第11話:私のひみつ
私の意識が浮上しはじめる。
私は自分の家の匂いがしないことに気付く。
私は、花壇のところに座っていたから、……。
私は伸びをした。腰がギューッと伸びた。
どうやら横になっているらしい。
「うーん……」
目をこすりながら、私は起き上がった。否、起き上がろうとして失敗した。
無様にお布団の海を泳いだだけであった。
すると、近くに誰かいたようで、ガタガタと椅子を鳴らす音がした。
「大丈夫か?」
心配そうな声が耳に触れる。目の下にクマができたエイダンが、そこにはいた。大事にしていたものが、壊れていきそうな時の顔しないで。縁起でもない。
私のよろめくからだを、エイダンは支えてくれた。
「あれ? 私、ダンスを見てもらってて……。ここは?」
「こ、ここは僕の部屋だ」
私の聞き間違いだろうか。ボクノヘヤ。ぼくのへや。僕の部屋。
意味が分かると同時に、私の目は見開かれたであろう。
思わず、お腹から声が出た。
「はぁあ? 見損ないました!」
「ま、待ってくれ。誤解しないで――」
「何がですか! 私はここに来る記憶がないんです。それは、つまり……。つまり! 犯罪者のやることです!」
「違うんだ……! きみは具合が悪かったみたいで、寝ちゃったんだ。本当だ」
しょんぼりと、涙をうっすらと瞳にためるエイダン王子殿下。
それでもハッキリとした声で私の主張を否定する。
「本当に、違うんだ」
「信じて良いんですか?」
私が疑いの眼差しで念を押すと、エイダンは何度も首を縦に振った。それから、私の髪をゆっくり撫でた。しみじみと言葉を落とした。
「もう、戻ってきてくれないかと思った」
「たかが眠っただけで?」
「そうだな。たかが五日ほど眠っただけだな……」
「はい?」
「そう。きみの言うとおり、僕の心配のしすぎかもしれない。五日間くらい寝るなんて誰だってある……よ、な」
急に真面目な顔をしてエイダンが何を言い出すかと思ったら。
まったくもって笑い事ではない。
「し、仕事は?」
「そんなものは、休みだ」
フッと顔を暗くさせてエイダンは笑った。私は必死である。
エイダンは知らないかもしれないが、英雄に割り振られているお仕事は、案外多いのだ。
「私の机は、嵐に見舞われてませんか? 生きていますか、私の机」
「さあ……?」
「さあ? って。私にとっては死活問題ですよ」
「五日間、眠っていたことよりも?」
「い、五日間くらいは、誰にだってありますから!」
私は先ほどエイダンの言葉を拾って、反撃に出た。
エイダンは少し頭をおさえたあと、キリッとした顔で何を言うかと思えば。
「きみは、しばらくここにいなさい」
「もう元気です!」
即答する私に、エイダンも脊椎反射の勢いである。
「ダメだ。きみの姿が安定するまでは、ここから出さない」
「お仕事……!」
「きみを不安にさせるような仕事は、僕が片付けておく」
エイダンは言い切ると、私の頭をなでた。
まるで触ったら壊れると思っているような、そんな優しいなで方だった。
「ところで。お腹はすいていないかい?」
私が返事をするより先に、素直なお腹がぐぅうという大きな音でもって答えていた。
もういや……。穴掘って、永遠に眠りたい。
私の顔は赤くなっていることだろう。
エイダンは、目を丸くしてからクツクツと笑った。
「わかった。食事を用意させよう」
「ところで、ここは王宮のどこですか?」
私が抱いてもおかしくない疑問には、エイダンは微笑んで答えてくれなかった。
代わりに、私を腕の中へと囲った。
「恥ずかしいから、離してください」
「きみがいるという実感がほしいのだ。しばらくは我慢してくれ」
私が抗議をしても、何処吹く風なエイダンである。
私が抗議し続けるのも疲れてきた頃、部屋にコンコンという音が響いた。
「どうぞ」
エイダンが許可を出すと、どこかで扉が開き、閉じる音がした。
カラカラカラという音とともに、食事の乗ったワゴンがひとりでにやってきた。
私がぽかーんと口を開けてしまっていると、エイダンはニヤリと笑った。
「きみに外に出られるきっかけを与えるわけ無いだろう」
「そ、そんな殺生な。いやいや、それより……」
「さあ、料理人が腕を振るった食事だ。舌がとろけると思うよ」
ワゴンが数度飛び跳ねると、食器たちが踊るように机の上に並んだ。さらには、机がにょっきにょっきとベッド際まで歩いてきた。高さ調整もバッチリである。
どう転んでも、魔法の無駄遣いである。
とはいえ、ワゴンと食器の動きは、それはそれは見事なものであった。
緊張していた気持ちが抜けていくのを感じた。
エイダンが腕の中から解放してくれた。
「では、いただきます」
「どうぞ」
エイダンは隣でとても嬉しそうにしている。
けれども。困ったことが発覚してしまった。
「エイダン……」
「どうした?」
「ものすごく言いにくいのだけど」
「なんだ、遠慮せず言ってくれ」
「野菜がないです……。食べるものがありません」
エイダンは数回、瞬きをした。そして、料理の乗ったお皿を見渡す。
「肉や魚があるじゃないか」
「その、諸般の事情で、お肉もお魚も食べられないんです。ごめんなさい」
私が小さくなってそう言うと、エイダンはふむとあごをなでた。
「だから、か……。なるほど。わかった。次から野菜の料理にしよう」
「ありがとうございます」
私はホッと息を吐いた。
エイダンは変わらず、優しく頭をなでてくれたのだった。
しばらくして、私はまた眠りに落ちていた。
今度は暖かくて素敵な夢が見られそうである。
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