72話 バリア魔法を他所の土地で
フェニックスの翼を上手に使いたかったが、空を飛ぶのは結構技術がいることで、翼の操作をミスするたびに俺は上空から地面へと叩きつけられた。
「大丈夫ですか!?シールド様」
心配してくれるベルーガがグリフィンに乗って近寄ってくる。
バリア魔法で衝撃を殺したので、ダメージはないが、この墜落で5度目となる。
魔法で飛べる人たちいいなーとか思っていた時期が僕にもありました。そんなに簡単じゃなかったみたいです!
それでも繰り返しているうちに慣れてきた。そのころには、ミナントの首都パーレルへと辿り付いた。
流石大国ヘレナに続いて発展している国の首都だ。
人の数がミライエとは比べ物にならない。
サマルトリアの街に人が集まりつつあるし、現領主の街ルミエスにも人は多いが、都市パーレルはその何倍もの規模を誇る。
流石に領主になって1年も経っていない俺が作り上げた街より、規模がはるかに大きいのは仕方ない。
それでも少し悔しさはあった。
パーレルはミナントを象徴する港町であり、南の主要な交易路が通っている街だ。
ミライエとは対極の位置に位置し、ミナントの右上端にミライエが、ミナントの左下端にパーレルがある。
パーレルは南の海に広く面した土地で、西はヘレナ国と接する国境もある。
海の覇権を握ってきた国の中で、最も海を活かしてきた都市でもあった。
白い家が多いこの土地の景観を楽しみながら、露店で売ってる焼き魚をいくつか勝って嗜んでみた。
どれも今朝魚市場から買い付けたものばかりらしく、新鮮で旨みある。
素直にうまい!
「ベルーガ、まだ食べられるか?」
「もちろんです」
ベルーガはあまり大食いではない。むしろ、小食寄りだ。
しかし、先ほどから魚の大半をグリフィンに譲っており、かわいがっているグリフィンが美味しそうにしている顔を見て喜んでいた。
グリフィンはミナント側に、城に乗り入れていいと許可を貰っているので、こうして街中でも連れまわしている。
人がごった返しているが、聡明なグリフィンは大きな体を起用に動かして人との接触を避けていた。
考えてみたら、馬もそこら辺を走っている。グリフィンが上手に立ち回れるのも不思議ではない。
すっかりとミナントの食を気に入った俺は、この都市で学べることは学んでいこうと意気込んで、更に街見て回った。
というより、飯がうまくて食べ歩いていた。
「お腹いっぱいだ。城に行く前に少し休んでおこう」
「そうですね」
海岸に浮かぶ大量の船から積み荷を降ろされる光景を見ていく。
この地で扱われる代物が気になってみていたが、流石に品目が多い。どれが主要なものかわからない程量が多く流れ込んでくる。
巨大な交易所を持ち、大国ヘレナとの貿易も頻繁で、海からはイリアスとウライ国からの輸入品が大量にやってくる。
ここが大陸有数な都市になった理由は、立地面がやはり大きい。
西に大国ヘレナがあり、大陸真ん中のドラゴンの森の脅威もなく発展してきたのだろう。
「船が止まらないぞ!」
ゆったりとした時間を過ごしていると、あたりが騒がしくなってきた。
多くの視線が集まる先を見ると、海から巨大ガレオン船が迫ってきていた。
止まる様子はなく、このままでは人が多くいる港に衝突しそうだ。
「逃げろ!」
誰かが叫ぶと同時に、辺りがパニックに包まれる。
逃げ遅れた少女が港で転んでいた。
ベルーガが少女をかばい、体を起こしてあげた。
「大丈夫?落ち着いて避難できそう?」
少女はクビを横に振った。恐怖に飲まれて脚が動かないらしい。
「ベルーガ、そこで待っていろ」
「はい、シールド様」
港に停泊している船に飛び乗り、逃げ惑う人の隙間を縫って前に進み出た。
巨大ガレオン船はどうわけが止まりそうにない。
『バリア』
巨大ガレオン船の進路をふさぐように、こちらも巨大なバリアを張っておいた。
バリアに迫り、衝突するガレオン船の船首がぽきりと簡単に折れる。船の本体もバリアにぶつかり、大量の木くずをばらまきながら崩壊していく。
船の3分の1が壊れたくらいで、勢いが失われて止まる。
バリア魔法を解除しておいた。
港は守ったが、これだけ立派な船を壊してしまった。
どこかの金持ち商会の船っぽいし、修理費を請求されでもしたらたまったものじゃない。
「逃げるぞ、ベルーガ」
「は、はいっ!」
急ぎベルーガの元に戻って、端って逃げることにした。
「ありがとう、おねーちゃん、おにーちゃん!」
後ろから聞こえる少女の声。振り返って手を振って、俺たちは逃げ出した。
用事も他にないので、そろそろ城へと足を運ぶことにした。
グリフィンを城の者に預けて、俺とベルーガだけが内部へと通される。
既に日が沈みかけていたこともあり、先に風呂に入らせてもらった。
国王とガブリエルとの話し合いは、食事の席でということになった。
風呂から上がり、食堂へと通されて俺は目を疑った。
その席には要人が30名ほど待機しており、何よりテーブルに並んだ大量の御馳走が見える。
既に街で満腹になるまで食べ歩いたなんて言い出せる雰囲気ではない。
げぷっ。まずい!
