第13話:お上品な言葉遣い
エメリーンから行儀作法を習い始めて、十日が経った。
その間に、エイダンが顔を見せることはあったが、エイダンとエメリーンがかち合うことはついぞなかった。
「エイダンさま。このままだと、私のからだが本格的にベッドと同化してしまいます」
私は熱く、それはもうイチコンの実に対する情熱のように熱く、苦い薬を含んだような顔のエイダンに、私は元気になったのだと主張した。
もう良いでしょう?
ようやく渋々ながらも、エイダンからベッドから降りる許可が出た。
私は、あたりをぴょんぴょんと踊り回りたいくらい、嬉しかった。
満面の笑みで、エイダンに感謝を伝えたが、エイダンの顔はちっとも嬉しそうではなかった。
「よろこんでくださらないのですか?」
私は、せっかくお仕事ができること、あと忘れてはならないダンスの練習もできることが嬉しかったのだけれど……。
エイダンは違うのだろうか?
「まあ、な」
エイダンの表情が陰っている。
食事の準備をするワゴンや机、お皿たちも、どことなく元気がない。
「私、お仕事も戦力外でしょうか? もともと書類をエイダンさまへ届けるのも遅かったですし……」
エイダンの顔は晴れず、曇ったままである。
やはり、私の仕事ぶりがいけなかったようだ。今後、精進していきたい。
「私はエイダンさまとダンスの練習することも、楽しみにしていたのです。でもやっぱり、王子殿下たるエイダンさまのお時間をいただくことが――」
「僕だって、楽しみにしているよ。元気になれて、本当に良かった」
私がダンスの話を出した途端、水を得た魚のように、エイダンは元気になった。
先ほどまでのしなびた様子はどこへやら。机の上のお皿達たちもくるくるまわっている。
「さあ、ごはんにしよう。今日はイチコンの実をふんだんに使った料理だよ」
「ありがとうございます」
そうして、エイダンと食事をしたのだった。
食事が終わると、最近恒例になりつつある、エイダンによる私の頭をなでなでする時間である。
「ずっと思っていたのですが、エイダンさま。近いと思います」
「そんなことはない。ここには、僕とクレアしかいないから」
頭をなでられながら私は、エメリーンから教えられたことを考える。
エメリーンの教えでは、まず婚約もしていない婚礼前の男女がふたりきりになるということはない。結婚していても、痛くもない腹を探られたり、背びれ尾びれのついた噂が流れることを考え、まずまず異性とのふたりきりは、ありえないのだという。
では、この状態は何か?
エメリーンは「恋仲をいそいだお兄さまの、考えなしな行動」と言っていた。
エイダンより短い付き合いのエメリーンではあるが、私に嘘を教えるようなひとには感じられない。だからこそ、私は困惑している。
そもそも仕事では魔王のようにこわいエイダンである。考えなしな行動をするだろうか?
それに、恋仲って……。無いだろう。
どう考えても、私は仕事のできない、手間のかかる部下なのだ。悲しいことに。
そんな私を好きになる物好きが、まさかのエイダンであるだなんて。それこそ、考えられない。
答えの出ないことをもんもんと考え、眉間に深い深いみぞを作る私である。
私の頭をなでるエイダンの手が止まった。
「そろそろ、仕事へ行ってくるよ。いいこでいるんだよ?」
「私はちいさい子か何かですか? ……いってらっしゃいませ、エイダンさま」
エイダンは私の髪をぐしゃぐしゃとかき乱すと、部屋から出て行った。
ちなみに、私はまだこの部屋の仕組みが分かっていない。
少しぼんやりとしていたらしい。
エメリーンが今日も今日とて、色は全然似合っていないが形は素敵なドレスに身を包んで現れた。
「ごきげんよう、クレアさん」
「ごきげんよう、エメリーンさま」
私は、エメリーンさまをジィと見つめてしまった。エメリーンさまの容赦ない扇が私の肩を叩いた。
「また悪い癖が出ていましてよ。長いことひとを見つめるのは、お下品ですわ」
「はい、エメリーンさま」
私は視線を足下へと投げた。
「それで? わたくしを見つめてどうなされたの?」
「そのドレスはエメリーンさまの趣味でしょうか?」
エメリーンは片眉をあげた。続きを促されているようだ。私はたどたどしく上品を意識して言葉を紡ぐ。
「私は服に詳しくはないのですが。エメリーンさまのドレスの形は素敵だと思います。ただ、せっかくの妖精のようにように儚く可憐なエメリーンさまの雰囲気をお色が、そのぅ……ぶち壊しです」
エメリーンはため息を吐くと、素っ気なく私に評価を言い渡す。
「言いよどむのと、最後の言葉をもっと選ばれていたら満点でしたのに。それでも、まあ、出会った頃に比べたら、だいぶできるようになりましたわね」
それでも、できるようになると、エメリーンは褒めてくださるのだ。素っ気ないけれども。
「ドレスのお色については、婚約者の趣味ですの」
「エメリーンさま、婚約者がいたのですか……?」
「まさかいるなんて、というお顔。酷いですわ。……ただ確かに、わたくしもあのかたからのドレスでなければ、こんなお色のものは身にまといませんわ」
そこから、珍しくエメリーン自身のお話を聞くことができた。しばらく、エメリーンの婚約者が如何にすごく、素敵なのかを聞くことになった。
「――だから、クレアさん。ドレスも満足に贈れないお兄さまなんて、やめておしまい。ろくでもないわ」
「え」
「わたくしの実の兄でありながら、なんとも根性無しですわ」
「えーっと?」
「ああ、優秀だと尊敬していたのにっ」
エメリーンさまは、どうやらご自分の世界に入ってしまわれたようだ。私の声は聞こえていない。
「そうだわ。こんなかわいいクレアさんをわたくしのお友だちに紹介したいわ。どうしてわたくし思いつかなかったのかしら!」
私は机やベッド周りを眺めながら思った。
お仕事もだけれど、私は、エメリーンに教えてもらった礼儀作法を目に見る形で実践して、周りに「おぉ、さすが英雄どの!」と言われてみたいなぁ。
そんな現実逃避をしていた。
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