第15話:忠告と祈り
私は感知魔法を展開。
「敵は、左前方に七人。後ろからも複数名。囲まれています!」
リリーは私のローブの中で「クレア、出しなさい!」と暴れている。
出してあげたいのは山々なのだが、リリーが得意とするのは、治癒魔法である。戦闘では後方支援が主だ。万が一、誰かが傷ついてしまったときに、リリーが動けないでは困る。
「ごめんね、リリー。すぐ片付けるから。待ってて」
私が静かにリリーに言うと、沈黙が返ってきた。
リリーが納得している様子ではないが、私は敵のほうへと視線を走らせる。
ジョニーは二丁の魔銃を無造作に構えていた。収納魔法で持ってきていたようだ。
エイダンは長剣をスラリと腰から抜く。
「僕は前を相手にしよう。ジョニーは後ろを。クレアはいつものように」
「御意」
「わかりました」
そうこうしているうちに、前方からは大きなくまのような男たちがやってくる。後方からも同じように。
私たちが少人数だからか、それとも地の利が男たちにあるからなのか。相手の男たちは、ニヤニヤと笑っている。
私は静かに音を紡ぐ。それは言葉にしない魔法。
エイダンには筋力強化と防御の鎧を。
ジョニーには視力強化と魔弾の補充を。
リリーと私には相手から見えにくくする幻惑魔法を。
そして、男たちには五感異常を起こす音を届ける。すべては、エイダンとジョニーが戦いやすくするため。
エイダンの、まるで踊るように美しい攻撃が始まった。ジョニーも、二丁魔銃を巧みに操り、相手を次々と戦闘不能にしていく。
少し見惚れていたが、私の感知魔法に何かが引っかかった。
右側からである。
見えない。でも。この感じは、絶対に間違えない。
魔女だ!
私はエイダンにジョニーに、男たちに、意図せず言霊を贈った。
「伏せて!」
言葉とほぼ同時に、右側から衝撃波が来た。
木々は倒れ、衝撃に乗った枝や小石が飛んでくる。
辺り一面、砂煙に覆われた。
視界が晴れたとき、私は魔女と向き合っていた。
ほかのものは、居ない。まるで、拾われた時を思い出させる、静かな白い場所だった。
「久しいわね。クレア」
「お久しぶりです」
魔女は変わらず、美しかった。
艶やかな黒髪も、イチコンの実のように赤い唇も、白く抜けるような肌も。
「今日はそんなに時間が無いから、短く言うわ。そろそろ、あんたにかけた魔法は解ける。無様なカエルの姿を晒したくなかったら、早く帰ってくるのね」
魔女は私の返事を待つことなく、陽炎のように消えていった。
私が目を瞬かせると、戦っていた場所にいた。
ひとが傷つき、倒れている。男たちはもちろん、エイダンもジョニーも。
唯一、私のローブに包まれていたリリーは気絶してはいるが、無事だった。
リリーを土の上に横たえた。
「リリー。ごめん。起きて。助けて」
「ん……」
私がリリーを揺さぶると、リリーはうっすらと目を開いた。
少しぼんやりしているようだ。
「リリー、助けて」
私はもう一度強く、リリーを揺さぶった。
リリーは私の顔を見て、困ったように笑った。
「そんな泣かないの。英雄さん」
「な、泣いてなんか、なんかない。ないもん」
「そっか~。でも任せて。治癒師のわたしがいるのだもの。助かるわ」
「ありがとう」
リリーは私のほっぺをむぎゅむぎゅと揉んだあと、起き上がった。
「……あらまぁ。これはすごいわね。クレアちゃんが泣いちゃうのも無理ないわ」
そうぼやいたあと、リリーは広域治癒の魔法を発動させた。
エイダン、ジョニーの傷が癒えていく。
だが、あの男たちは、姿が変わっていくではないか。
あるものは熊に。あるものは猿に。
彼らが目を覚まし、自身の姿が変わっていることに気付くと、悲鳴を上げ一目散に去って行った。
「な、なんだったのかしら」
リリーは気味の悪いものを見てしまったと、ぼやいた。
私は、彼らが魔女の使い魔であることに気付いた。気付いてしまった。
ジョニーは割と早くに起き上がれるようになった。
しかし、エイダンが起きられるようになる頃には、あたりは暗くなりはじめていた。
「今日は近くの街に戻って、宿を取ろう。夜の暗い場所で、また攻撃をされても厄介だしな」
そう結論をエイダンが出したことで、私たちは街に戻ったのだった。
宿では、男女に分かれて部屋を取った。
広域治癒の魔法を使ったリリーは、とても疲れていたようで、すぐに寝息を立てて寝てしまった。
深夜。今日は月に一度の星あかりがない日だった。
光のない暗い中、私は宿を抜け出した。
戦った場所まで来ると、使い魔たちの声がまだ残っていた。
「魔女の命令に従って、邪魔をしたのに」
「ずっと人間でいられるという話だったのに」
「あんなに強いだなんて聞いてない」
耳を澄ますと、そんな声が強く強く残っていた。
どの声も恨み、怒りに満ちていた。
私は自分のことでもないのに、胸が痛かった。
しばらく歩くと、結界術が見えてきた。
私は、息を吸って静かに詩を紡ぐ。
誰もが傷つかないように。
平和を維持できるように。
前とは違って、祈りを込めた詩だった。
うたいおわり、私はその場に座り込んだ。
さすがに、昨日まで寝たきりだった上に、久しぶりの緊張ある場に出くわしたこと、魔女のこと。たくさんのことが重なり、足に力が入らなくなっていた。
でも、なんだかとてもやりきり、満足していた。
しばらくして。
足に力が入り、歩けるようになった。
ゆっくりと歩いて、宿へと戻った。
借りた部屋の前に、エイダンがいた。
お待たせしてしまいました。
少し体調崩してました……。
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