85話 バリア魔法と迫る毒蛇
つり目の妖艶な美人が、紫色の髪の毛を自在に操って、俺にも酒を届けてくれた。
「こんなところまで来たんだ。用事があるのはわかるが、取り敢えず飲め」
ありがたい。酒瓶を受け取り、俺も飲んでおいた。
暖かいお湯の中で飲むエルフ米から作られたお酒は非常に美味い。
目の前に美女がいるってのもいいが……目のやりどころに困っているのも事実。
三人が裸なので、とても気まずい環境だ。それでも……。
「んまい」
やはりエルフ米から作られるお酒は美味い。癖の強いお酒だが、俺はエールよりこちらの方が好きだ。
「ほう、いけるではないか。もっと飲め。バハムート、酒はまだまだあるから、そなたらも飲め」
「もう飲んどるわい」
「相変わらずの酒飲みばばあですね」
フェイとコンブちゃんは二人で静かに飲んでいた。ゆったりと温泉を楽しみながら飲んでいる。
俺もあんな感じでのんびり飲みたいのだが、ヨルムンガンドは俺をターゲットに指定したらしい。
始めの酒瓶を飲み終わると同時に、また酒瓶を渡してくる。
「いいぞ。人間の癖に飲めるではないか」
バリア魔法の関係でお酒には強いんだ。
いくら飲んでも酔いつぶれたりはしない。
それを知らないヨルムンガンドからは酒に強い人間に見えるらしい。
「興味深い、非常に興味深いぞ」
水の中を華麗にするすると移動したヨルムンガンドがこちらにすり寄ってくる。
見た目は裸の妖艶な女性なので、裸のまま近づかれるととても緊張してしまう。
す、すまん!ちょっと距離を!
肩を組まれて、ヨルムンガンドが顔を近づけてきた。
「おもしろいのう。興味深いのう。あのフェイが連れてきた人間だ。一体、どれほどの器なんだろうなぁ」
「……」
ちん!
お湯と美女の肌とお酒でのぼせ上りそうです。
立派なゆでだこが出来上がりそうだ。ヨルムンガンドはさらに肌をこすりつけてくる。
柔らかいのが当たって、私はもう天に昇ってしまいそうです!
「ここは天に一番近い山と言われている。のう、死ぬには絶好の場所だ。わしと死ぬまで戦ってみぬか?」
既に死にそうだから勘弁して欲しいです!
聞いていた通りの戦闘狂だ。
うっとりした表情で俺の肩に顔をうずめてくるが、興味があるのはどちらが強いかだけか。
今に襲い掛かられても不思議ではない。
格好が格好なので、襲い掛かる、の意味がどちらになるかは始まってみないとわからない。
「のう、いいではないか。やろうではないか」
「……絶対、でしょうか」
ここでフェイが助け舟を出してくれた。
「以前にも言うたじゃろ。ドラゴンとまもとに会話したければ、力を示せと」
そういえば、コンブちゃんと出会ったときにもそんなアドバイスを貰ったことがある。
ドラゴンは力あるものに従うと。
ならば戦いを受けるのが正解か。
それでも二人が嫌がるのは、おそらくヨルムンガンドが粘着質な性格だからだろう。
言葉の端々にも感じる。死ぬまで戦おうっていうのは、一度負かしてもまた戦いを迫られそうだ。
服を脱がせたり、酒癖が悪いだけでなく、戦闘狂の一面も。
そりゃフェイだけでなく、コンブちゃんやアザゼルもここに来るのを嫌がるはずだ。
俺のことなど放って、温泉旅行を楽しんでいるフェイとコンブちゃんが憎らしい!
しかし、助力を願うにはどのみち必要な工程だろう。避けては通れないか。
「よしっ、やろうじゃないか。ヨルムンガンド」
「おお、ノリがいい!わしはそういう存在が好きだぞ」
「ところで、フェイたちみたいに別の呼び方ってないのか?ヨルムンガンドは少し長くて呼びづらいな」
「名などどうでもいい。好きに呼べばいい」
好きにと言われてもな。困った。
「毒蛇ばばあ」
「ばばあコロシアム」
外野は黙っててくれ。
二人の論外な意見は無視して、少し考える。
「世界蛇なんて呼ばれ方をしたことがあるが、どうだ?」
「いいね。世界、お前は今日からセカイだ。名前も決まったし、そろそろやろうか」
「よし、決まりだな」
温泉から上がって、裸のままのセカイが嬉しそうに立ち尽くす
エロよりも、純粋な美を感じる肢体から水滴が滴っている。
顔を空に向けると、セカイが口を大きく開けた。
そこから引っ張り出すように、一本の長い剣を体内から取り出す。
なんてものを、なんて場所から取り出してんだ!
