89話 バリア魔法による二次被害!
びっくり人間ショーは続く。
セカイが本当に人間なら驚きだが、彼女の真の正体はドラゴンであり、体のつくりは当然人間のそれとは違う。
まがまがしい紫色の剣を取り出して、ひじりの手にするクラフト魔法出造られた毒の槍に対抗する。
「うえっ、どこから取り出してんのよ……」
「ワシは100の臓器を持つ。その全てにものを収納している。まだまだ出せるからお披露目したいのだが、もしや見られたら全てマネされるのか?」
真似るという単語にひじりは同意しなかった。
しかし、真似るという表現は決して遠くない。
想像できるものは創造できる。
この言葉は嘘偽りなく真実である。
逆を言えば、ひじりが想像できないものや、あやふやな存在は創造できない。
最強かと思われるこの力も、本人がうまく想像できないのでは作りようもないというわけだ。
伝説上の武器もいろいろ学んだが、書物からではいまいち実際の姿が想像できず、ひじりはこの力を持て余している。
そして、3か月前に見つけた解決の糸口が、相手の武器や能力を真似るというやり方である。
相手が使用し、目の前にあれば想像もしやすい。それと同時に、創造も容易くできた。
今もっとも現実的な使い方として、相手の武器をそのままコピーするというのがひじりのやり方だ。
異世界勇者として圧倒的なスペックに恵まれているので、同じものを作り出すというのはそれだけで脅威となる。
武器が同じなら、本人のスペックで差をつけるしかない。異世界勇者以上のスペックを持つ存在なんていやしない。それはすなわちひじりの勝ちを意味する。
「恐ろしい力だ。中途半端に出せば、こちらがその力でやられかねない。最初の忠告通り、必殺の一手を確実に当てる他ないか」
「覚えてくれていてありがとう。そしてさようなら」
『毒魔法――黒死』
先ほど同じ魔法が使われる。
ただし、今度はひじりが使った。武器だけでなく、魔法までも創造できる。
黒い毒の霧がセカイの周りに生じて、魔族でも簡単に殺してしまう威力の毒霧を充満させた。
「こういうことか。中途半端な力は逆にそなたを強化する可能性がある。しかし、ワシに毒は効かんって」
毒のドラゴンとして数千年を生きたセカイには、どれほど強力な毒魔法をも無力化させてしまう。
「それは嘘ね」
黒い毒が効いていないのはわかる。
しかし、それでは説明のつかないことがあった。
毒の槍を使って、ひじりがセカイを責め立てる。
武器の扱いはセカイも得意としており、毒の剣でそれらを全て捌いた。二人の激しい戦いが繰り広げられる。
しかし、単純な膂力がおかしい。
スピードも桁外れだ。次第に追い込まれるセカイ。
「お主、人間か?」
「人間よ。見てわかるでしょっ」
槍こそ届かないが、空いたわき腹にミドルキックをお見舞いする。
吹き飛んでいくセカイが自陣営のものであるはずのバリア魔法に衝突した。
これまでぶつかった何よりも硬い気がした。
「がはっ。……蹴りよりバリアにぶつかった衝撃の方がきついんだが?」
ダメージも抜けきらないまま、何かが飛んでくるのを感じる。
セカイも簡単に“それ”を、首を逸らすだけでかわして見せた。毒の槍が投げつけられていた。
先ほどひじりも同じ動きでかわしたが、二人ともいい動きである。
バリア魔法と当たった槍が砕けて、地面に落ちる。
それはバリア魔法の硬さも意味しているが、あんなに砕けさせるには何より投げる力が必要だ。
人間とは思えない力に、セカイは多少恐れつつ、戦いが楽しくなってきたのも感じる。
「あんたは嘘をついている」
「んあ?」
「毒が効かないなら、なぜ槍をよける必要があるの?」
「滅茶苦茶痛いからに決まってんだろ。頭おかしいのか、人間」
セカイのもっともな意見に、ひじりが赤面する。
戦いの最中に恥を感じたり、新しいことを試したりと、ひじりの戦闘にはまだまだ未熟なものがある。
勝手に飛び出し、勝手に戦い始めたひじりを制御できなかった騎士団長カラサリスも、地上からもどかしくその様子を見ていた。
早く仕留めろ、その一心で見守るが、ひじりもどこか戦闘を楽しんでいるのがわかる。似た者同士だった。
これほどの強敵との実戦は初めて。
ひじりも自分がどれほど強いのか、どれほどやれるのかを少し楽しんでいる面がある。
熟練者からしたらそれが甘いのだが、圧倒的な力故にここまで傷一つ受けていない。
最強のドラゴンに並ぶ存在が、ひじりに傷一つ付けられていない。これは恐ろしい事実だった。
そして、まだひじりのターンでもある。
「創り出すのは、何も一つじゃない。強いものほど、よくできたものほど作るのも難しいけど、一体私の限界はどこにあるのか、私にもわからない」
ひじりの後方に無数の魔法陣が浮かび上がり、そこから次々に毒の槍が出てくる。
10を超え、50を超え、100を超えだした頃からセカイは数えるのをやめた。
「バカげた力だ」
全力でやらないと、本当に死んでしまう。
そんな圧倒的な力を見せつけられる。伝説と戦っている、その実感を再度もって、セカイは今日一番の集中力を見せる。
