79話 バリア魔法の国、指導者を得る
エルフの爺さんが足を強く踏みしめると、大地が波打った。
次第にうねりが大きくなり、波が俺に至るところで大地が爆ぜる。
高く舞い上がる土をバリア魔法でガードし、物理反射しておいた。
大地そのものが襲い掛かってくる感覚がする魔法攻撃?いや、これはエルフ特有の魔力操作だ。
魔力の動きだけでこの現象を引き起こしている。
これだけ広範囲の攻撃だ。撥ね返したら、相手にも確実に攻撃が当たる。
広い範囲に跳ね返る土が、この地の木々をなぎ倒していく。
自然には申し訳ないが、手加減していられる相手ではない。
確実に当たると思われた反射だったが、爺さんの姿が消えた。
大量の土の波に隠れて視界から消えたようだ。
「……姿を消したか」
「まだ近くにいます」
ファンサは魔力を辿れているらしいが、正確な位置まではわかっていない。
俺は全然わからないが、相手が逃げたわけではないから何の問題もない。
「爺さん、このくらいでくたばってしまわないよな?」
「バカを言え」
土から声が聞こえたと思ったら、死霊系の魔物と勘違いする行動で、土から腕が伸びてきた。
「げっ」
「人間の若造と、100年も生きていない魔族相手に逃げる訳がなかろう」
大地を波打つ攻撃は、ただの攻撃ではなく、次の一手への布石だったか。
ずいぶんと素早いじゃないか、爺さん。
「そりゃっ」
「うわっ!?」
捕まれた足首を思いっきり引っ張られて、地面の中へと連れていかれる。
爺さんのわりにバカげた膂力だ。
土の中に引っ張り込まれると、地面の中に穴があった。
整備された痕跡があり、どうやら以前から使っているみたい。
最初の魔法は布石かと思ったら、もっと前からだった。準備されていたというより、爺さんが日ごろから使っている通路みたいだ。当然だが、土地の利は相手にあり。
暗くて視界が開けない。
「爺さん、ダメージは入ってないぞ。コソコソやってないで、上で派手にやろう」
「まあ見てなさい。人間よ」
通路で反響する声が聞こえる。場所はつかめないか。
ま、つかめたところでなんだけど。
相手の出方を待つしかなく、上へと戻る方法を探っていると、大地が揺れ始める。
地震か!?
いや、これは魔法だ。
大地を揺らす魔法って、一体どうなってんだ。バカげた力に驚く。
土に大量の魔力が籠っているのがわかる。
「ふぉっふぉっふぉっ、大地深くに沈んだら、そのバリア魔法で対処できるかの?」
足場が脆くなる。
蟻地獄みたいに、地中へと吸い込まれる。
辺りに捕まろうとするが、土の壁は脆く、捕まるものもない。掴んだそばから土が崩れる始末だ。
このまま沈められそうだが、これは自然現象ではない。
しっかりとした魔法なら、やることはいつだって同じだ。
「バリア――魔法反射」
どんな結果か想像つかなかったが、吸い込まれる力が反発し、地中から打ち上げられて地上に出た。
心配そうな表情のファンサの隣に着地する。
「ふう、厄介なことをする爺さんだ」
「お怪我はありませんか?シールド様」
「全くない」
ダメージこそ入っていないが、流石に侮れない。
変則的な戦いは、相手の特性を理解しているからだろう。最初は魔力の矢で力づくに。
駄目と分かり次第、いきなり地中に沈めるんだもんな。
思考の柔らかさと、幅広い魔法技術がないとできない芸当だ。いやらしい相手だ。
そんな爺さんが考えてきそうなことを先読みする。
俺への攻撃が通じない。変則的な技も通じなかったとなると……ファンサかな。
「ならば、今度はこっちじゃな」
予想が的中。
次はファンサを狙ってくると狙っていた通り、また地中から現れた爺さんの腕を捕らえた。
「バリア――物理反射」
ファンサを掴みかけたその腕を、バリア魔法で物理反射する。
「ぎゃっ」
地中から痛そうな声が響いた。
全く、うちの秘書に手を出してもらっては困ります。セクハラですよ。
「爺さん、居場所が分かった今、そう簡単には掴ませないぞ」
まだまだ奥のありそうな爺さんだ。油断できないが、そのスピードには慣れてきた。
「仕方ない。よっこらしょっ」
土から出てくるエルフの爺さんは、地中からよみがえった死霊系魔物みたいだった。
土に汚れた顔とか服が余計にそう思わせる。
「これで最後にするかの。簡単に生物を殺してしまうから、あんまり使いたくないんじゃが……。まあ土地を荒らすのなら仕方ないか」
冗談に聞こえないから怖いな。
しっかりと備えておいた。
「空気魔法――真空」
視界が動く。
ん?
いや、右斜めに動いているのは視界ではなく、俺自身だった。
爺さんが逆さに見える。爺さんだけでなく、景色も全て逆さまだ。
「うおっ!?」
宙に浮かび上がり、足が空を向いていた。
隣にいるファンサも浮かび上がっていた。
上手にバランスを維持し、体は元の向きだが、それでも慣れない感覚に戸惑っていた。
「無重力という状態だ。面白かろう」
「全然!なんか気持ちわるっ。おえっ」
酔う感覚がした。馬車の中で読書をしていたときに味わう感覚が一瞬で押し寄せてきた。
今朝食べたものを吐き出しそうだ。
「シールド様、私が吐いても嫌いにならないでくださいまし……」
お前もだったか、ファンサ!
