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けろけろ使い魔は、王子さまに溺愛されています  作者: 望森ゆき
第1章:はじまりとこわいひと?
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第2話:輝かしい日常

 私は、街が起き始める時間に家を出て、出仕するために王宮へ向かう。

 迂回しても良いのだが、朝市の通りで店主たちに挨拶をすることが、欠かせない習慣になっていた。


 果物屋さんに挨拶をすると、歳は四十ほどの元気のいいおねえさんが挨拶を返してくれる。


「おはようさん! 今日のイチコンの実は甘酸っぱくて美味しいよ〜。一掴み、持ってきな!」

「わぁ、ありがとうございます! おねえさんところの果物は美味しいから嬉しいです!」


 顔を輝かせて答える私に、おねえさんは豪快に笑った。


 ひとは、三十を過ぎる女性をおばさん、男性をおじさんと呼びはじめ、四十を過ぎる頃にはおばあさん、おじいさんと呼んだりする。まるで出生魚のようである。

 とはいえ。頭から追い出したい魔女が私に言いきかせてくれた言葉を思い出すのだ。


「言霊には気をつけなさい。おまえが、ひとへ発する言葉には魔力が宿る。前向きな言葉を使いなさい」


 呼び方くらい人間の風習に合わせた方がいいのかもしれないと、迷うことはある。しかし、嬉しそうに笑ってくれるおねえさんやおにいさんを見てしまうと、「風習になんか合わせなくても良いじゃん」と思ってしまう私が居る。


 私はおねえさんから紙袋を受け取り、せっせとイチコンの実を詰めはじめた。

 このくらいになると、買い物に訪れるひとが増え始める。

 しばらくすると、ひとりの筋肉がたくましいおにいさんが近寄ってきた。マッチョスタイルをアピールしながら、私に話しかけてきたのが皮切りだった。


「新聞、見たぜ! 戦争の英雄。いつも思うが、新聞で見るより、ずいぶん若いねえちゃんだよなぁ~」

「あら! あの娘が来ているの? サイン、もらわなきゃ!」

「英雄の作った防御壁で、最終的には誰も死なない戦場だったらしいじゃないか」

「我らの国の魔法使いは優秀だねぇ。今後も安泰だわ」


 もてはやされることに、悪い気はしない。けれど、あの結界術の生成原因を考えると、少し複雑な気持ちになるのだった。

 そのときだ。

 おとなたちの波を乗り越え、黒髪が艶やかなこどもがひとり、私の元へやってきた。その手には新聞があった。紙面の一枚目に私の絵姿が描かれていた。


『危機に瀕したマルーべ王国を救った英雄』

『平和的解決の象徴』


 そんな仰々しい文字も一緒に踊っている。


「おねえちゃんが、えいゆうさん?」

「そうだね、その絵姿は私だよ」


 話しかけてくれた子の目線になってかがむ私に、その子は、ジト目で私を上から下まで見やった。


「ごはん、しっかりたべれてるの?」

「ごはんは……。も、もちろん食べているさ!」


 内心、そんな細かいところは気にしないでくれと悲鳴を上げていた。私の気持ちを見透かすように、その子は、ふんっと鼻を鳴らした。


「そんな、ひ弱じゃあ、やってけないよ。はい。しょうがないからあたしが、アメ玉を分けてあげる」


 そう言って、その子は私の口にアメ玉を投げ入れてくれた。


「あ、ありがとう……」


 こどもにまで心配されるほど、私は弱々しく見えるのか……。

 私は気持ちがへこんでいた。


 アメ玉は私の大好きなイチコンの実の味がした。このアメは舐めるというほど、舐めないうちに、口の中に溶けていった。

 馴染みのある溶ける感触に驚いて、黒髪のこどもを探したけれど、もうその子はこの場を後にしてしまったようだった。


 まるで魔女のアメ玉みたいだ。私が落ち込んでいると、分けてくれたあのアメ玉みたい。

 いやいや。最近、流行はじめたアメ玉なのかもしれない。

 そう結論づけて、私はアメ玉のことについては脇に置いた。


 市場のみなさんの話を聞いていると、あっという間に出仕時間。

 王都全体に、朝八時になると音楽が流れる。


「わっ。まずいまずい! おはようございました! 今日も元気でー!」

「はっはっは! いってらっしゃい」

「いってきます〜! あ。おねえさん、本当にイチコンの実をありがとう!」


 イチコンの実が入った紙袋を抱え、慌てて走り始める私を、王都のひとたちは笑って道を譲ってくれる。道を譲ってもらうことに申し訳なさを感じつつも、やはり市場でもらえる朝のエネルギーは格段に私を明るくさせる。

 これが、市場通りを避けて出仕するのを迷ってしまう理由の一つだった。


 朝八時を知らせる音楽が最後の一音を響かせた。私は王宮の端にあるひとつの塔――通称、魔法使いの根城を駆け上っていた。


「おっはよーございまぁあす!」


 息を切らしながらも、朝の挨拶はキチンとする。これは私の大事なルールのひとつだ。

 けれども、仕事というのは時間が命だ。


「はい、クレア。五十回目の遅刻。この報告書の山はクレアにしてもらうことに決定で~」

「英雄殿、普段の業務もしっかりやっておくれよ」


 楽しそうに、でも残酷なことを言うのは、変装の達人である同じ班のリリー。

 ふさふさな眉毛でいつもは隠れている目が、今だけはしっかりも見える。鋭い視線を飛ばしてくる仕事も人生も先輩、技工士のジョニー。


 私はうなだれながらも「ハイ……」と返事をするのだった。その様子を周りは微笑ましそうに眺めている。ある意味、いまは平和な雰囲気の仕事場だ。


 王宮魔法使いという職に、私は就いている。

 この王宮魔法使いにも、種類がある。捜査班、検閲班、国交班、研究班、そして私の所属する防衛班。


 防衛班は、国境の結界や、要人の警護をになう。そんな花形だけでなくて、各地の治安維持も防衛班の仕事だ。

 いまだ戦争の名残はある。治安はまだ不安定で、夜は影に入ってしまえば、行方不明になることだって珍しくない。


 それでも。

 戦争が終わり、近頃は少しずつ明るいニュースが取り上げるようになったことを知っている。市場だけではなく、街全体の活気があふれだしていた。


 結界術をはったことで及ぶ周りへの影響を考えてもみなかった。

 はったことで優秀だと勘違いされているようだ。日々、書類の山を更地にしても、翌日には山になる。与えられる仕事量から、後悔することはよくある。

 しかし、一部分からとはいえ、市場の街の声を聞くと、私は結界術をはって良かったと思う。最近ようやくそう思えるようになった。


 気を取り直して、私は仕事机にむかった。リリーに言われた遅刻の罰にお腹が痛くなってきた。

 椅子に座ると、後ろから影が落ちた。腹の底に響く低い声が、私に降ってきた。

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