「まだまだ作れるけど、これでかわせないでしょ?あなたの槍がどのくらい強いか試してあげる」
槍が一斉にセカイに向かって飛んでくる。
上も下も、右も左も、躱しきれない。後ろに下がろうにも……バリアが。
「このバリア、邪魔だ!!」
受けるしかないと覚悟が決まり、セカイはとっておきを取り出す。もちろん口の中か。
マネされるだろうが、関係ない。
もうこれ以上、手加減をしている余裕はなかった。
大量の槍がセカイに飛んでいき、その大半がバリア魔法とぶつかり、砕けていく。
砕けた槍の破片が煙を巻き上げ、中の様子を隠した。
少しじれったく思ったひじりが、片手を横に薙ぎ払っただけで暴風が起こる。煙を吹き飛ばし、視界をクリアにした。
そこで2点、驚くことがあった。
躱しきれないはずだった攻撃なのに、そこにセカイがいない。そしてもう一つ。一見するとただのバリア魔法に見える巨大なバリアが、無傷だったことだ。
あの槍は間違いなくやばい代物だった。それをあれだけの物量をぶつけたのにもかかわらず、まったくの無傷。
これはバリア魔法なのか?と少し疑った。
「意識が反れているな」
いつのまにか背後に回っていたセカイが、攻撃が当たる範囲まで接近している。
やはりひじりがバリア魔法に気を取られていたからだろう。
しかし、今からでもギリギリ対応はできる。
背後から迫るセカイの攻撃を、何とか躱す。驚異の反射神経だった。致命打にできなかったのを悔しがり、セカイは舌打ちする。
しかし、わずかだが鋭い爪がひじりの肩を霞めた。
その防御力を突破して、血を流させる。
「ふう、ギリギリあたったか。やはり最後に頼るべきは、己の爪と牙よのぉ」
大した傷には見えない。
しかし、かなり痛む。
ひじりが傷口を見ると、患部から紫色になっていくのが見えた。
毒に侵されている。
回復が必要だが、そんな隙は与えてくれそうにもない。
「体内の武器を全て掃き出し、槍とぶつけた。煙の中で息をひそめ、風に流される煙と共に流れた。一瞬そなたが考え込んだ隙に地面へと降り立ち、背後を取った。どうだ?なかなかにうまいもんじゃろ」
解説したら単純な動きだが、それを成し遂げられるのはセカイの身体能力と経験があるからこそ。
「どうだ?今回の毒は良く効くであろう。忠告通り、全力で行かせて貰った。ワシの体内で熟成させた極上の毒じゃ。これが効かんと言われたら困っていたが、流石に痛そうではないか」
実際、信じられない程の痛みが襲っている。
張れて熱を持っているのも感じる。
ドラゴンの爪は、武器なんかとは切れ味から違っていた。
少し油断した自分を責めるものの、まだ戦える体力はある。少し急ぐ必要が出ただけだ。
毒を抜かなければ、やばいかもしれない。
ひじりの目の色がいよいよ変わった。
「本気を出してくれてありがとう。シールド・レイアレスを斬るまで温存しておくつもりだったけれど、使わせて貰う」
ひじりが丁寧な仕草で空をなぞると、そこに黄金の剣が現れた。
簡単に現れたので、見守っていた人たちは一瞬、セカイの武器程度のものと勘違いした人もいた。といっても、セカイの武器も相当やばいものではある。
しかし、気づいたものは気づいた。
セカイもその一人。
「これが……聖剣の魔法か」
「ええ、そして終わりにしてあげる」
剣が届かない距離から、ひじりが剣を振る。
「は?」
セカイの視界がずれた。
斜めにずれて、頭が勢いよく落ちていく。
まだ宙に残っている自分の体を見た時、セカイは自分が首を斬られたのを理解した。
首に続いて、体も地面に落ちていく。
一瞬の決着だった。あまりの威力に、もはや近づく必要性すらない。セカイの首の断面は、これまでのどんな傷よりも綺麗に斬られていた。
「ぐっ!?」
セカイが倒れたのを見て、ひじりは少し安堵する。
しかし、ドラゴン相手にはただで済まなかった。
毒が回ってきて、激痛で喜んでいられない。
相手は最強レベルのドラゴン。初めから全力でやらなければならない相手だった。
「治療を……」
セカイが本当に死んだのかはわからない。しかし、追撃している余裕もない。
急いで自陣で毒を抜かなければ、ひじりとてただでは済みそうになかった。
ダメージを相手に気取られないように、顔色を崩さずに引き返した。
「待て!!なんで帰る!!うんこは我慢するから、一騎討ちしよう!!」
おそらくシールド・レイアレス本人と思われる人物が、バリア魔法の向こうから叫んでくる。
小さくわずかに見えるその面影は、事前に得ていた通りの姿だった。
「うっさい!死ね!」
「なんで!?」
暴言を吐き捨てて、ひじりは退散した。
一方、敗者と思われたセカイは、まだ息がある。
地に落ちたセカイが自らの首を拾って、体にくっつける。
「いててて」
致命傷かと思われたが、ドラゴンはこの程度では死なない。ましてや、ヨルムンガンドであるセカイなら特に。
「聖剣め。聖剣のせいで首元が焼けるように痛いわ……。さて、追撃するべきか、一旦引き上げるべきか……悩ましい」
異世界勇者との戦いで、有利を取ったのは、意外にもセカイだった。




