75話 バリア魔法、信者が出来ちゃった
そういえば、こいつがいた。
俺の前に跪いているのは、お洒落イキリ坊主頭のゲーマグである。
もともとヘレナ国の宮廷魔法師で、派手なアクセサリーを身に纏う気取った男だった。
俺のことを見下し、襲撃までしてきたのだが、フェイに敗れてそれ以降はミライエの為に働いて貰っている。
すっかり従順になってきたから、自由を与えてやってもいいと思っていた頃に、ゲーマグは最もやってはならないことをしでかした。
そう、エルフとの戦争前に敵に寝返ったのだ。
こいつからしたらミライエに思い入れがないのも無理はないかもしれないが、あの大きな戦いの前に寝返る行動はあまりにも印象が悪い。
おそらくミライエで最も嫌われ者となってしまったゲーマグは、しゅんとして引きずり出されている。
周りがゲーマグに向ける視線は、虫けらを見るがごとくひどいものだ。自業自得なので仕方ない。
「俺のことを嫌っているから信じられないかもしれないが、もうすぐ解放してやる予定だったんだ。魔族から、お前の働きぶりを聞いていたからな」
光魔法で宮廷魔法師をやっていた男だ。
弱いはずもなく、ダンジョン関連の仕事ではかなり役にやっていると報告を受けていた。
「ヘレナ国に帰るもよし、ミライエに住むもよし。そう思っていたのにな……」
しかし、今となってはそんな未来はあり得なくなっている。
「魔族からだけでなく、軍の人間からもお前の首を刎ねるように言われている」
「ひぃっ、ゆ、許してくれ!」
裏切り者に容赦がないのは世界共通だ。ミライエでもこの男に対する風当たりは強い。
しかし、ゲーマグは実際役に立つ。
そして、ちょうどいいダンジョンも見つかった。
「よし、3年ダンジョンで鉱石を掘り続けてこい。お前にしかできない仕事だ」
炭鉱として活用できそうなダンジョンが見つかっている。
中は不衛生で、暗く、そして魔物が溢れている。
かなり珍しい魔石やら鉱石が採れるのだが、危なさゆえに諦めていたところだった。
魔物に対処できる人材は、魔族にも軍にもいるが、そんな大事な人材をあんな炭鉱もどきのダンジョンに送り出せない。
しかし、ここに使い捨て同然に使って良い有能な男がいるではないか!!
「そんなきついとこ、体がもたねーよ!」
「じゃあ、今死ぬか?」
にっこりと笑った俺の顔を見て、ゲーマグはうなだれた。
「それだけのことをしたんだ、理解しているよな?」
「うっうぅ……」
諦めがついたらしい。
しぶしぶ仕事を承諾して、連行されていく。
全く、感謝して欲しいものだ。
全員が首を刎ねるように言った中、俺だけがゲーマグを許したのだ。
本当はもう死んでいるところ、3年働いたら自由にしてやると約束した。
こんな恩赦を貰って、なぜあいつはうなだれているのか。
この領地の法は先代の法を引き継いでおり、大きく変えていない。
不都合になりそうなところを何か所か撤廃しているだけだ。
法に照らし合わせても、ゲーマグの罪は重いはずだが、明確に当てはまる法がなかったので新しく作っておいた。
敵への寝返りは極刑
よかったな、ゲーマグ。この法が明文化される前に寝返っておいて。
法があれば、俺でもかばいきれなかった。
法は秩序を保つために大事なものだ。
ルールや法ってものがあまり好きではない俺も、これの大事さは理解している。あまり増やしたくないが、人というのは制御しなければすぐにバカをしでかしたりする。
領内に移り住んできた大物商会のバカ息子が暴力事件を起こしておいて、金に物言わせて被害者を黙らせた事件があった。
領内を騒がせた事件だったので、わざわざ俺が出向いた。
一度チャンスを与えたんだ。今から出頭するなら法に則って処罰すると。
しかし、拒否された。
それどころか、舐め腐った態度だった。
我が領地は税金が安く、商売がしやすい。
交易路を整えているのも、サマルトリアの街を作り上げたのも全ては領民が暮らしやすいようにという配慮だ。
負担の少ない税金は、次第に大物商人たちを育て上げ、大きく金を抱える連中が出だしている。
このバカ息子もその一家の人間だった。
勘違いした人間には、もちろんあの結末が待っている。
俺がニッコリ笑っているうちに素直に応じて欲しかったが、バカ息子はゲーマグと同じ炭鉱作業行き。
かばった商会は財産没収の上、領内から押し出しておいた。
首を刎ねなかっただけ感謝して欲しいものだ。
軍を増強しており、先の戦争でもエルフに圧勝した俺の実力があっても、未だにこんな勘違いした連中がのさばっている。
きつい処罰は見せしめの意味もあるが、いつになったら学ぶのか。
商人たちに力を持たせすぎたか?
