表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
けろけろ使い魔は、王子さまに溺愛されています  作者: 望森ゆき
第1章:はじまりとこわいひと?
10/33

第10話:踊る

「あー……」


 思わずうめいた。けれども、私は悪くないと思う。

 私は朝に起きられなかったショックと、昼過ぎに出仕したら書類が崖になっていたことで、エイダンとの約束は、記憶の彼方へと紙飛行機にして飛ばしてあった案件である。


 朝起きられなかったこと、お仕事が山……崖のようにあること、それがいけなかった。ワタシ、悪クナイ。


 そんなことも想定内だったのであろうエイダンは、落ち着いた様子で言う。


「約束はしてあるし。今日はもう帰れるのであれば、少し教えようと思ってね」

「そうですね……。わかりました。よろしくお願いします」

「よし、じゃあ。ここだと危ないから、外に出よう」


 エイダンは背中を向け、先に歩き出した。その背中はどこか嬉しそうだ。ひとくくりに縛っても、背中まである銀の髪のしっぽが揺れている。

 私は灯りを消して、あとを追ったのだった。


 魔法使いの根城をおりてすぐのところに、小さな花壇がある。今は寒いし、夜だしで、花は咲いていないが、春の祭典の頃になれば、美しく花を咲かせていることだろう。


 その花壇の前がひらけていて、雨乞いの動きはできそうである。……まあ、夜会のダンスというものが、どれだけ広い場所で行うものなのか分からないので、大丈夫と言って良いのか分からないけれど。


「さて。一回、僕が女性パートを踊って見せるから、見てて」


 そうして、エイダンが踊りはじめた。銀のしっぱが楽しそうに宙を舞った。


 感想としてひとことにまとめるならば、優美である。

 踊り終わられたエイダンを見て、「ああ、終わっちゃった。もったいない」と思ったのは秘密である。


「これが一曲。本当はほかにも何曲かあるけれど、基本のこの形をまずは覚えようか。さあ、僕の姿を見つつでいいから踊ってみよう」


 これから、どんな強硬教育が待っているのだろうと戦々恐々としつつ、私はエイダンの動きの真似をはじめた。


 ところが、エイダンは優しかった。

 「一回で覚えなさい」とは言わなかった。

 ちょっとだけ、私は魔王と呼んでいた上司を見直したのだった。


 手の動きがおかしければ、手を添えて分かりやすく教えてくれた。

 手に意識がいって、足がおろそかになっていれば、手だけ、足だけというように切り分けてくれた。

 「手の動きがおかしい」、「足の動きが追いついていない」なんてことは一回も言われなかった。


 部分部分止めながらも、三回ほど踊った頃だろうか。

 意外とダンスというのは汗をかくもののようだ。そりゃそうか、常に動いているのだもの。


「くしゅんっ」


 私はついうっかり、ダンスの最中、くしゃみをしてしまった。エイダンは動きを止めた。


「すみません……」

「いや、いい。こちらこそすまない。まだ外は寒いか?」

「そうですね、寒いです」

「わかった。少し休憩だよ。上着を取ってくるから、待ってて」


 そうエイダンは言い置くと、サクサクと歩いて行ってしまった。

 その様子をぼんやりと見送りながら思ったことが、口から滑り出た。


「昼間のお仕事の時も、あれくらい優しければ良いのに」


 ハッと我に返った私は頭をブンブンと横に振った。

 あの仕事の鬼である魔王が、今のように優しくなったら……。きっと仕事が回らないであろう。そんなことを私は想像した。


 ダンスの疲れもあってか。――それとも寒くて本能が眠りたくなったのか。

 私は近くの花壇のわきに座り、エイダンを待った。気付かぬうちに、私はうっつらうっつらしはじめていた。


 私の名前を呼ぶエイダンの声がする。私を探しているようだ。


「クレア? どこに……? クレア!」


 まるで私がおたまじゃくしの時、さまざまな動物に追い詰められて出した声にそっくりだ。そう追い詰められている時は決まって、魔女が颯爽と現れて助けてくれた。懐かしいなぁ……。


「クレア、居るなら出てきてくれ。寒い思いをさせて悪かった!」

「けろ~」


 「ここにいるし、そんな泣きそうな声しないで」と返事をしたつもりだった。

 む? おかしい。

 あくびをすると、数年ぶりの馴染みある感覚。長い舌が、にょーんと伸びた。


 えぇ?

 目を開けると、あらまぁ。地面の土がとても近い。土の、自然を感じさせる匂い。気持ちが良い。

 おや、手の甲がとても綺麗な翡翠色になっているわ。

 私って、カエルだったのね。そうよ、カエルよ。何を今更。

 はて。私、すごく素敵な人間にしてもらった気もするのよ。

 う~ん。でも、とても眠いわ……。


「くわぁ~」


 私の近くで土がザリザリと音を立てている。誰かが私を待たせていた気がするけれど。そんなこともなかったような……。

 ふわふわした気持ちに揺られていた。


「クレア!」


 だあれ? 私は眠たいの。呼ぶなら、用件を先に言いなさい。

 もう一度、私はあくびをした。

 すると、土の音は止んで、代わりに動物の荒い呼吸音が聞こえた。

 魔女の手よりゴツゴツした、温かい何かが私を包んだ。


「ちょっ、待った。なんでここに? クレアなのか?」

「けろ~」

「今度は夢、じゃ、ないんだ……」


 魔女の声よりもっと低くて、落ち着く声。良い声ね。カエルの私が高評価をあげちゃうわ……。

 そこから、私は深い眠りに落ちた。


 夢のなかで、私は結界術をはっていた。

 正確に表現するのであれば、詩を歌って歩き回っているだけである。

 詩と言っても、そんな大層なものではなくて。

 思っていることをツラツラと言葉にして並べるだけである。


 夢のなかの私は、荒れ果てた大地だと思わしきところにいた。

 水も、緑も、光もない。

 ただ足下だけ、見える。

 暗い闇のような寂しい空間に、ひとりきりだった。


 誰かが、私を呼んでいる。

 そう感じた。

 私は歩くのをやめて、立ち止まった。

ブックマーク追加で今後も応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