9話 いろいろ判明。バリア魔法は思っていたより凄い
なんてことない日々を過ごしていたつもりが、例のバリアを張った二日後に血相を変えた辺境伯に呼び出された。
娘さんの家庭教師はさぼらずにやっているのに、何事かと思っていると、街に張ったバリアの件についてだった。
「娘からお聞きしました。あなたがあの伝説の聖なるバリアを張ったシールド様だったのですね!?」
クウラ・アルバート辺境伯にも、出会った日に当然名乗っているので、何を今さらって感じだった。
最初から宮廷魔法師だと言っているし、シールド・レイアレスだと名乗っていた。
だれも反応しないから、ああ所詮国の宮廷魔法師といっても、他国へ渡れば認知度はこのくらいなのかとがっかりしていた時があったほどだ。
「そうですけど。なにか……」
「なぜあなた様がこんなところに!?あなたがいると、下手したら近隣国とのバランスが崩れてしまいます。一人で国の防御壁が構築できる人間を、なぜヘレナ国は手放したのですか!?」
俺に言われても……。
もう忘れようとしていたことだけど、身に覚えのない罪を背負わされ、婚約者にも捨てられた。なぜあんな仕打ちをされたかは知らないが、俺が不必要になったのだろうと思われる。
「たぶんだが、俺がいらなくなったらしい。バリアを張るだけ張って、政治に口出しする俺が邪魔になったのだろう。何か大きな秘策があるんじゃないかな?」
バリアはいずれ壊れる。
その日がくるのはそう遠くないはずだ。
きっと何かあるに違いない。
「あるはずがありません!あのバリアがあるから、近年ヘレナ国は隣国に対して強く出てこれたのです。他国では皆口を揃えてバリアを張った英雄、シールド・レイアレスを罵っていましたよ。大陸の趨勢は、あのバリアによって決まってしまったと述べた軍略家がどれほどいたか!!」
あ、あれ?
なんか俺、責められてる?
「しかしなぁ。俺、国じゃそんなに英雄扱いされなかったぞ。宮廷魔法師にさせて貰ったくらいか。たまに感謝されることはあれど、バリアはあって当然みたいな扱いを受けていたし」
「馬鹿な!?大国ヘレナはそこまで鈍くなっていたというのか!?」
俺はバリアに絶対の自信があったが、まさか他国でこんなに評価されていたとは。
しかし、実感がわかないな。
適当に国にバリアを張ったら、なんかすげーことになるかもと思って始めたことだ。
当時はまだ給料の低い下っ端魔法師だったから考えなしに行った。
バリアを張ったら国の外交がとんとん拍子でうまくいくようになり、俺に宮廷魔法師にならないかという推薦状が届いた。
それでも結構反対する声もあったと聞いている。
無事になれてラッキーと思っていたが、こうして外の声を聞く限り、やはり俺はもう少し給料を貰っても良かったのではないかと思う!!
パリピとして楽しませて貰ったけど、扱いはそれほど良くなかったので今さらだが心の中で愚痴っておく。給料を上げろ!
「只今、国の中央にかけあっております。あなた様がここにいること、私の一存でどうにかできるはずもありません」
政治関係はもうこりごりだ。
自由に高収入が欲しいだけなのに、また変なことに巻き込まれようとしている。
「まさか、俺、家庭教師クビですか?」
「家庭教師なんかをしている場合ではないのです。あなたは大陸の力関係を左右するほどの魔法の使い手。……家庭教師としては置いておけません」
「くっ!」
とうとう、クビ宣言だ。
頑張ったのに、俺頑張ったのに!
「ほーら言わんこっちゃない。あんな広範囲魔法を使えば政治に巻き込まれるなんて目に見えとるわ」
ジトっとフェイのやつを睨みつけておいた。
こいつのせいとは言わないが、派手に暴れるから街に被害が出かけたんだ。
これから給料を貰って夜遊びをする予定の街を壊されてたまるか。
あの場でバリアを張った行動は正解だったと思っている。こんなことになるとは思っていなかったが、街が壊れるよりかはいいだろう。
「お前がもう少しスマートにニーズヘッグを倒していれば、こんなことにはならなかったんだぞ」
「無茶を言うな。我の後を継いだドラゴンじゃぞ。油断したらこちらがやられるわい」
「今なんと!?」
辺境伯がまた一段と目を見開いて、俺たちを見てきた。
何か、変なことをいいましたか?
