90話 バリア魔法を超えて偵察
「あいたたたっ。本当に何ともないのか?よく見ろ」
「何ともないように見えるけどなぁ」
戦いから戻ってきたセカイを出迎えた。
ずっと首の痛みを訴えるので、見てやっているが、傷らしい傷が見当たらない。
聖剣で斬られた首は、なぜかきれいさっぱりとくっついていた。どうなってんだ、ドラゴンってやつは。
「追撃しようかと考えたが、戻って正解だな。首がやけに痛む」
「きもっ。首がくっついとる!そりゃそうじゃ。じゃから、異世界勇者は嫌なんだ」
コンブちゃんにデザートの餌付けを去れながら、フェイがやってきた。
首がつながるのはフェイから来てもおかしいことみたい。
痛むセカイの首元を確認して、ぱちんと平手で叩く。
なんで!?なんで今戦いた!?
「ばかもの。毒をかけたら勝ったと思ったのじゃろうが、聖剣に斬られたから差引こちらがマイナスじゃ」
「相手のほうがどう見たって痛んでいた」
「しかし、時間をかければ毒は抜ける。聖剣から受けた痛みは、聖剣が折れるまで続く。そして、聖剣が折れることはない。異世界勇者が死なぬ限りな。戻らずに追撃が正解じゃ」
どれほどの痛みかは知らないが、セカイが気になるほどだ。そうとう痛いだろうな。ていうか、普通なら死んでいる。
一瞬でセカイの首を飛ばしたあの剣はやはりやばい。
そんなことは初めから知っていたが、再度実感させられる戦いだった。
「追撃か……本陣に逃げられたから面倒だな」
それはそう。
大軍が控えている中から異世界勇者を探し出すのは至難。そして、あそこには宮廷魔法師も強力な戦士もいる。思っているより簡単にことは進まないだろう。
「窮鼠猫を嚙む、一度逃がした以上しばらくは放置じゃな。確実に仕留めぬからじゃ。なんのための爪と牙かわからぬの」
「ぐぬぬぬ、日和って隠れてたバハムートには言われたくない」
「聖剣の痛みを知ったらもう嫌になるじゃろう。ええ?また勇んでいけるか?」
「……いや、かな」
えええええ!?
フェイとコンブちゃんに続いて、セカイまで弱気になってしまった。異世界勇者、恐ろしや。
仕方ない。
もともと俺が戦う予定だったんだ。
毒を回してくれただけで十分に仕事をしてくれている。
「お疲れさん、よくやってくれた。聖剣は俺が折るから、フェイたちと温泉でも楽しんでてくれ」
「ちっ。労いなどいらん。早くしろよ、人間。ワシは酒でも飲んでくる!」
首元を気にしながらセカイが立ち去っていく。
「ばばあは素直に喜べん生き物なんじゃ。人間もそうじゃろう」
「たしかに!」
実はあれで喜んでいたのか。内面が見えないのは、表情に皮をかぶっているから見たい。
さてさて、盤石な状態の俺が今から追撃するか?
それが出来たら一番いいのだが、何せバリア魔法は攻めに向いていない。
軍を差し向けてもいいが、ミライエの軍は未だ到着していない。
毒がどれほど回っているかは知らないが、向こうもしばらくは動けないだろう。
こちらも盤石の布陣を作り上げようか。
その名も、バリアの内側で戦う作戦。
エルフとの戦いでも使った作戦だが、これが強い。無敵かと思えるくらい強い。
自軍に被害が一切出ない恐ろしい戦法だ。俺は天才かもしれない。
恐ろしい戦法がとれるのに、無理することはない。
セカイが作ってくれた時間でしばらくは相手を探ってみようと思う。
まだ間接的に聞いた情報しか知り得ていない。
我が部下に任せて、より詳細な情報を探らせるとしよう。
「いるんだろ?アイラーク」
「はっ」
天井から飛び降りてき、魔族が俺の前に跪いた。
アザゼルが組織した偵察部隊に所属する者だ。諜報活動を担当してくれている部隊の中から出てきた逸材。
魔族で、名をアイラークと呼ぶ。
力も知識も劣っていてあまり活躍の場がなかった彼だが、諜報活動の世界に入るや否やその才能を発揮した。
才能を見出したアザゼルも流石だが、才能を活かしきった本人も流石である。
黒いマスクをつけて、長いコートと深めのフードを被っている。前髪も長く、片目しか見えていない。
最初の顔合わせで一度顔を見せて貰って以降、その顔を見たことがない。
顔を出すのが恥ずかしいらしく、存在感も薄いのが自分の特徴だと言っていたアイラークだが、その素質が今の仕事とマッチしているので恥じることじゃない。むしろ誇っていけ。
「敵の情報をできるだけ手に入れろ。期間は、異世界勇者が毒を取り除くまでの間だ」
「はっ」
影に溶け込むように消えて行ったアイラークが偵察に入る。
……あれ、なんの魔法なんだろう。
影に溶け込む魔法、めっちゃカッコイイ!!
