97話 バリア魔法はスーッと進む
異世界勇者ひじりには、新しく創設した魔法探求部署、通称マタン!のトップを任せることにした。
マタンでの仕事はただ一つ!
新しい魔法を見つけ、世に広めること。
彼女が元の世界に戻れる方法を探す手伝いにもなるし、面白い魔法が見つかればそれはミライエのためにもなる。
ただ飯は許さん、たとえ異世界勇者でもな!
「ひじり、今日からお前はマタンの署長だ。どうだ、かっこいいだろう?」
「だっさ」
「なっ!?」
俺が決めた魔法探求部署、通称マタンがダサいだと!?
か、体が怒りで震えてきたっ。
マタン、かっこいいもん!絶対かっこいいもん!後でベルーガに泣きつこうと思う。
「まあ、配慮には感謝するけど……」
ひじりはよくこういうしゃべり方をする。最初に強く否定し、最後にボソッと本音を漏らす。
私、知っています。
これツンデレっていうやつです。
でもツンが強すぎてあんまりキュンと来ないです。
もっと勉強して!そんなんじゃモテないよ!
「なんか失礼なこと考えた?」
「い、いえ、まさかぁ……」
鋭い!
「お金貰う以上はちゃんと働かないとね。私、もともとハンバーガー屋で働いてて、店長にもよく働くねって褒められてたんだよ」
「ふーん」
「興味なさそう!?」
うちの魔族たち、滅茶苦茶働くけど。対抗できそう?
アザゼルとかいつ休んでるのってくらい働くけど。ベルーガなんて、最近ようやくサボる姿を見せて、俺を安心させてくれている。
「もしかして私が働き者なの信じてないの?」
「いや、そういう訳じゃないんだ」
素直に理由を話しておいた。
ミライエがどうやって発展しきて来たのかを。働き者の部下たちに支えられてきた事実を。
「というわけで、働き者は別に珍しくない。むしろ君やれんの?って感じだ」
「ムカ。なんか言い方ムカついた。絶対に見返すような魔法を見つけてやるから」
それがマタンの仕事だからね。
といってもやる気を出してくれるのはありがたい。
「期待せず、待っとくよ」
「ちょーむかつくー。殴りたいかも」
やめてほしいかも。
異世界勇者のパワーは恐ろしいが、俺にはバリア魔法がある。
怪我するのはそちらだ。有能な部下を怪我させるのは非常に勿体ないので、無益な喧嘩は辞めましょう。
「あんまり真剣に考えることはない。うちは優秀なやつが多いから、できないことはできるやつに任せればいい」
「私が無能みたいな言い方じゃん」
そ、そういう風に取られても仕方ないか……。
存在がぶっ飛んでいるので、俺としては大人しく、そして楽しく過ごしてくれたらいいよってのを伝えたいのだが、なんともうまく伝わらない。
伝わらないときは、ストレートにもう一度言うだけだ。
「俺はお前に、ミライエを好きになってほしいんだ。無理に抱えてストレスになるくらいなら、そんなもの放り出してしまえっていうくらいにな」
「……ふーん、優しいじゃん」
だろう?
今度はちゃんと伝わってよかった。
口にしないと伝わらないことって多いんだなーと改めて思い知らされる。
気持ちだけでは伝わりませんよ!と自分にも再度念を押しておく。
「なあ、ひじり。大国ヘレナを見て来たお前から、ミライエはどう見える?」
「どうって言われても。まだ来たばかりであんまり知らないし……」
それもそうだ。
「よし、じゃあマタンの稼働前にお前を案内しておく。言っておくけどな、エルフ米やショッギョだけじゃない。ミライエはもっと凄いところなんだぞ。後に続け!俺が直々に紹介してやる」
そういう訳で、突如始まったミライエ紹介ツアー。
異世界勇者ひじりに我が国の魅力を伝え、ここの人材の豊富さを思い知らせるツアーとなっている。
なんと今なら国王である俺の案内があり、しかも無料!
「シールド様、お供します」
俺の執務室で話を聞いていたベルーガが、一緒にお供してくれることとなった。
ベルーガはいつも褒めてくれるので、ツンの強すぎるひじりを上手く中和してくれるありがたい存在なのである。
早速城から出て、いろいろ紹介してやることにした。
「ほら、これがエルフ島まで続く橋だ。そのうちエルフ島も見せてやるから。はい、次~」
「さらっと流さないでくれる!?」
はい?何か詳しく説明する必要があるようなところあったか?
