第18話:その話は聞いていない
結界術を直した次の日は、リリーと散歩を楽しんだ。
夕暮れも近付いた頃、私たちは移動魔法で王都に戻ってきた。
エイダンさまが一緒ではないから、ダメだと閉め出されるかと思っていた。しかし、王宮魔法使いの制服は便利なもので、すぐに移動魔法の使用許可が下りた。
正直、こんな布きれで、着ているひとが王宮魔法使いであるなんて、分かるだなんて、防衛の面で心配になった私である。
「じゃあ。クレアも良い休日を。明後日には、またお仕事がんばりましょう」
「ありがとう、リリー。また明後日。リリーも良い休日を過ごしてね」
王都について、魔法酔いが落ち着いた頃、リリーと私はそれぞれの家へと帰った。
翌朝、日が昇り街が賑やかになる頃。
私は窓を叩かれる音で目が覚めた。
「だぁれ……? ねむいのよぅ……」
私は窓を開けて、周りを見渡したあと、二階下を見下ろした。
見覚えのある銀髪がキラキラと輝いて、私に手を振っているのが目にとまった。
「見なかったフリはできないかなぁ……。私、今日は寝たいんだよなぁ」
私は数秒間、考えた。
開けた窓は手早く閉めて、お布団に潜り込んだ。
しばらくすると、また窓が叩かれる。
最初は遠慮がちだったのだが、次第に遠慮が無くなっていく。
私が完全に目を覚まし、頭をおさえる頃には、ひっきりなしに鳴っていた。
窓を見ると、石ころが跳ね返っていくのが見える。
あのひとのことだから、無駄に魔法を使って、窓を叩いているのだろう。
もしそうではなく、手ずから石を投げているとしたら、大変そうである。
私はのそのそと、衣服を整えて外へ向かった。
決して、呼び声に応えたのではない。騒音を注意するためにむかうのだ。
「おはようございます。うるさくて寝られないので、窓を叩かないでください。では」
先ほど手を振っていた、銀髪の男――エイダンは慌てて、私の腕を取った。
「おはよう、クレア。待ってくれ。昨日は一緒にいられなかったし、今日は一緒にいよう」
私は、エイダンの顔をチラッと見上げた。仕事の鬼とは思えないほどの柔らかな顔つきである。
「一緒にいなきゃいけない理由が無いと思います」
「それは……。大事な女の子とは一緒にいたいものだから。ね?」
「頭が残念と言われませんか」
私は大きくため息を吐いた。
「はっきり言いましょう。私の今日は、寝て寝まくるのです。エイダンさまがいらっしゃる場所はありません!」
「それは悪かった。でも、今日は良い天気だし、外を散歩するのもいいと思うんだよ」
私は頭が痛くなってきた。外の天気が良くても、私は寝たいのだ。それが何故、通じないのだ……。
私が静かに怒りをおさめようと、下を向いたとき。
私の口元に、イチコンの実が添えられた。
私が怒りを忘れて見上げると、満足そうなエイダンの顔があった。
「……なんですか、これ」
「イチコンの実。きみのために買ってきたんだ。食べて?」
イチコンの実に罪はない。仕方なく、本当に仕方なく、私はイチコンの実を口に迎え入れた。
ああ、相変わらずイチコンの実は甘くて、ほんのり酸っぱくて。
美味しい。
ついつい、無言でイチコンの実を食べ進めてしまった。
私は別に、イチコンの実に釣られてしまったわけではない。
そう、ただ天気が良いから、散歩に出掛けるのも悪くはないと、判断を変えたまでである。
エイダンに手を引かれ、私は高級なお店が建ち並ぶ、通りにやってきた。
いままで縁が無くて来たことのない場所だ。
「クレア。ここへ」
私が周りをキョロキョロと眺めているうちに、エイダンは入るお店を見つけたらしい。
特に気をつけて見もせず、お店に入ると、布の山があった。
私が慌てて、外に引き返そうとしたときには、出入口にはエイダンが立ち塞がっていた。
「私、今日手持ちがないんですっ。困りますっ」
小声でエイダンに訴えるも、エイダンの耳には届いていないようだった。
「マダム。僕の大事な人にドレスを見立てたいんだ」
エイダンは近くに控えていたおねえさんに、そう声をかけた。
マダムと呼ばれたおねえさんは、しずしずと私の隣に来た。エイダンの顔を見て、まばたたきを繰り返すも、私の姿を見て眉が跳ねた。
「あら……。お客様」
しばらく、マダムと私は見つめ合った。
ちなみに私は、「お金もないし、こんな贅沢は身の丈に合わないでしょ? いるべき場所におかえり」と言ってもらえるのを期待していた。
マダムが顔を逸らすほうが先だった。内心、帰れることを喜んだのも、つかの間。
「あなた! お客様がおみえよ」
マダムの声に応えるように奥にあった布の山が揺れた。
「今日は新しいお客さんは取らないって言ったろ」
そうして布の山から現れたのは、エイダンに見劣りしないほど、キラキラしたおにいさんだった。カラスが好きそうな姿である。
「おや? これはこれは! 磨く前の原石ちゃんじゃないの!」
あっけにとられる私を置いてきぼりに、おにいさんは大盛り上がり。マダムは私ににこりと微笑んだ。
「フィダー・リーへ、ようこそいらっしゃいませな」
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