「ニーズヘッグとバハムートが出たと聞いていましたが、神々の戦いにお二人が出くわしたのですか?」
神々?
なんのことだ。それは本当に知らない。
「こいつはバハムートだ。今は人の姿になっているが、ほら、黄金の翼は隠しきれていないんだ。先日人の街を襲おうとしてたニーズヘッグを撃退して、この街を守ってくれている」
恩着せがましい言い方だが、何か貰えたらラッキー的な感じで言っているので、確信犯である。
「あっあなた方は一体なんの話をしているんだ」
フェイのやつがバハムートだというのはなかなか信じて貰えなかった。
ドラゴンについて、人はあまりにも無知だからな。
信じられないのも無理はない。
アメリアからもこの話が事実だと説明されると、辺境伯はいよいよ納得してくれたみたいだ。
「ああっ、なんということを。娘に家庭教師を迎え入れたつもりが、神と国の英雄を迎えていたとは……」
顔色が悪くなっていき、腹痛を起こしていた。腹を抑え、少しうつむく。
辺境伯は人が良さそうだからな。
大きなことを抱えるとストレスでやられちゃうタイプなのだろう。
このウライ国では、ドラゴンのことを神として扱っているらしい。
それは畏怖の念もあるが、単純に人がドラゴンの森に近づかないようにという教えもあるそうだ。
数百年前に人とドラゴンの戦場の地になったのはウライ国の土地なので、ここでは他国よりもドラゴンを神聖視しているのだとか。
「私の手にはもう抱えきれません。国の役人が来るまでどうかお待ちください。きっと悪いようにはならないはずです。この国で、あなた様の居場所を提供出来たら、我々の味方になってくれるのでしょうか?」
返事はしないでおいた。
飯を食わせてくれた恩はある。
辺境伯の言い方からすると、ウライ国で俺は破格の待遇を得られるかもしれない。
しかし、中央の人間はどう思うだろうか。
辺境伯ほど人の良い人間ではないだろう。
自分の利益を優先する人間たちだったら、俺が協力をすることはない。
結局利用されて、また捨てられる未来が見えるからだ。
何か良い生き方はないか。
俺が自由に生きられる方法は。
辺境伯との会談が終り、俺たちに今夜出された晩餐は、昨日までのものとはまるで違っていた。
もともと良く食べる客だと思われていたが、二人とも国に影響を与えそうな人物だと判明したからだろう。
辺境伯が食材も、コックもより良い人材を集めてきて、盛大にもてなしてくれた。
テーブルを埋め尽くさんばかりの御馳走。
こんなに食べられるわけ……。
「うまそうじゃのう~」
いや、フェイなら簡単に食べられてしまうか。
辺境伯も今夜は一緒に食事を摂ることとなった。
気遣ってくれてのものらしいが、全力で食べたい俺たちとしては逆に気まずい。
そして、アメリアから熱い視線も飛んでくる。
俺に憧れていたみたいだからな。正体が分かった今、態度が変わるのも仕方ない。
それに尊敬されるのは悪い気分ではないからね、いい夜だ。
けれど、おいおい。
なにか、あの視線には違う意味合いを感じるんだが?
まさか、まさかだよね?
「あの娘、お主と交わりたがっているような表情じゃの」
ストレート!!
めっちゃストレートに言うじゃん!!
「全く、面倒なことに巻き込まれる男じゃのう。けど、予想通り面白い。お主と旅をすると、面白いことに出会えると予感していたからな。人間どもの中枢に近づける機会などなかなかないからのぉ」
……なんか、こいつのやばい思惑みたいなのが垣間見えた気がした。
今更だが、ドラゴンと旅をしていていいのだろうかという気になってくる。
「まっ、それも面倒になったら、一緒に逃げてやるわい。どこか人と関わらぬ場所に逃げて旅をするのも悪くない」
黒い野望はないのかもしれない。
どちらがフェイの真実の目的かはわからない。
けれど、今は一緒にいて楽しいからいいとしよう。