88話 バリア魔法との一騎討ちか!?
セカイが身を乗り出して、何かを嗅いでいた。
「匂う、匂うぞ。向こうの拠点に凄いのがいる。間違いなく異世界勇者だ」
城塞都市の温泉をひとしきり楽しんで城に入った後、セカイはずっと高ぶっていた。
クンクンと嗅ぐ様子は、蛇というより犬っころだな。
フェイとコンブちゃんは引き続き城塞都市巡りをしている。
二人にはこういう要所となる土地は珍しいみたいで、観光を続けていた。
「いずれ攻め入るかもしれん。弱点を見つけておかねば、と言っていたぞ」
あいつ!?
セカイからフェイがここを攻略するというリーク情報を受けている。
あいつめ、危ない戦闘の思考ばかりしやがって。
その癖、異世界勇者との戦いは逃げ出すんだから。調子のいいやつだよ。
「なあシールド。もうやっちゃっても良いよな?」
「なにを?」
「もちろん戦いだよ」
うーん、どうだろう。
セカイにひと暴れして貰うのがいいのか、それとも肝心なところで切り札として使うのがいいのか。
そもそもこいつを制御できる気もしないのだが……。となると、自由に暴れて貰う方がいいのか。フェイやコンブちゃんと並ぶほどのドラゴンだ。
ただ暴れて貰った方が、こちらとしては利が大きいかもしれない。
そんなことをみみっちく考えていた時、バリアの向こうから一人浮遊してくる人間に気づいた。
空高く浮かび上がり、気づいた人たちの注目を集め始める。
バリア越しに声を張って、その女性が言葉を発した。
「シールド・レイアレス!!私は異世界勇者、鞍馬ひじり!!」
こちら陣営だけでなく、相手陣営も何が起きたのかとわらわらと国境付近に顔を出し始めた。
なんだなんだ?と集まるやじ馬たちで、一気に騒がしくなる。
「あなたと私で一騎打ちをしましょう。そうすれば、多くの被害が出なくて済みます。これは警告です!戦えば、あなた方は多くの死者を出します!!」
へぇー、あれが異世界勇者。
黒髪の爽やかそうなショートカットで、この世界では見慣れない黒縁メガネをつけている。
本当に異世界からやってきたんだな。
相手をも気遣うその優しい性格は、どこかこの世界の住人とは違う価値観を持っていそうだ。
一騎打ちね。それはこちらも望むところだ。
ここで異世界勇者を討ち取れば、自軍に被害が出なくなる。戦費も浮いて、それだけで大儲けだ。
俺としてはこんな下らない戦いなんて早く終わらせたい。その気持ちしかないからな。
「俺がシールド・レイアレスだ!!
相手に届くように大声で伝えた。
遠いが、城のテラスから見上げる俺と視線が合う。
誘いには乗る。乗るが……。
「ちょっと待ってろ!先にうんこさせてくれ!!」
大事な用事がある。
「……え!?……コロス。私がこれだけ譲歩してあげているというのに、からかうというのならば、もう容赦はしない。シールド・レイアレス。世界を混沌に陥れる者として、あなたを殺す!!」
なんで!?
俺、話受けたじゃん!!
うんこしたら行くって言ったじゃん!
なんか怒ってるけど!!
いきなり来いって言われて行けるほうが稀じゃないか?
うんこしたら行くんだから、そのくらい待って欲しいけど!
異世界ってのは、そんなに時間にシビアなのだろうか。そんな世界、俺は嫌だ。もっと気楽で自由な世界がいい。
「ちょっと待って!あんまりにも自分勝手だぞ!さてはお前、我がままだな!?」
「……うっ!?……コロス!!シールド・レイアレス、コロス!!」
まずい!
言い返すべきじゃなかった。
あの鞍馬ひじりとかいう女、我がままって単語に凄く反応してきた。
絶対に心当たりがあるからだ。我がまま女に我がままって言っちゃダメなんだぞ!俺、何やってんだ。
「くくくっ」
我がままお嬢様のご機嫌を損なってしまった俺は、少し凹んでいたのだが、隣で構うことなく笑うやつがいた。
上機嫌?いいや、その笑い顔は不気味そのものだった。
「あれが異世界勇者か。匂う、匂うぞ。あれは強い。……久々だな、死ぬかもしれんと感じる程の強者と出会うのは」
「おい、セカイ。まさか……」
少しかがんで、軽くジャンプする要領で空高く舞い上がった。
どんな跳躍力だ。
踏みしめられた地面はひび割れて、軽く足跡が残っていた。
宙に浮かんでいるひじりと同じ高さまで飛んでいき、そこで止まった。
ふたりとも浮遊の魔法が使えるみたいだ。……羨ましくないもん!俺にはフェニックスがいるし!
