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74話 side バリア魔法への対抗手段。異世界勇者の召喚

鞍馬くらまひじりが目を覚ますと、自分の知っている世界と違う場所にいた。


今日も変わらない日常が始まるものと思っていた。

しかし、彼女の目の前にはローブに身を包む魔法使いと、目つきのきつい成人男性がいた。

金髪で顎髭を蓄えた筋肉質の男が、ひじりを見下ろす。


「よくぞ召喚に応じてくれた。異世界勇者よ」

男がしゃがみ込んで、座り込んだひじりの顔を覗き込む。


大きめのラウンド眼鏡の位置を調整して、ひじりは言葉の意味を訪ねた。

「異世界勇者?」

何を言われているのかわからなかった。

それに、なんだかこの人は信用ならない。そんな直感が働く。


目の前で話す男の言語を知らないはずなのに、理解できてしまう。なんとも不思議な感覚だった。

不安ばかり先行してしまい、思考と体が思うように働かない。

ここは知らない世界で、周りは知らない人ばかり。まだ16歳のひじりには、少しばかり負担の大きすぎる状況だった。


「なにも不安に思うことはない。我々は味方だ。必要なものは揃えるから、言ってくれればすぐにでも用意する」

「あの!」

ひじりに欲しいものなどない。唯一望みは……。


「何もいりません。家に帰してください」

それだけだった。暖かい我が家に帰りたい。それ以上の望みはない。

しかし、返答は無情にも望んだものと真逆だった。

「それはできない。異世界勇者を呼び寄せることはできるが、元の世界に送る魔法もギフトもないのだ」

「そんな……」

あまりに勝手な発言に、ひじりはショックを受ける。しかし、カラサリスの発する迫力に文句も言えない。文句を言ったところで、どうにもならないことを理解しているが、それでも言い返せない自分が少しだけ情けなかった。


異世界勇者として召喚されて強大な力を持つひじりだが、その力を自覚していない彼女は、今は恐怖に怯えるしかないただの少女なのだ。


「落ち込む必要はない。ここは大陸最大の国、ヘレナの王城である。そなたが仕事をこなせば、前の世界よりも遥かにいい生活が望めるだろう」

そんなものはいらないと既に言っているが、カラサリスには通じていないみたいだった。

「富も名声も、男も力も、ここでは全てが手に入る。元の世界に未練など残りようもないほどにな。そして、そなたにやってほしい仕事はただ一つ」

「仕事?」

不思議な力で、わざわざ違う世界まで呼び出されたのだ。用事があるのは当然だった。

しかし、ただの女子高校生でしかない自分に一体何ができるというのか。

得意なことは絵を描くことだった。あとは将棋と競馬……。それは秘密の趣味だ。


「魔族と手を組み、世界を破滅に導こうとしている男がいる。その男を殺すのが、そなたの仕事だ」

虫を殺すのだって戸惑うというのに、いきなり人を殺せと言われてしまった。

あまりの価値観の違いに、ひじりは言葉を失う。


やはり自分はまずい世界に来てしまったのではないか。しかも、悪い人たちに利用されているのでは?そんな気持ちが過る。


できません、そう一言伝えようとしたが、やはり恐怖で言葉が出てこない。

カラサリスの発する空気感は、否応なしにこちらの同意を求めてくる。


「そなたには偉大な力がある。その男に対抗できる唯一の力だと思っていい」

なぜ自分が知りもしない人間を殺さなければならないのか。

この世界がどうなろうが知ったこっちゃない。


縁もゆかりも、義理も義務もない。

ただ呼び出されて、仕事を押し付けられただけである。

帰りたい。帰って競馬中継がみたい……。またも秘密の趣味が頭を過った。


「しばらく訓練がいるだろう。自らの力を理解し、制御しきるまでに数か月を要するだろう。仕事が終われば、そなたの望むものをなんでも用意しよう。金でも地位でも、それこそ、望むものはなんでもな」