金は力だ。そのうちまた勘違いするやつが出てこないように、定期的に間引きをしておこう。
そんな怖いことを考えつつ、もう一つの問題にも対処していく。
領内は豊かで、生活が安定している。
人々の心も穏やかなので、変な宗教などできはしないだろうと安心していたが、最近になって急速的に信者を増やしている宗教がある。
我が領地は信仰の自由も認めており、他人に信仰を押し付けない限り活動も許可している。変なものだと規制したいのだが、振興の宗教を『バリア教』というらしい。
……うん。
なんとも扱いの難しそうな信仰だ。
実際にミライエはバリア魔法の恩恵で発展しているわけだし、そのバリア魔法は俺が使っているものだ。
急速に勢力を拡大している教えなのは頷ける。
信仰の自由は認めているが、過激な連中だったらどうしようという不安もある。一度活動を認めた以上、禁止する気はない。する意味もないし、悪い噂も聞こえてこないので放置しようと思っていた。
そう思っていたが、教祖様が直々に会いに来た。
興味があったので、通しておく。
悪意センサーにも引っかかっていない。
「バリア教の教祖、エリンと申します」
どんな人が来るのかと思っていたが、凄く真面目そうなまともな人が来て驚いた。
シンプルな白いセットアップの服を着こんだだけで、怪しげなブレスレットも、変な杖もない。清潔な服を着た、清々しい印象の若い女性だ。
「領主様、私のような者のためにわざわざ時間を取っていただき、感謝しております」
あっ、しかもめっちゃ礼儀正しい。
すんごいまとも!逆にやりづらい!
「いや、領民と接するのも領主の仕事だと思っている。気にしないでくれ」
「ありがたきお言葉。感謝いたします」
ウライ国から運ばれたお茶を出してあげた。
物珍しい香りに、彼女は戸惑いながらお茶を飲む。
「あっ、おしいしい……」
サマルトリアの北の交易路を通ってやってくるこのお茶は、品質が保たれていて美味しいんだ。庶民が簡単に変える値段ではないので、こういう場でくらい存分に飲んだらいい。
美味しそうにお茶を飲む彼女は、少し上機嫌になったのが分かる。
「領主様にお会いに来たのは、ちゃんと説明して起きたかったからなのです」
こちらからふる前に、理由を話して貰えるのは助かる。
実際興味があるから、一度聞き出すと止まらなくなりそうだった。
「バリア教のことをか?」
「はい、変な教えではなく、きちんとした教えなのだということを」
「ほう」
興味深い。
長い話になるとのことで、俺もお茶を嗜みながら聞いた。
彼女はずっと長い間病弱な体だったらしい。
まともに体が動かず、書物ばかり読む日々だったとのこと。
そんな日々に突如終わりが来た。領主が変わったと聞いてから数か月後、空に聖なるバリアが誕生した。ヘレナ国にあると聞いていたバリア魔法だ。知識では知っていたが、あの日見た光景を今でも明瞭に覚えているらしい。
感動が忘れられないんだと。
その日以来、体調がみるみるうちに回復し、病弱だった過去の自分を忘れ去れるくらいに活動的になった。
今では女性ながらに力仕事もこなせるらしい。昔を知る人からは奇跡だと思われているとか。
そんな彼女は、バリアこそがこの世界に必要なものと信じて止まず、『バリア教』を立ち上げた。
バリアこそがこの世の救いであり、世界の真実だという教えに賛同する人々が集い、バリア教は急速に勢力を拡大していく。
「バリアは一、バリアは全」
良くわからないことを言っている。
……良い話っぽいけど、彼女からは時々狂信者っぽい熱量を感じる。少し怖い。
「バリアは始まりであり、バリアは終わりでもあるのです。わかりますよね、シールド様なら!」
「……はい」
同意しておいた。怖いから。
領内公認の宗教にして欲しい訳じゃないらしい。
病弱な彼女はどこへ行ってしまったのか、アクティブなエリンは実は今日、布教しに来たのだ。
バリア魔法の使い手である俺に、バリア教を布教である。単純にそれだけが目的だった。
なんとも活動的で素晴らしい。こういう人は基本的に好きだが、少し怖い。
「悪いが、俺は特定のものに肩入れするつもりはない。全て平等に受け入れるつもりだ」
丁寧にお断りしておいた。
残念がる様子を少し見せたものの、エリンはおとなしく引き下がる。
「また来月、バリア魔法の素晴らしさを語りに来ます」
バリア魔法の素晴らしさは俺が誰よりも知っているのだが、まあいいだろう。また来るように伝えて、彼女を送り出す。
俺がバリア魔法を使うたびに人が救われるらしいから、今後もバリア魔法をどんどん使うように言われた。
……やはりバリア魔法最強か?