少し粘液のまとわりついた紫色の剣は、セカイの髪の毛と同じ色の紫色の美しい剣だった。
剣を何度か素振りして感覚を確かめている。
「いつでも構わんぞ。フェイの連れてきた人間、名を聞いておこうか」
「シールド・レイアレス。ちょっと待ってろ。服を着る」
相手は裸のままだが、俺は裸で戦う主義はない。
全く、なぜ俺の相手は露出狂ばかりなんだ。
まあ、今回は美女の体なので、イデアのときに受けた拷問とは少し違うけど、それでもまじめに戦いたかったものだ。
「一応聞いておくが、服は着ないのか?」
「こちらのほうが人間は集中力を欠くだろう」
まるで人間と戦ったことがあるみたいな思考だな。
ドラゴンってのは、つくづくただ強いだけではない。賢くやりづらい相手だ。
「いつでも来い」
俺から仕掛けることはない。相手がだれも、常に守り側である。
セカイがゆったりとした動きでこちらへと近づく。
フェイとかに代表される強者は、目を凝らしてみないと見落とすほどのスピードで迫ってくるのだが、なんとも柔らかく、曲線的な動きで迫ってくる。
その動きはまさしく蛇であり、女性特有の柔らかい型でもある。
変則的な動きから、剣が降り降ろされる。
「バリア――物理反射」
太刀筋は特殊だが、関係はない。
豪も柔も、バリア魔法の前にはただ無力と化す。
柔らかい斬撃がバリア魔法に撥ね返され、セカイを襲う。
その綺麗な肌に切り傷が入るが、みるみると治り、もとの美しい肌に戻る。
ドラゴンの再生力はやはり桁違いだな。
「面白い力だ。楽しいなぁ!」
またセカイが迫ってくる。今度は先ほどの柔らかい動きに加えて、スピードも増した。
フェイにも劣らないスピードである。
一瞬でも油断するとバリア魔法が間に合わない。
なんとかスピードに対処し、横からの薙ぎ払いに合わせてバリア魔法を張っておいた。
「バリア――物理反射」
今度の斬撃も撥ね返す。セカイの腕に切り傷が入るが、今度は下がろうとしない。
「こっちが本命だ」
背中になにか気配を感じた。
自由自在に操ることのできる紫色の髪の毛が地面を這って、俺の背後に回り込んでいた。
鋭い髪の毛の先が俺の体を刺し貫こうと迫る。
「毒の剣は見掛け倒しの代物。髪の毛の斬れ味の方が鋭く、毒も強い」
……ふーん。
「なっ!?」
一本取られたが、問題はない。
身体にはずっとバリア魔法を張っている。
最高強度のバリア魔法だ。
セカイの髪の毛も通さなかった。
それどこか、お返しさせて貰う。
「物理反射」
俺のバリア魔法を突破できなかった髪の毛が、そのままセカイへと向かっていく。
自由自在に動かせるはずが、制御できなくて焦っているようだ。
悪いが、俺のバリアで撥ね返されている間は、主導権は俺にある。いくら頑張ろうとも、操作はできない。
そのまま髪の毛がセカイを貫く。
美しい体が傷だらけになり、紫色の毒が血管を通って体に回っている。管を流れる紫色が、彼女の体に模様を描いているようだった。
「う……うっ」
オロオロオロオロ。
四つん這いになったセカイが嘔吐した。
傷も次第に治っていく。
「すまん、毒が回ってつい。見苦しいものを見せてしまった」
いかにも猛毒っぽかったのに、嘔吐で済むの!?
どこまで規格外なんだ。
人間があれを食らったら即死に思えるが、吐き終わるとセカイの顔色はすっかりと良くなっていた。
「面白い力だ。なんて硬さだろう。フェイ、この人間面白いぞ!とことんやろう。死ぬまでやろう。もっとやろう!」
うわっ、なんか火が着いちゃった。
面倒だ。そろそろ本題に入ろうと思う。
「俺の勝ちでよくないか?」
「ダメだ」
「お前には他の件を手伝って欲しい。もっと楽しい戦いがあるぞ」
「これより楽しいものなどあるか!」
「異世界勇者」
俺が出したワードに、セカイが目を見開いて反応した。
やはり興味があるか。
「異世界勇者とでかい戦争をする。俺の陣営に来い。好きなだけあれと戦わせてやる」
「本当か?」
「もちろんだ」
セカイはフェイをも見て、真実かどうか問いただす。
「本当じゃよ。300年前、お主が修行に明け暮れてまんまと戦いそびれたあの異世界勇者じゃ」
「……はやく言え!それを言わんか!」
「しかも、アザゼルの話によると、300年前の異世界勇者より強いらしいぞ。今回のは」
「決まりだ。それを殺してから、またこの硬いのと戦う。あっははは、長い生きするものだ。明日が楽しみなのは、一体何年ぶりだろうか!」
剣を口に戻して、温泉へとだいぶする。
裸のままセカイがフェイとコンブちゃんに抱き着いてダルがらみしていた。
「飲め、飲め。今日は祝いだ。人間、お前も早く温泉に入れ!」
セカイの言うことには従っておいた方が楽そうだ。
俺たちはもう一度温泉とエルフ酒を楽しんで、それからミライエへと戻っていった。




