84話 バリア魔法と唐突な温泉回!
戦いに勝つには、何より準備が大切だ。
戦いの前に勝敗が決すると言ってもいい。
大国ヘレナとの戦いはこちらもただでは済まないはずだが、今回も大将首をとることで早々に終わらせたいと思う。
エルフとの戦いはイデアを始末した段階で綺麗に戦いが終わってくれた。
今回もそうなってくれればいいのだが、難しいかもしれない。
なにせカラサリスは俺に恨みを持っている存在だ。
異世界勇者との決戦に勝ったとしても、ヘレナ国が止まらない可能性は大いにある。
そんなことを心配する前に、俺は異世界勇者との戦いに勝たなければならないのだが、なにせ相手の力が分からない。
聖剣の魔法を使うことと、異世界勇者ごとに違うオリジナルの魔法が使えると知っているくらいか。相手の力が分からない以上、対策のしようもない。
こちらは全て情報がだだ漏れだというのに!
情報を漏洩している者がいるわけではない。
俺はバリア魔法しか使えないんだ。隠しようがないよね!
エルフ米から作る透明なお酒の量産体制も整えつつ、戦いの準備に入っていく。
酒は戦場で、褒美に出してやろうと思う。士気は大事だからな。
軍は相変わらず士気が高いし、大きな戦いを前にしているのに我が国は平時通りだ。まるで勝利を疑っていない。敗北を恐れているのは俺だけなのか?
国民がたくましくて何よりだが、少しは危機感を持って欲しいのも事実。
「我は絶対に戦わんからな!」
いつまでも駄々をこねるフェイを連れて行くつもりはない。
本当に異世界勇者のことを嫌がっているから、無理に仕事を押し付けることはしない。それでも再々と念を押してくる。絶対に行かないと。
「酒を飲んでて待ってくれればいいよ」
出来上がるミライエ産のエルフ米から作られる透明なお酒を飲んでて待っているといい。あちらは開発部長にフェイを置いている。
いつもは働かないフェイだが、珍しく役に立っている。
本人の欲で動いているが、どういう動機にしろ動いてくれるならこちらとしても文句はない。
他で役にやっているのに、戦場につれていくようなことはしないさ。
「……ぬう。流石に情けないことを言いすぎたか。まあ、お主が手に負えんようじゃったら助けてやらんこともない」
「それは心強い」
「馬鹿者!何としてでも勝てい!あんなのとまた戦うなんて勘弁じゃ」
少し可愛らしいな。
フェイが俺のことを心配してくれるなんて珍しい。
それだけの相手だってことだ。
「任せろ。全部俺が終わらせて戻ってくる。酒、楽しみにしてるぞ」
にっこりと笑って皆を安心させておく。
「無理して笑っとるのくらいわかっておるわ。ったく、面倒じゃがあれに頼んでみるかのぉ」
なに、何か伝手でもあるの?
興味深い話に食らいつく。
「そうじゃ。お主も来い。その方が話も早そうじゃ」
聞けば、フェイの知り合いに凄く強いドラゴンがいるらしい。
ただし、頑固者で他のドラゴンと一緒に過ごしたがらないドラゴンだ。しかし、その強さはフェイも認めるところ。
「人間でも馬鹿みたいに戦いたがる奴っておるじゃろう」
「ああ、魔族でもいるな。ギガとか」
「そうそう。ああいうアホがドラゴンにもおるんじゃ。戦いたくて仕方なくて、竜生のほとんどを強くなるための研鑽に費やしておる」
人間でもそんなのは扱い辛いが、ドラゴンほど長く生きた者ならもっと扱い辛いだろうな。
それ、触れて大丈夫なとこなの?
上手に制御できる自信もない。使えない味方は敵より厄介だぞ。
しかし、フェイが認めるほどの存在だ。強いのは確か。スカウトに行こうか……。
戦いまでにやることは多いが、ぎりぎり大丈夫かな?
今日はコーンウェル商会の悪徳姉妹に戦費を借りに行く予定だったが、後回しでいいか。
まずは強力な味方になってくれるかもしれないドラゴンに会いに行こうと思う。
「コンブ、お主も来い。隠れておるのがバレておるぞ」
「げっ」
隅に隠れていたコンブちゃんの襟足を掴んで、小動物を運ぶがごとくコンブちゃんを摘まんできた。
「いやです、いやです。異世界勇者も嫌いですけど、あいつも嫌いです」
「我も嫌いじゃ。けど、異世界勇者に負けたら今の生活が失われる。それは嫌じゃろう」
「……嫌です。フェイ様とずっと美しいお酒を飲んでいたい」
「そうじゃろう。なら行くぞ」
「はい……」
無理に連れて行くこともないと思っていたが、いてくれると心強いのも確か。
うーん、それにしてもこの二人が嫌がる相手か。
かーなり不安です。
「アザゼル、一緒に来い」
「……ベルーガが心配です。前線に行ってもよろしいでしょうか」
アザゼル!?