なんでも、という言葉が気になった。

わずかに見えた希望に、ひじりが食らいつく。


「……家に帰りたい。その方法を、探すのを手伝って貰うことはできますか?」

カラサリスに向けられた質問は、一度否定された内容だった。

戻す手立てはない。

先ほど言われたのにも関わらず、ひじりはそれを望んだ。実際、それ以外に望みなどない。


愛する家族のいる日本に帰りたい、それだけが彼女の望みだ。

真面目な父と、料理上手な母、大画面のTVに映る競馬中継。自室のペンタブ。ベッドの下に隠したBL本。望んだものが全てあるあの家に帰りたい。


返事ができない。カラサリスはその手段を知らないし、ないと思っているからだ。

しばらくの沈黙は、不可能という答えそのものだったが、今度敢えては言及しなかった。

「よかろう。あの男を葬った後、そなたの国に戻れる方法を、国を挙げて探し求める。それで良いか?」

わずかに見えた希望に、ひじりの瞳孔が開く。

こちらに呼び出せたのだ。

戻せないわけがない。手段があると思う方が普通だ。


「わかりました。私、やります」

「良い心がけだ。正義は我らにある。存分に力を発揮するが良い」

「はい」

ひじりは少しだけ決心がついた。

まやかしの希望かもしれないが、それでも帰られるかもしれない。そのわずかな希望が見えただけでも良かったのだ。

それが、今は心の支えとなってくれている。希望がなければ、人は立てない生き物だ。


少女の心を見抜いたカラサリスの勝ちだった。

ひじりの真に求めるものを見抜いたカラサリスは、今後も元の世界に戻れる可能性があることを示唆しながら、飼い殺しにしようと決めていた。


異世界勇者を召喚することが大事ではない。

首輪を嵌めて、その力を上手に利用することこそが大事なのだ。


カラサリスは完全に復権したわけではない。

偉大なギフトがあった故、仕事を与えられたにすぎない。大国ヘレナの威光を取り戻すべく、利用されているのはカラサリスも同じだった。


失敗すればまたあの暗い牢獄行きである。誰よりも切羽詰まっている状態だ。


同じ罪で投獄されたはずのエレインは、恋人関係にあった王太子の懇願により修道院送りになっている。贅沢は許されない生活だが、それでも衣食住には困らない生活だ。

牢獄行きがかかっているカラサリスとは天と地程の差である。


それに、まことしやかに聞こえる噂では、すっかりと改心したエレインは今や修道院で重宝されている人材になっているらしい。

修道院を訪ねる人々に愛され、同僚からも尊敬される人物に。


ミライエに行って何があったか知らないが、改心するとしたら何が起きたのだろうと予想できる。

しかし、カラサリスは信じていない。


(どうせ演技だろう)


あの計算高い女が、そう簡単に変われるはずがないと信じて疑わない。

実際、エレインはすっかり変わってしまったのだが、王城から遠く離れた修道院にいるエレインの近況を実際に見る手立てはない。

まだ闇の中でもがき続けるカラサリスは、エレインも同類だと信じ込んでいる。


「殺す相手の名前を教えてください」

初めて、異世界勇者から話を進めた。いい兆候だった。


ひじり瞳に強い光が灯っている。

希望が見えた人間は強い。


それは自分も同じだとカラサリスは思う。

なんとか牢獄から脱し、復権する機会を与えられた。地獄に垂らされた一本の手綱をしっかりと掴み、それを絶対に離すわけにはいかない。


手綱を掴みにかかる人間は他にもいるが、自分さえ登れればいい。

そのためにはすべてを踏み台にするつもりだ。

目の前の異世界勇者でさえも。


「そなたが殺す相手は、シールド・レイアレス。元ヘレナ国宮廷魔法師にして、裏切りのバリア魔法使い」

「シールド・レイアレス……」

「そうだ。その名を忘れるな。魔族を率いて、大陸に災いを齎す者の名だ。シールド・レイアレスを殺せば、そなたの名はこの世界に、未来永劫残るだろう」

それともう一つ付け加える。少女はこちらを欲しているからだ。


「やつの元には元宮廷魔法師のオリヴィエもいる。魔族とエルフの魔法も研究しているとか。……その中に、元の世界に戻れる魔法があるかもしれないな」

可能性をチラつかせる。

ギフトで呼び寄せた以上、ギフトと近しい力を追い求める必要があるが、そんなことはどうだっていい。

魔法に詳しくない異世界勇者にはこの程度の知識で十分だ。


可能性があることが大事なのだ。

可能性とはいい言葉だ。

実際はなくとも、ないと証明されない限りずっと使い続けることができる。

案外簡単に異世界勇者を手名付けられる気がして、カラサリスはにやりと笑いを漏らした。


「勝った後に全てを奪え。勝者にのみ、権利がある」

「……はい」

異世界勇者の訓練と、洗脳が始まる。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] だよなぁ。 敵の方に付けば確実性も増すよねっていう。
[気になる点] 敵方に可能性がるようなこと言うのってむしろ寝返ってくれって言ってるようなもんなんじゃないですかね?
[良い点] げす [一言] ゲス滅ぶべしキシャーっ
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