「異世界勇者、300年の時を超えて、ようやく出会えたな」
「は?何訳わかんないこと言ってんの?」
それはそう。
セカイからしたら300年前の異世界勇者と戦えなかったことを嘆いているのだが、人間の感覚からはそれが理解できない。
300年前なんて歴史そのものだ。同じ生物としてカウントされても困る。
ただ同じ枠にいるだけで、ひじりと300年前の異世界勇者は別物だ。
しかし、セカイからしたらどうでもいいことだというのも少しわかる。
同じ程度の力を持ってさえすればいいのだ。強者と戦いたい。セカイにあるのはそれだけ。
口を大きく開けて、セカイがそこから槍を取り出す。
俺と戦ったときは剣だったが、今回は紫色の刃を付けた槍だった。
……曲芸師かな?
「曲芸師なの?」
やだ、同じこと思っちゃった!
「違うが、これだけは言っておこう。わしは強い」
フシューと空気が漏れる音がし始める。
セカイの髪の毛の毛先から紫色のガスが出てきて、あたりに充満する。異世界勇者も取り込まれた。
「そんなもので私にダメージが入ると思わない方がいい。あなたが強いのはわかる。……たぶん人間じゃないのもね。それでも私の方が強い。必殺技の一手を確実に当てない限り、私は倒せない」
「くくくっ、そうやって強がってきた生物たちを殺し続けて3000年が経った。お前もその一匹となれ」
いよいよ戦いが始まる。
うんこに行ってる場合じゃない。
仕掛けたのは、セカイ。相手の出方を待つとかいう気だるいことはしないらしい。
「毒魔法――黒死」
充満していた紫の煙が黒く染まる。
何か性質変化を起こしたらしい。
先ほどまでまるで気にしていなかったひじりだが、今度は少し反応した。
自らの手を見て、少し警戒する。
「うーん、少ししびれる程度か?」
「ええ、指先の感覚が鈍いわね。こういうのは怖いから、早々に殺してあげる」
「軽く吸い込んだだけで、魔族100人は殺せる毒なんだがな……」
やばいものを出しているな。
俺と戦った時は、本気の殺意があったわけではないらしい。
それを、指先がしびれる程度のダメージで済ます異世界勇者も、やはり異常だ。
槍を華麗に振り回して、その切っ先を相手に向けて、セカイが突進する。
顔を狙った一撃だったが、首の動きだけでひじりはそれを躱した。
「なぜ、聖剣の魔法を使わない」
「聖剣の魔法を使うほどの相手じゃないから」
「舐めてると痛い目にあうぞ。力を発揮できず死にました、ではわしが一生後悔する」
「そんなことにはならないから安心して」
鋼鉄の槍を掴んで簡単に折ると、前蹴りでセカイを突き放す。
特訓していたのは知っているが、かなり鍛錬されている。動きがスムーズだ。
槍を折る膂力と、あの戦闘センス。傍から見てるだけでも、恐ろしさを実感できる。
「脆い武器だけど、仕掛けはありそうね」
折った槍を放り投げる。
地面に落ちていく槍は、木々を枯らせて、地面に突き立った。
土にも異常が起きているのが遠目からでも分かった。狼煙のように紫色の煙も上がっている。
「想像できるものは創造できる」
「ん?」
「私のオリジナル魔法を見せてあげる。これが私のオリジナル魔法。クラフト魔法――毒蛇の槍」
「なっ!?」
ひじりの手には、先ほど折られたばかりのセカイの槍があった。
「あなたの毒を、そのまま返してあげる」
「……そのくらいできてもおかしくはないか。ところで、その槍あんまり強くないぞ」
「そんなわけないでしょ!」
華麗なる槍さばきで、今度はひじりが攻勢に出た。
セカイのあの顔のあせりようは……あの槍絶対強いだろ!!
刃先にあたりでもしたら、相当まずいはずだ。