しかもなんだこれ……。
だんだんと呼吸が苦しくなる。少し眠気も襲ってくる。
油断したら意識を失いそうだ。
「ふぉっふぉっふぉっ、上げて落とす。何事もこれが、一番ダメージが大きいんじゃ」
「嫌な趣味してんな」
流石爺さんだ。
考えることがねちっこい。
悪いが珍しい魔法だったから食らってみただけで、初めから勝負は決まっている。
うちの美人秘書に害が及んでいる以上、さらばだ老害。
「空気魔法――加重」
「バリア――魔法反射」
決着は一瞬で着いた。
重力が元に戻った俺とファンサは地面に着地し、エルフの爺さんは地面に突っ伏したまま動かない。
というより、動けないよな?
以前にも似たような魔法を受けそうになったことがあるが、爺さんのは別格だ。
本人が徐々に地面にめり込んでいく。
「悪いが俺にはこれ以上どうしようもない。生きるか死ぬかは爺さん次第だ」
心配して見守ってやったが、まとわりつく強大な魔力から解き放たれる。
「解除魔法……ふう、参ったわい」
爺さんを縛っていた重力魔法が解除される。
こんな魔法まで使えるのか。器用な爺さんだ。
「俺の勝ちでいいよな?悪いが土地を使わせて貰うぞ」
「敗者に権利なし。首を刎ねるがよい」
……俺が死の領主って知ってるってコト!?
そういう訳ではなかった。
爺さんは古い考えの持ち主で、敗者は死ぬしかないと思い込んでいるらしい。
そして、なによりその瞳には深い後悔の色が見えた気がした。
生きている価値がない、そんな自責の念に苛まれているような。
少し話していると、その答えが見えてきた。
驚きの情報と共に。
「別に殺す気はないよ。この土地を利用したいだけなんだ」
「好きにするがいい。しかし、イデアにバレたら大事な畑だけでなくおぬしらの首も飛ぶぞ」
「イデアならもうこの世にはいない」
「は?」
は?じゃないが。
普通に倒したが。
股間を見せつける変態魔法使いのことだよな?
俺のバリア魔法に傷一つ付けられず、死んでいったぞ。
「数か月前にでかい戦争があってな。その時に倒しておいた」
「は?イデアを?」
「そうだけど」
爺さん、なんど同じことを聞くんだ。朝ごはんはもう食べましたよ。
「イデアが負けるわけなかろう!あれは史上最高の魔法使いで、ワシが余に解き放ってしまった、最大の災いじゃ。……世界が滅びれば、その責任はわしにもある」
爺さんが世界に絶望し、自責の念に苛まれているのはイデアのことがあったかららしい。
詳しく聞いてみると、捨て子だったイデアを拾って、育て上げたのがこのエルフの爺さん。名を、ヌーメノンという。
爺さん、ただの老害じゃなかった。
世界レベルの老害でした!
「ヌーメノン、あんた面白いな」
不思議と、俺ははた迷惑な天才キッズも、危ない魔族も、世界的な老害にも興味を惹かれてしまう。
「よかったら俺と共に来い。世界はあんたが思っているより大きく変わっているよ。こんなところに引きこもっていないで、一緒に見よう」
座り込んだままのヌーメノンに手を差し伸べる。
俺の手を掴むかは半々だったが、ヌーメノンは手を取った。
「……嘘かどうかだけでもはっきりさせねばな。ただのほら吹きではないことは理解しておる」
「信じてないのに手を取ったのかよ。イデアどころか、エルフの島も大きく変わってるぞ。あまりの衝撃で死ぬんじゃないぞ、爺さん」
「バカを言え、後150年は生きられるわい」
俺より長く生きそう……!
「ヌーメノン、イデアを育て上げたその実績を評価して、俺の国でも指導者をやってくれないか?」
「指導者?わしはそんなたいそうなもんじゃない。田舎の爺じゃ」
大したことないエルフが、あんな化け物を育て上げられるわけもない。
イデアは俺のバリアにこそ負けたが、間違いなく世紀の天才だった。
バリア魔法がなければ、世界が危うかったかもな。
そんな天才を育て上げた爺さんも、恐ろしい魔法の使い手だ。
指導者としても評価できるどころか、おそらく指導者としてこそ大成しそうなエルフだ。
「うちの国はまだできたばかりで、優秀な人材は多いがどれも若くて危ういのばかりだ。あんたが道を示してくれると助かる」
「……返事は、全てを見てからじゃな」
それもそうだ。イデアが死んだ話すら信じられないんだ。ミライエを見たら、驚くだろうな。
一応ついてきてくれることになったヌーメノンを伴って、土地の調査を再開する。
この後は一緒にミライエに帰って、アザゼルに紹介しておこう。
「おいヌーメノン。教え子にはパンツを履くように教えろ。絶対にだ!」
「あれはワシが教えたわけじゃない……」
イデアが服を着ない件だと理解したらしい。教え子時代から服を着ない子だったらしい。爺さんの教えだったら、先の話は反故にするところでした!