今や国王となった俺が、ねえねえその魔法どうやって使うの!?なんて恥ずかしくて聞けない。あとでベルーガにでもこっそり聞いてみよう。彼女なら俺が尋ねたことを黙ってくれそう。
この地に入ってバタバタしていたので、数日は休んでおいた。
前線に出ずっぱりのギガにも休むように伝えたが、普段休んでいるのでこういうときくらいやらせてくれとのことだった。
それならいいか。
たしかに、軍の人間はこういう時にこそ働いて貰わねば。
偵察部隊もその一つだ。戦いの前が彼らの仕事。今は休みなく動いて貰っているが、戦いが始まれば彼らの仕事は終わりだ。そこからは、俺たちの本番となる。
数日経ち、オリバー率いる本軍が到着した。
早速バリアの内側に布陣して貰い、戦いの準備に入る。
そして、さらに数日経ち、アイラークが戻る。
「待っていたぞ」
「敵の全容を掴んでまいりました。それと少し興味深い話がございます」
流石だ、任せた仕事以上のものをこなしてくれるやつってのは、大抵有能と相場が決まっている。
敵の全軍は10万らしい。
……10万!?
こちらは援軍を含めても1万だぞ。どうなってんだ、毎度毎度。この兵力差は!!
我がミライエの正規軍が1000しかいないので、9000はウライ国とミナントからの援軍となっている。
イリアスからは物資の援助だけだ。
1000名でも、結構急いで増員したんだ。これ以上は質が落ちるので、1000名で妥協した。
ヘレナ国は10万か。質では絶対に負けていないが、単純な数を見ただけでもヘレナ国って圧倒的な大国だということがわかる。
それにしても10万か。重い数字だ。これはミライエだけでなく、あわよくばミナントとウライ国の領土も狙っていないだろうか?そう感じさせる程の数。
情報を共有してやれば、ミナント側の要人たちも大慌てで首都のパーレルに知らせを飛ばしていた。
あくまでミライエとヘレナの戦いだが、これだけの数となると用心に越したことはない。
「ヘレナ国ですが、今回の戦いに本気のようです。伝説の傭兵団『アトモス』を雇っています」
耳寄り情報はこれか。
大陸を流れるように移動する伝説の傭兵団。彼らが味方した軍は必ず勝つと言われるほど強力な組織だ。
1000名を抱える巨大傭兵団で、まともに戦えば我が軍でもかなりの被害が出るだろう。もちろんオリバーやカプレーゼ、最前線で戦うギガがいるうちが勝つはずだ。自信がある。しかし、強大な戦力だということも理解している。
居場所もアイラークが掴んでくれている。そして、なんと彼らを口説き落とせそうな情報もあった。使えそう材料なので、活用してみる。
夜、人々が寝静まった中、ベルーガとアイラークを伴ってグリフィンで空を飛んだ。目的地は、ヘレナ国側で野営しているアトモスの拠点。多くの天幕が並ぶ中、着地した。
警戒態勢のヘレナ国側に侵入できたのは、グリフィンの高速で静かな飛行がなせる技だ。
ひときわ大きな天幕に入っていき、警戒する彼らに向かってにこりと笑いかけた。
「だれだ。どうやってここまで!?」
傭兵団アトモスの警戒が緩い訳じゃない。悪いが、こちらのグリフィンが有能なんだ。探知魔法も簡単に潜り抜けるし、寝静まったここまでくればもうバレることもない。
ここの天幕内ではまだ作戦会議中らしく、幹部たちが起きて地図と睨めっこしている。
そこに首領であるアトモス本人もいる。
この傭兵団は一代で成った傭兵団だ。それを作り上げたのが、天幕の一番奥で静かに座る、逆立った紅い髪の男。
額に布当てを巻いて、動揺した様子もなく冷静にこちらを見ていた。
「勘違いでなければ、シールド・レイアレスでよろしいか?」
「正解」
アトモス本人からの呼びかけに、俺は正直に答えた。
彼の部下たちが驚いていたが、構わず話を続ける。
「単刀直入に言う。ミライエに来い。お前たちに永住の地を与えてやる」
「……あんたの首を刎ねてカラサリスに持って行った方が簡単だ」
「そう思うならやってみろ」