いや、無いはずだ。
「何よ、このあり得ない規模の橋は!?」
「おいおい、新参者か?」
「新参者よ!」
全く、ミライエの民はこんな橋、既に見慣れているぞ。今更誰も驚かない。
南の島へと続く橋も完成しているし、こんなことで驚かれても……。
「しかもこれ、もしかしてバリア魔法で作ってんの?馬鹿なんじゃない?あんた!」
「シールド様は天才です」
ボソッとベルーガがフォローしてくれる。ありがとう、ベルーガ。お前がいることで俺のメンタルが安定するんだ。
やはり付いてきてくれて良かった。
「バリア魔法は応用が利くから、いいだろ別に。頑丈なんだぞ、それ。エルフ島まだ続く海は非常に荒れやすいし、特殊な海流もあって行き着くのが大変なんだ。この橋はミライエとエルフ島をつなぐ奇跡の橋だ!」
くぅー、決まった。
バリア魔法は非常にコスパが良い魔法なので、制作にそれほど労力はかかっていないが、この橋が齎す利益はとんでもなく大きいので非常に達成感の大きい仕事となっている。思い返しても、自分を誉めてやりたくなる傑作だ。
「そういうことじゃないわよ……。バリア魔法をこんな使い方しようってのが頭おかしいし、普通出来ないし、やろうとも思わないわよ。あんた本当に人間?てか、このバリア魔法って本当に魔法なの?」
「魔法だけど。バリア魔法は立派な魔法だし、俺は立派な人間ですけどなにか?」
なにか?
少し歩み寄って圧をかけておいた。
「ま、まあいいか。こんなものもあるのね。へぇー、少し驚いたけど、うんうん、そのうち慣れるか」
そうそう。ミライエに住んだらそのうち慣れるから。
「ひじり様、そこらへんは感覚が鈍ってくるので大丈夫です。最初こそ驚きますが、不思議と驚かなくなるんですよね」
感覚が鈍ってくるとか言われた。ベルーガさん!?
最初はあなたも驚いていたと?
「橋くらいでいちいち時間を使ってらんないぞ。次、次!」
「いや、普通に橋が気になる!いっちばん気になる!」
「なんでだよ。ただの半透明な橋だよ……。いつでも渡れる」
ひじりは我慢できない様子で、橋へと近づく。
少し不安な表情を見せ、こちらを振り向いた。
「ねえ、これ本当にちゃんと踏める?すり抜けたり、崩れたりしない?」
まったく。俺のバリア魔法をなんだと思っている。
仕方ない。見せてやるか。
全力疾走して、大ジャンプをした。着地先はもちろん。
「きゃっ!」
ひじりに甲高い悲鳴が聞こえたが、そんなのは関係ない。
普通にバリア魔法で作られた橋の上に着地し、橋はもちろん何ともない。俺も落ちたりしていない。
指を3本立てて、ひじりに見せてやった。
「3年。俺のバリア魔法の寿命だ。その間は、俺がバリア魔法をしまわない限り、この橋は壊れない」
「絶対に?」
「壊してみろ、お前の聖剣で」
「ぐっ」
はっははは。俺のバリア魔法は壊れないことが先の戦いで証明されている。
聖剣魔法でも壊れないんだ。これはもう壊れないと明言して良さそうだ。
3年以内に壊れたら全額返金サービス実施も考えております。
信頼と実績のバリア魔法、ミライエ産!
「わっわたしも乗ってみたい」
「どうぞ」
気づくとベルーガの手を握っていた。手をしっかりと繋ぎながら、ひじりが少しずつ橋に近づく。
軽く悲鳴を上げて、手も震えている。
ベルーガが優しく手を握ってあげていなければ、前に進むのも困難なくらい怖がっていた。
「何をそんなに怖がってんだ」
「だって!半透明だし!下海だし!バリア魔法で橋って概念が意味わかんないし!私がおかしいのかな、これって」
さて、俺たちはすっかりバリア魔法の便利さに慣れてしまったのでその感覚を忘れてしまった。
時間がかかったけど、きゃーきゃー一人で騒いで、なんとかひじりも橋の上に立った。
なんか楽しそうだな……。
バリア魔法に慣れないほうが、実は楽しかったりするのか?
「……立ってる!私、立ってる!」
どこかの歩けなかった悲劇の少女みたいなこと言い始めたぞ。
「ねえ、このままエルフ島まで行ってみたい!」
今度は目をキラキラさせ始めた。忙しいやつだ。
「いいけど、結構遠いぞ。馬車を回してくるから、少し待ってろ」
「うん!」
楽しそうにしやがって。そんな目をされたら、こちらも予定を変えて要望通りにしてやりたくなる。
しばらく待ち、馬車の到着を待った。
俺とベルーガは慣れたものだけど、バリア魔法の橋の上を走る馬車の中でも、ひじりは騒いでいた。
「うひゃー。バリア魔法が平らだからほとんど余計な抵抗もなく馬車が走ってる。高級車に乗ってるみたい!!これ面白い!バリア魔法最高かも!」
バリア魔法最高!?だよなー。
「このスーッと進む感じがたまんない!滑ってる感じ?なにこれ、癖になりそう!」
随分とガタガタした馬車に乗ってきたんだろうな。
ミライエの馬車はスーッと進みますよ?
エルフ島に着くまで、ひじりは終始上機嫌だった。




