第17話:再確認
「そうそう。エイダンさまたちには先に帰ってもらったわ。久しぶりのおやすみはクレアを独占したいって、お願いしたの」
リリーは、食堂で彼らの姿を探す私にそう告げる。
私はリリーの質問攻めから逃げるのを、諦めるしかなかった。
食事を終えて、街を散策することに。
リリーは特に何を聞くわけでもなく、あの雑貨がかわいいだとか、出店で売られているごはんが美味しそうだとか。
楽しそうに見て回っている。
私は質問攻めに怯えていたけれど、いつの間にか、リリーとの散歩を純粋に楽しんでいた。
完全に気を抜いていた、お昼ごはんの時である。
イチコンの実がたっぷり入ったサラダが美味しい。
食べきりサイズのカップで売られており、食べ歩きには最適である。
ちなみに、リリーはお肉の揚げたものを食べている。
「イチコンの実が、本当に大好きよね~」
「美味しいからねぇ」
「でも、野菜しかクレアは食べないから、おねえさんはしんぱぁい」
「なんとかなってるから大丈夫~」
えへへと笑う私に、リリーは眉根を寄せた。
「どうしたの?」
「ねぇ、クレア。わたし、あなたが正直にエイダンさまとのことを教えてくれるのを待っていたのだけれど……?」
「う~ん? うん?」
私はリリーが何を質問しているのか分からなくて首を傾げた。
リリーの眉毛がハの字になる。唇も心なしか色が悪い。
「クレアは、エイダンさまのことどう思っているの?」
「上司」
「即答なんだ……。って、違う違うわ! そうじゃないの。昨日の夜のアレは何だったの? あっまいあまい雰囲気だったじゃない!」
リリーは勢いよく首を横に振った。彼女の元気な金髪の巻き毛が揺れる。
「ここずっと、職場にクレアは来ないし。あの仕事の鬼のエイダンさまが、お仕事のミスがあっても、すごくご機嫌だし。二人に何かあったんじゃないか、って話が皆の中で持ちきりだったのよ」
「へぇ……」
リリーの勢いに押された私は、反応に困ってしまった。
「クレア、逃がさないわよ。わたしにだけ、教えなさい!」
「そういわれましてもなぁ」
私には悲しいことに心当たりが無かった。
「じゃあ、昨日のアレは?」
「仕事してきたら怒られた話のこと?」
「また別で聞かなきゃならない話が出てきたわね」
「ええー、違うのか。じゃあなんだろう……」
「もぉお! うら若い乙女に言わせないで! エイダンさまとキ、キ、キスしてたでしょう!」
「そんなのしてない」
「う、嘘でしょ?」
目を見開くリリー。私は口はとんがったのを自覚する。
身に覚えのない質問は困る。
リリーはよろよろと姿勢を正した。
「クレアさん」
「はい、リリーさん」
私も、リリーにならって姿勢を正した。
「もしかして、ですけれども」
「はい」
「エイダンさまから好きだとか、愛してるだとか、を言われていないなんていうことはないですよね?」
ひよこが二匹、手を繋いでピヨピヨと踊ってくれたけれど。
私は頭を傾げるしかできなかった。
だって、好き? 愛してる?
私とは無縁だわ。
私の様子から、長い付き合いのリリーは理解してくれたようだ。
「ああああ! エイダンさまのバカ。あなたのそういうズボラが嫌いです! 交際もしていないのに、キ、キ、キスをしようだなんて! 不埒だわ」
鬼の形相となって憤るリリーである。
かわいいリリーの顔が、いつも眉間に縦皺を寄せて、目を三角にしていたらイヤだなと、私は思った。
「そもそも! いつもいつもクレアに粉をかけて。クレアに相手にされていないんだから、諦めなさいよって。なのに、あのデレデレ!」
リリーの揚げたお肉が入っていたカップがバリバリと音を立てている。
握りしめすぎである。
心配になって、私なりに空気緩和にと、話してみることにした。
「あのね、リリー。エイダンさまはきっと、私の親代わりをしたいのよ」
「はぁ? ……まあ、クレアの言い分を聞こうじゃない。どうぞ」
「私、前にも似たようなことがあったの。子どもの頃から大切にしてもらってて。たくさん似た子がいる中でも、私が一番、大事にされていた。自慢じゃないのよ。ほかの子も、私にそう言っていたもの」
リリーの顔がこわいが、話を続ける。
「だからね、断れない自信もあったし。なにより私はあの人が大好きだった。だから、思い切って「愛しています」って私は伝えたの。でもね……」
「でも? あ、いえ。話を続けて」
「でも、あの人は私に言ったわ。「優秀だけど、あり得ない」って。すごく、私は納得いかなかったけれど。長い期間、離れてみて、ちょっと分かった」
私の視界が歪んでく。私はまぶたを閉じた。
「あの人にとって、私は優秀だったから大事にしていただけで。ちょっと特別扱いをされたと思った私が調子に乗りすぎたの。だから、エイダンさまもきっと同じ。魔法使いとして、育っていく私を見ているのが楽しいのだわ」
口に出してみて、私は妙にスッキリした。
エイダンが言った「大事な女の子」というのは、つまり「大事な部下が女の子の姿をしているから心配」なのだ。
目を開けて、リリーに笑いかけると、何故かリリーが泣きそうな顔をしていた。
「クレアはそれでいいの?」
「んー? 私は愛されるようなものではないから」
私はカラッと笑って答えた。
リリーが思いっきり、抱きついてきた。後ろに倒れそうになって、たたらを踏みつつも、耐えた。
リリーは手に持っていたカップを、近くに置いたらしく、私のからだはリリーにガッチリ捕まっていた。
「わたしは、クレアが好きよ。鈍感で、かなり常識外れで、でも明るい。だから」
私の耳元でリリーは、私の代わりに泣いてくれた。
良い友だちを得たなぁと、しみじみと私は思った。
カップを持った手は背中をポンポン叩き、もう一方のあいている手でリリーの頭をなでたのだった。
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