78話 バリア魔法で未開の地のへと
エヴァンとリリアーネにエルフの島の土地を借りられないか相談してみた。
「本来なら相談する必要もないところ、ご配慮いただきありがとうございます」
相談する必要がないというのは、俺が先の戦いに勝ち、エルフの島の支配権を実質的に得ているからという意味だ。
しかし、エルフの生活を脅かす関係は長続きしない。良好な関係を維持して共存を願っている身としては、強引な手段というのは選択肢に入っていない。
エヴァンとリリアーネが反発するようなら今回の件もあきらめて帰るつもりだ。
話し合いの場には既にいない、フェイとコンブちゃんの後を追って、俺も透明な酒というやつを嗜みに行きたいと思っていた。
「もちろん、可能です。エルフ島本州を利用して貰っても構いませんが、おあつらえ向きの土地があります」
意外にも、二人は好反応だった。
エルフの生活を脅かしたくないという俺の配慮も受け取りつつ、同時に彼らのメリットにもなり得ることを説明してくれる。
「北と南に未開の島がございます。そちらは自由に使っていただいてかまいませんが……」
なにか言いづらそうだ。
簡単には言い出せないことでも?
「隠す必要はない。素直に教えてくれ」
それでも言い出しづらいらしく、エヴァンが代表して教えてくれる。
「北には伝説の魔獣が、南には伝説の戦士がいます。どちらの土地も一筋縄ではいかないかと。シールド様の望む土地ではあるのですが、我らが放置していた件を押し付けるわけには……」
そういうことが、一番得意だけど!
押し付けられても全然困らないけど!
適材適所だ。
俺には苦手なことがたくさんあるが、数少ない特異なことが戦闘だ。
魔獣も伝説の戦士も任せてくれ。
「どちらも問題にしない。両方、借りてもいいか?」
「もちろんですが、シールド様にもしものことがあれば……」
どこまでも心配するエヴァンとリリアーネだが、同席しているファンサが代わりに答えてくれた。
「シールド様にもしもはありえません」
「そういうこと」
ファンサもだいぶ俺のことを理解してきたな。
俺にはバリア魔法があるんだ。
伝説の魔獣も、伝説の戦士も苦にしない。
守り一辺倒な相手なら無視すればいい。討伐目的じゃないので、なんとも楽な仕事だ。向かってくる相手を返り討ちにする、バリア魔法が使えれば誰でもできる簡単なお仕事である。
「じゃあ、さっそく下見に行っていいか?」
「お供します。私もまだ見ぬ土地故」
ファンサも地図でしか見たことがなく、臨時の統治者として見ておきたいらしい。
一人旅は寂しかったし、ちょうどいいパートナーが見つかってよかった。
「シールド様、私が抱きしめますので、大人しくしていてください。一緒に飛んでいきましょう」
「!?」
スタイルのよいファンサに抱きしめて貰える。
いつもメイド服を着ているが、それでも穏やかな表情のその下には大きな胸が……。
な、なんてことを考えてんだ!?
ダメだぞ、ダメだぞ俺!
本当は自分の力で飛べるのに、ファンサの胸を堪能したいがために、飛べないとか言い出しそうな自分がいる!
改めてみると、ファンサの体の美しさたるや。コンブちゃんがいたら芸術だと褒めそうなほどスタイルが良い。
ベルーガといい、ファンサといい、我が部下たちはどこまでも有能で助かる。
移動手段は保留にしておいて、ファンサからもう一つ伝えることがあるらしくそれを待った。
「シールド様、茶葉の件ですが、まずはエルフのお茶をお飲みになってくださいませんか?」
ファンサが俺にお茶を勧めてきた。
ただの気遣いではないだろう。何か意味があるのだろうと思って、楽しみに待った。
エルフの侍従が運んできたお茶が提供される。
テーブルの上に置かれたお茶は、薄い緑色で、澄み切った美しい色をしていた。
「これは……」
大陸で飲まれるお茶は紅茶が大半だ。
深い香りと、赤茶色に染まるそのお茶とは一線を画すものがある。
なんだ、この澄み切ったお茶は。香りも清々しく、若い茶葉の香りがする。早く口に運んでみたくなって、飲んでみた。
「うん……!?」
まろやかで優しい口当たりだ。口の中に若い茶葉の香りが広がった。緑いっぱいの畑の映像が脳内を過る。
「うまいな、なんだこれは」
「エルフの島で飲まれている緑茶と呼ばれるものです。茶葉を発酵させて飲む紅茶とは違い、こちらは茶葉を発酵させずに飲みます」
「ほう」
おもしろい。
土地が違えば、茶の楽しみ方も違ってくるのか。
単純に茶葉の質でウライ国に対抗しようとしていたが、この視点を見失っていた。
何も質で上回る必要はない。
それで勝負できれば一番だが、長い歴史を誇るウライ国のお茶にはそれだけ長年のファンがいる。
そのファンをこちらに呼び寄せるには、長い期間と手間が必要になる。
しかし、この緑茶ならば、ウライ国のお茶と競合しない。
うまいこと共存しながら、交易所でも勝負できるだけの値段がつくかもしれない。
もう一口、お茶を口に運ぶ。
やはりうまい。同じものではないから単純な比較はできないが、ウライ国のお茶に負けていないと思う。こちらの方が好きという層も多くいそうな味わいだ。
「ファンサ、お前の言いたいことが伝わったぞ」
「流石シールド様です」
「これで行こう。ありがとう、ここに来た価値があった」
「誉れにございます」
やりたいことは決まっていたが、ここにきてそれがより明瞭になった。
持つべきは、やはり有能な部下に限る。
城での話を済ませ、今日向かったのは、エルフ島本州の南の島だ。
邪念に打ち勝った自分を称えたい気持ちが半分と、そんな自分を殴りたい気持ちが半分だ。
フェニックスの翼で飛んでいく最中、ああやっぱりファンサに抱きしめて貰えばよかったなと思った。
それは、俺の飛行技術が低いのも一因だ。
「ん?」
ファンサと目があった。
「いや、今度は頼む」
「はい、いつでも」
予約しておいた。未来の俺、今の俺に感謝するんだな。
南の島は、使われていない土地だが、かなり大きな島だった。
植生はエルフ本州からさらに様変わりしており面白い。
探せば、新しい名産品を担ってくれそうなお宝も眠っていそうだ。
お宝か。
そういう類でなく、単純な宝も眠っていそうだ。
誰にも知られていない宝とか眠っていないかな?
