86話 バリア魔法は担保になりますか?
「利子は10日で1割、もしくはサマルトリアの余った土地を全て3割引きで買わせなさい」
コーンウェル商会の悪徳姉妹が無茶な要求をしてくる。
強力な助っ人であるドラゴンのセカイを仲間にした。
軍も支度がほとんど済んでいる。
しかし、何をするにしても世の中お金が必要になる。
貯えはあるし、通常通りの国家の運営ならお金が貯まるほどの税収もある。
国民の負担も少なく、非常に住みやすい国が出来ているだろう。国民が増え続けているのは、この国が良い国だという証拠である。いい国を作れて誇らしい。
しかし、こうも頻繁に侵略を受けるとは思わないじゃないか!
ただのいざこざくらいなら想定していた。
実際は隣国とのいざこざはないどころか、ウライ国とミナントとは非常に有効的な関係を構築できている。
サマルトリアの街は、ウライ国にもミナントにも利益をもたらす存在となりつつあり、ミライエの存在は次第になくてはならないレベルの立場になっている。
大陸に、ミライエという国が根付き始めてきていた。
それなのに、エルフからの侵略をうけたと思ったら、エルフ米が実った時期に今度は大陸の覇者であるヘレナ国からの宣戦布告だ。
こんな大きな戦いが連続すると、流石に豊かなミライエでも財政状況がきつい。
戦費は本当に、びっくりするくらいお金が飛んでしまう。
それは前回の戦いで経験済みだし、今回はあれよりも規模がでかくなる。予算は多く欲しいところだ。
まるでうちの財政状況を完璧につかんでいるかのように、ベストなタイミングでコーンウェル商会の悪徳姉妹が新しい城へと訪問してきた。
我が物顔で城をほっつき歩いて来たらしいが、金があるとやはり強い。金は権力だ。
ぐぬぬぬ、こちらも強く言えない。
商人から無理やり金を巻き上げれば、そういう領主だと認識される。
国民の税金を上げれば、俺の理想とする国ではなくなる。
急ぎ金を手に入れるには……。やはり目の前のソファに偉そうに座った悪徳姉妹の要求を飲むしかないのか?
「無茶を言うな。どちらもきつすぎる」
ゼロとイチの要求を拒否する。
10日で1割!?どこのヤクザもんだ。
それにサマルトリアの街の土地は既にほとんど買い手が付いている。
今更それを反故にして、コーンウェル商会に売りつける訳にはいかない。
交易所を利用して利益を上げているのは我が国だけではない。
商人たちも交易所と交易路を活かして、潤っている。
特にコーンウェル商会は既にこの地でも覇権を握りつつあるようで、やはりこの悪徳姉妹の才覚は本物だということをまざまざと見せつけている。なんなら、この国で一番金を持っているのは、国王の俺ではなく、この姉妹の可能性すらある。
今後開拓に回している資金を貯めることができれば、流石に俺の方が金を持つだろうが、現状は……。
「無茶ねぇ。仕方ない」
仕方ない?
少し悩んだ様子を見せた後、今度は姉妹でこっそりと相談を始める。
「この国が倒れたら困るし、コーンウェル商会も多少は譲歩してもいいわよ」
譲歩。なんか、既にストーリーが出来上がっていそうだな。
このストーリーを描いているのは、間違いなく目の前のゼロイチ姉妹だ。
無茶な要求も、さっきの相談も、既にあらかじめ決まっていたりして……。
この姉妹なら普通にありそうだから、警戒して話聞くことにした。
このままだったら、無茶な要求の後に、少し無茶な要求を簡単に飲み込んでしまいそうだ。要警戒だな。
戦争には勝ちました。お金もなんとか足りました。
しかし、コーンウェル商会には支払えない程の借金を背負わされましたでは話にならない。
最悪この姉妹の首を刎ねるという最終手段があるが、それは本当に最終だ。にっこり。
しかも絶妙なバランス感覚があるこの姉妹が、俺を苦しめるような取引をするとは思えない。
一番怖いのが、ぬるま湯だ。
気づかないまま飼い殺しにされるのが恐ろしい。
「どうせ今度の戦いもあんたが勝つんでしょ?」
国王となった俺にこんなに気安く話しかけるのも、今やこの姉妹とドラゴンたちだけになったな。少し寂しく思うが、それだけ立場を得たというわけだ。
「さて。こればかりはやってみないとわからない」
相手は異世界勇者だ。その力を正確に推し量れる人は、どこにもいないだろう。
「たぶん勝つわよ。だから、コーンウェル商会は今回もあなたにベットしてあげる。お金はたんまり貸すわ。利子もいらない。その代わり……」
大事なところはなかなか言わないな。
こちらとしては、最後のとこだけ聞きたいのだが、お金を借りる立場なので急かさずゆっくりと要求を待った。
「少ーしだけ、本当に少ーーしだけヘレナ国の土地が欲しいなーなんて」
「は?」
小柄な姉が上目遣いを使って俺のことを見つめてくる。
頬を染めている辺り、かなりの役者だ!
