って、エイダンは私を手で囲って連れて行こうとしたので、私は思いっきり飛び跳ねて、エイダンに頭突きした。
「いっった……」
「けろ! ありえない!」
私は、エイダンのほうを見向きもしないで、その場を走り去った。
家に着いたとき。ようやく、人間の身体に戻っていることに気付いたのだった。
次の日、何故かエイダンは、ずっと上の空だった。
右のほっぺには大きな布を貼っている。
……私の頭突き、強かったかな?
少し不安になった。
お昼時にエイダンに声をかけることにして、お仕事に集中した。
あの告白をされてから、私からエイダンに声をかけるのは、今回が初めてだというのは、声をかけて、エイダンの目が丸くなったのを見たときに、思い出した。
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