古代の大海賊がこの地にたどり着き、自身の宝と共にこの地に眠る。
そんなロマンに満ちた話がありそうなほど、人の手が入っていない土地なのだ。
島に到着し、土を触ってみる。湿り気のある土だ。
うん、なにもわからん。
「ファンサ、ここで茶葉は育ちそうか?」
わからんことは聞こう。
少し調べて、ファンサが答える。
「エルフの島の茶葉なら問題ないかと。ウライ国の茶葉だと、育ててみないとなんとも」
「それだけわかれば十分だ」
もともとはウライ国の茶葉を育てる気でいたが、今は考えが変わっており、エルフの島の茶葉を育てることにした。
あれをこの地で量産し、橋を使用してミライエの交易所へと運ぶ。
発酵させる手間が省けるぶん、生産量も安定して確保でき、コストも抑えられそうだ。
そういったところでも、ウライ国の茶葉とは差別化できる。
しかし、国内で緑茶のうまさを広めるのは簡単だが、他国にまで知らしめるのはなかなかに骨が折れる。
ショッギョでさえ、最初は苦労した。
ミライエを訪れる行商人がショッギョを口にしてようやくその旨みが知れ渡り、交易所で目玉商品となっていった経緯がある。
まあ、こればかりは仕方ないか。
世界的に有名な人物が後押しでもしてくれないと、知名度を得るには時間がかかりそうだ。
今世界をもっともにぎわせている人物と言えばだれか?
……俺じゃね?
普通に俺かもしれない。俺氏、結構すごいやつかも。
しかし、自分の国のものを、自国のトップが宣伝したところでだ。
そりゃ褒めるよねってなりそうだ。
次に有名な存在はだれだろうか?
……異世界勇者かな。今ホットな存在は間違いなく彼女だ。
しかし、これこそ無理な話だ。
彼女は敵であり、間違ってもうちの緑茶を誉めてくれるような人物ではない。
地道に国内で広めていくか。
国となったミライエはさらに大きく発展しつつある。人口も増えた。
内需だけでも大きく稼げそうだし、やはり徐々に広めていこうと思う。それが一番安定した方法になりそうだ。
「シールド様!!」
そんなことを考えていると、警戒態勢に入ったファンサが俺の名を呼んだ。
わかっている、俺にも巨大な魔力が近づいているのが分かった。
木の間を縫って、四方八方から魔力の矢が飛んでくる。
魔法ではなく、魔力での直接攻撃。
これはエルフ特有の魔力の操作だ。
「バリア」
俺とファンサを守るバリアを張った。
四方八方から飛んできた矢に対処すべく、球体状のバリアを構築する。
矢はバリアを貫通できず、消えていった。
魔力の感じからして、全て一人が放った矢だ。
恐ろしい数と操作性だ。
くねくねと動きまわる矢は、生物のように意思を持っていそうだった。
撥ね返さなかったのは、相手の位置が割れていないのと、単純に気になったからだ。これほどの芸当をやってのける、伝説の戦士とやらの存在が。
「ふぉっふぉっふぉっ、強いな。人間と魔族とは珍しい組み合わせよのぉ。今すぐ立ち去るか、死ぬか選べ」
背後の木の上から声がしたと思ったが、エルフの爺さんが飛び降りてきた。
若い容姿のエルフばかり見てきた。これだけ老いたエルフは初めて見た。一体、どれほどの年月を生きているのだろうか。
「悪いが断る」
「そうか。……こんなところに、何をしに来た?」
「この土地は俺が使わせて貰う。それでいいかい?伝説の戦士さん」
「わしを知って尚挑んでくるか。ふぉっふぉっふぉっ。では、死んでもらうとしよう」
伝説のエルフのじいさんとの闘いが始まった。