初めてかもしれない。アザゼルが俺の命令に背いて自分の意見を通そうとするなんて。
前線っていったら、まだ始まらないとは思いつつも、異世界勇者からの奇襲があるかもしれない。それを相手することになるのはアザゼルとベルーガだ。
その危険性よりも、例のドラゴンに会うのが嫌だと?
「アザゼル、例のドラゴンのことを知っているな?」
「……はい」
「そんなに癖が強いのか」
「……はい」
はい、しか言わなくなっちゃったけど!
まあ、仕方ない。いつも真面目に働いてくれているアザゼルだ。嫌がっているなら置いていくとしよう。
「お前を前線に行かせるわけにはいかない。カプレーゼとギガをベルーガのフォローに送っておく。オリバーには軍をまとめさせろ」
「はっ。ありがたきご配慮!」
嬉しそう。そんなに嫌だったのか。
俺は心配だ。今から会うドラゴンが一体どれほどの曲者なのか。
それでも行くと決めた。国を守るためだ。致し方ない。軽く身支度をし、フェイの背中に乗った。
久々に黄金のドラゴンになったフェイに乗る。
目的地が遠いらしいから、こうしてわざわざ飛んでくれるらしい。
「きゃー!!フェイ様のお身体、なんて美しいのでしょう!絵描きを呼んでおくんでしたわ!」
追っかけファンのコンブちゃんも一緒に乗っている。
熱狂的なファンが興奮しているが、無視、無視。
目的地は寒いらしく、風も強く当たるので服を着こんできた。
サマルトリアの街を行き交う人たちが少し騒いでいるのが分かる。
皆フェイの存在を知っているが、この姿を見るのはいつぶりだろうか。
パニックにならないあたり、うちの国の民も洗脳されつつあるなぁと思う。
フェイの背中に乗って、北へと飛んでいく。
圧倒的なスピードで、気づけば雪が降る地域になってきた。おそらくここはイリアスの国だろう。
地上の雪原を一人歩く不思議な女が見えた。
……オリヴィエに見えたが、そんなわけはない。
こんなとこにいるはずもない人物を思い浮かべるなんて、一体どういうことだろうか。
少し不思議だった。
更に北へと飛んでいく。
イリアスの国で間違いないが、人の住まない、いや住めない最果ての土地までやってきた。
そびえる山脈の頂上へと飛んでいく。
吹雪で顔が雪塗れになる。
バリア魔法でなんとか防いでいるものの、極寒の地は体の芯から凍える程寒い。
「ついたぞ」
フェイの声と共に、超高速移動の飛行が止まる。
目的地は大きな山脈の頂上で、そこには幻想的な美しい湯の張られた温泉がある。
「マグマで温められた雪解け水がいい湯になるんじゃ。相変わらず美しい光景よの」
フェイが温泉の前に降り立つ。
人の姿に戻り、俺とコンブちゃんも着地した。
「よう、ヨルムンガンド。まだ生きておったか」
「バハムートか。手土産くらいあろうな」
温泉に人が入っていた。
裸の女性は長い手足と大きな胸を堂々と出しながら湯を楽しんでいる。
「酒を持ってきた」
フェイが手荷物を探り、取り出した酒瓶を投げる。
ヨルムンガンドと呼ばれた美しい妖艶な女性がそれをキャッチして、中身を確認する。
「以前ワシが渡した酒と同じものじゃないか」
「ああ、材料は同じ米じゃが、エルフ米っていう特別な米じゃ。まあ飲んでみると違いが判る」
「なるほど。バハムートのくせに意外と気が利く。リヴァイアサンまでいるとは、なんとも珍しい日じゃ。それに……」
釣り目で妖艶な目がこちらに向く。その鋭い視線が俺を捉えた。
「臭い人間が混じっているな」
「これは特別だ。今日は話をしに――」
「まあ脱げ。脱がぬものとは話せん」
フェイの言葉を遮って要求してきたのは、脱衣だった!?
フェイもコンブちゃんも知っているみたいで、二人とも服を脱ぐ。
裸になった二人が温泉に入っていくが、ちょっと待ってくれ。
非常にまずい光景だ。いくら二人がドラゴンと言えども、少女二人の裸を見るなんて。
「お主も脱げい。人間。脱がぬものとは話せぬ」
脱がないと話を聞いて貰えないのか。
とても恥ずかしいが、俺も服を脱いで温泉に入った。
「はっははは、何を照れておるか人間。わしの乳でも揉ませてやろうか?」
「いえ、結構です」
……俺もこのドラゴン、苦手です!