「シールド様、こちらへ」
声をかけてきたのはガブリエルだった。
国でも相変わらず露出の多い服を身にまとっており、胸元を露出した彼女が俺の腕をぎゅっと握る。
「ずっとお会いしたかったのですよ?もっとお会いにきてくださいな。仕事以外でも」
ち、近い!
腕に非常にありがたい感触を感じながら、席へと通された。
白い髪とボリュームたっぷりの白ひげを蓄えた上座に座る男の隣に座らされた。
ベルーガはガブリエルの隣で、他の臣下と対等な列に座る。
「ようこそ、私がミナントの代表、ユアマイです。ほほっ、よろしく」
隣に座った白ひげの気さくなおじ様が国王のユアマイだった。
もともと商人が集って作り上げた国がミナントであり、その系譜で今も代表を名乗るが、俺からしたら国王という方が、馴染みがある。
握手には丁寧に応じた。
ぎゅっと握られるその手には力が籠っており、肉厚で体温が高い。
「強い握手は信頼の証です」
とのことだ。
「皆のもの、時代の寵児であられるシールド様がやってこられたぞ」
ユアマイの言葉に乗じて、席に並んだ重臣たちが場を盛り上げるように拍手をし、持て囃すように声を上げた。
ヘレナ国でもウライ国でも味わえなかった独特の雰囲気だ。
やはり起源が商人なだけあって、他人をもてなす心が染みついているのかもしれない。
裏を読み取れば、相手の機嫌をとるのはただですから!とか思っていそうだ。
「先ほどのガレオン船の件も助かりました。シールド様がいなければ、どれほどの被害が出ていたことか」
「あら、ばれていたか」
「ほほっ、商人は情報が命ですからな」
しかし、伝えられたのは感謝だけで、賠償などはないらしい。
それもそうだが、少し心配していたんだ。あれだけ立派な船を潰しちゃったからな。
むしろ、後日あの商会からお礼があるかもしれないらしい。その際には素直に受け取って欲しいと伝えられた。
それは構わないが、商人というやつはとことん無償の善意というのを嫌うらしい。借り貸しはなしにしたいんだと。
それつながりで本題に入った。
食事の席で大事な話をするのも、文化の違いを感じる。
先ほどからやたらうまい酒を並べていたのは、上機嫌になった俺からいい条件を引き出そうという魂胆か?
どこまでも合理的な商人のやり方は嫌いではない。
「ほほっ、実はですな。ここに集う我がミナント連合の重鎮たちの総意で、ミライエの独立を認めようという話になっている」
「独立を?」
それって、つまり……。
「自治領ではなく、ミライエを一つの国として認めるということか?」
「そういうことですな」
なんのメリットが?
ついつい彼らの思考に流されて、俺も損得で考えてしまう。
もしかして、あれのことだろうか?
ミライエを発つ前、アザゼルから急ぎの知らせが入っていた。
おそらくあれと関係している。
「ほほっ、領土を完全に渡すことで、シールド様に恩を売っておこうというわけです」
そういうこと、素直に白状するんだな。
実際、恩を感じているので作戦としては成功だ。
あの土地は正式に俺のものとなるんだ。嬉しくないわけがない。
先に恩を売って、後々回収する散弾なのだろうが、おそらく回収するのはあれだろうな。
「実はですな。ヘレナ国に不穏な動きがありまして」
「騎士団長カラサリスか」
「!?」
このキーワードにユアマイが驚いていた。
彼らしか知りえない情報だと思っていたのだろう。
実は俺もアザゼルから聞いていた。
俺を追放した騎士団長カラサリスが、牢獄から解き放たれて復権した情報だ。
「流石シールド様。では、話が早い」
大国ヘレナの聖なるバリアが消えてしまい、大陸の情勢が大きく揺れ動いている。
それを看過できないヘレナ国が、いよいよ大きな一手に出ようとしていた。
「騎士団長カラサリスはギフト持ちの人物。異世界勇者を召喚するギフトですな。……ヘレナ国は異世界勇者を召喚し、大陸に動乱を起こすつもりでいる」
異世界勇者。
物騒なワードが出てきた。