スタイルが良くて身長も高い妹は無表情でこちらを眺めるだけ。
演技派の姉と、いつも冷静な妹。
美人だが、二人の腹黒さは知っているのでお色気にはやられない。
「戦争に勝ったら、ヘレナ国の土地を要求しましょう。勝ち取った土地を少しでいいから分けて欲しいの。なんなら買わせて貰うわ!それで利子なしでお金を貸してあげるから!」
俺の勝ちを信じて疑わないような発言をしているが、どうせ俺が負けたらコーンウェル商会はしっぽを巻いて逃げる腹積もりだろう。
規模を縮小しても他所の土地でうまくやっていけそうな姉妹だ。
エルフとの戦いに勝利した暁には、エルフ島を丸々ゲットできた。それほどではないにしろ、今回も土地をゲットできると!?
少なくともこの姉妹はそう思っているみたいだ。
ヘレナ国に拠点を持ちたいんだろうな。大陸の西に拠点を持てたら、いろいろ出来そうだもんな。
ふむふむ。
悪い話じゃない。
むしろ、かなり好都合。
戦争に勝っても、土地が入るとは限らない。
場合によっては、何もいらないから和平だけを結びたいという状況になる可能性もだってある。
そうなったら、利子なくお金を貸して貰えただけだ。
返済期限は決められるだろうけど、ギリギリまで返す気はない!
ギリギリまで、そのお金はミライエの為に有効活用させて貰います。
くくくっ、それに土地を勝ち取ったとて、この話は旨みがある。
勝ち取った土地は買い取って貰える。適正な価格で売るつもりだが、肝心なのはそこではない。
この数字にうるさそうな姉妹が、曖昧な表現を使ってきたのを俺は忘れない。
“少し”だけ売って欲しいとのご要望だ。
あーははははっ、曖昧な表現をした自分たちを恨むんだな!
俺の少しと姉妹の少しはだいぶ違います!これ大事。
せいぜい俺が手に入れた土地の、ほんのひとつまみ位を適正価格で売ってあげるとしよう。
決まりだな。
「よし、それで契約しよう」
「あら、無能領主様も、国王になられた今じゃ少しは賢くなったみたいね」
国王になっても失礼な態度を取り続けるこの腹黒姉妹には、いつか痛い目を見せてやろう。おそらくその日はそう遠くない。
「書類にまとめます」
クールな妹が借用書を作成する。
そこにはヘレナ国との戦争が終わるまで無制限にお金を貸すこと、返済期限は戦争が終わって2年以内、その他重要事項が書かれていた。
そして、その中にしっかりと勝ち得た土地を少し売り渡すことも書かれていた。
俺の名前を記して、正式な契約とする。
「国王シールド・レイアレス様。今回は良い商売をありがとうございます。また、よろしく~」
ご機嫌にゼロが両手で俺の手を握りしめて握手してくる。
いつも計算高いこいつが、こんなに純粋な笑みを浮かべるだなんて。何か怪しい……。匂うぞ!
「今回の契約、商人仲間にも自慢するわ。国に貢献するなんて、商会の誉だもの」
「そうか。コーンウェル商会は利益を求めるだけでなく、一流のブランドとしてその名をはせようという訳か」
意外と志が貴い。
信頼を得られるという意味では、結構お得な契約なのか?
国に金を貸すほどの商会!国を救った由緒正しき商会!
いくらでもかっこいいキャッチコピーを作れそうだ。
「ほーほほほっ、それに国王様から少しばかり土地を分けて貰えるんです。少しっていうのは、我々庶民とはさぞ規模が違うんでしょうね」
げっ。なんか、嫌な予感。
「商売仲間の皆さんに、国王様の“少し”がどの程度だったか、きっちりとお教えするわ」
きたなっ!
この姉妹、汚いぞ!
前回もだったけど、今回もやり方が汚すぎる!
ああ!そんなことを言われたら、ケチケチなんてできないじゃないか。
シールド・レイアレスは戦費のお金を貸したコーンウェル商会にあれだけの土地しか譲渡しなかったの!?みたいな話になりそう……。
あくどい。この姉妹、腹の底から真っ黒です!
今回もまたしてもやれてしまった。
ひらひらと借用書を揺らして、ゼロが満足げにそれを妹のイチに手渡す。
イチがケースに姉妹、借用書はしっかりと保管された。
「チュッ。じゃあね。またお金にこまったらいつでも~。今後ともコーウェル商会を御贔屓に~」
投げキッスをしてきて、ゼロとイチは立ち去っていく。去り際に妹のイチの無表情な投げキッスも貰えた。……あれはあれで悪くないな。むしろ新鮮だった。
アザゼルの隣を通り過ぎる姉妹は、今日も悪意センサーには引っかかっていない。
毎度毎度あくどいことをしてくるが、あの姉妹は本当に悪意がないらしい。
ただただ利益を求めているが故の行動だ。
そんなやつらが自国にいるのは心強く思えるが、なんとも悔しい取引になってしまった。
それでもお金は入った。それで良しとしよう。
いよいよ、軍を動かせそうだ。