悪いが、国王自らがここに来たのには理由がある。俺は負けない。誰にも。……いや、たぶん。異世界勇者がいる今は少し自信が揺らいでいるけれど。バリア魔法がある限り、そこらの人には負けない。
「アトモスが我が軍に付こうが付くまいが、この戦いは勝つ。お前たちをスカウトするのは、戦いの先を見据えてだ」
「というと?」
「ミライエに無能はいらない。アトモスのことは俺も認めている。正規軍に加われ。お前たちにはそれだけの力がある」
「ずいぶんと上からものを言うんだな」
それは申し訳ない。
しかし、交渉材料があるので、俺はどこまでも強気だ。
「土地をやろう。お前たちアトモスはもはやただの傭兵団ではない。一個の完璧な組織であり、互いを家族のように思っているはずだ。未来永劫、安心して眠れる土地が必要になる」
美味い話だろう。流れの生活はいつまでも続かない。
人参をぶら下げてやったが、今ヘレナ国を裏切れば彼らは一生傭兵団としてやっていけなくなる。
リスクの大きい話だ。実際、俺が信用できるとも限らない。
「アトモス、お前の妹を呼べ。呪いから救ってやる」
「なぜ妹のことを?」
「いいから呼べ。治療の方法がなく、苦しんでいるんだ。治す手段のないお前に選ぶ権利はない。俺が治せると言っているんだから、今すぐ連れてこい」
沈黙が流れた。
しばらく黙っていたアトモスだったが、部下に命じて妹を連れてくるように伝える。
天幕の中では反発もあったが、アトモスはそれ以上何も言わずに黙っていた。
それでいい。俺の態度はよろしくないが、お前は今後俺に仕えることになる。俺はお前にあらゆるものを与えるが、お前は俺に忠誠だけを捧げればよい。信頼関係を今から築こうじゃないか。
しばらくすると、アトモスの妹が運ばれてきた。
今も熱にうなされて意識が朦朧としている。
右目を患っていた。
人間の世界は、回復魔法や薬で治せない病気を呪いと決めている。これもその一種だろう。
魔族やエルフの部下に頼ればこれも完全に治せそうな気がするけど、今は俺のバリア魔法で治療してやる。
呪いを囲むようにバリア魔法を張る。右目を完全にバリアが覆った。目の中にもバリア魔法を張る。俺のバリアは、呪いの進行をも止める。ここを通りたくば、バリア魔法を壊して行け!
これは何度かやったことがあるので、できると確信していた。
しかもバリアには癒しの効果も付加できるので、しばらく続く回復効果が彼女の右目を癒す。下手な回復効果より、俺のバリアの方がよっぽど回復する。
しばらく待っていると、妹ちゃんが目を覚ました。
見慣れない天幕。
辺りを見回して、アトモスを見つけて安堵する。
「お兄ちゃん、なんだか目が楽だよ。不思議、こんなに意識がはっきりしているのはいつ以来だろう」
「お前っ!?」
アトモスが妹に駆け寄り、その手を握る。
妹の言う通り、本当に久々の回復だったのだろう。感動に涙が流れていた。兄妹共に泣くので、こちらまで貰い泣きしそうである。
もう用事は済んだ。これでいいだろう。
「アトモス!これは貸しだ。わかるな?」
簡単に返事はできないだろう。しかし、俺はさらに譲歩する。
この戦いはやはり俺と異世界勇者ひじりの戦いだと思っている。
アトモスに頼るつもりはない。
「この戦いは好きにしろ。裏切る必要もない。ただし、戦いが終われば俺の元に来い。その目、今は呪いを止めている状態だが、もしかしたら完治の道もあるかもしれない。ミライエは、お前たちが思っている以上にいい国だ」
それ以上話すことはなく、背中を向けて歩き出した。天幕から出て、ベルーガたちと共にグリフィンに跨る。
十分すぎる程のサービスだろう。これで釣れなかったら仕方ない。
空を飛んで帰る際にベルーガが興奮気味に話しかけてきた。
「くぅー、今日のシールド様格好良すぎます!しびれました」
「自分も、格好良かったです」
アイラークも褒めてくれる。
「そ、そう?」
少し気の抜けた俺が照れる。
かっかかかか、今日の俺カッコよかったよな?やっふー。また格好いいって言われるためにも、異世界勇者との戦いも負けられないな!




