71話 バリア魔法で生活水準向上
「シールド様、お呼びいただき光栄です!」
「おいっすー」
「こらっ!」
既にとても仲良くなったミラーとエルグランドは、二人の特徴を表したような挨拶をしてきた。
軍人出身のミラーは姿勢を正して敬礼までしてあいさつをしてくれた。
それに比べてエルグランドは片手をあげて気軽すぎる挨拶だった。
俺としてはエルグランドもこの地に馴染んでくれたんだなって感じで嬉しかったのだが、ミラーが許さない。
「シールド様の前では礼儀正しくしてください!」
「お、おう……。シールド様、おいっすです」
「よろしい」
よろしいか?
まあ、いいか。
エルグランドが少しどんくさいところがあるので、補佐にミラーをつけている。
二人はずっとサマルトリアの街で山を切り拓いてくれていたので、しばらく休暇を取らせていた。
発展していくサマルトリアの街を楽しませていたのだが、ここにきてまた大仕事だ。
「エルフ米を作る予定だが、長いこと使われていない土が多い。深く耕して欲しい」
エルフ米の水田を作るために、土を柔らかくしておきたい。
土魔法の使えるエルグランドと、その力を制御できるミラーのコンビが大事になってくる。
「お任せください!今回も計画通りに進めたいと思います」
ミラーがいるなら大丈夫だろう。
計画書を渡して、さっそく取り掛かって貰う。
二人は休暇の間何をしていたのか聞いてみると、筋トレをしていたらしい。
はい?
俺は自分の耳を疑った。
しかし、聞き間違いではなかったらしく、二人は確かに体を鍛え続けていた。
休暇が苦手なんだとさ。
サマルトリアの街には娯楽施設もでき始めているのだが、そもそも休暇という概念がいままでなかった二人は日々体を鍛えることで時間をつぶしていた。
ようやく招集がかかり、この地にやってこられたのは嬉しかったらしい。
「事故を起こしたら、干されたものと心配しておりました」
土砂崩れと雪崩が起きた事故のことか。俺がバリア魔法で物理反射したからなんとかなったものの、確かにあれは大きな事故になりかけていた。
まあ、あれは本当に人為的なミスというより条件がいろいろ揃ってしまった故の結果だ。
全く攻めてはいない。
二人には交易路を拓いた特別報酬と、休暇中も給料を支給していたのだが、そんな勘違いをさせていたとは。
怠け者は困るが、働き者すぎっていうのも少し扱い辛いものなんだと、このときはじめて知った。
そんな二人には最適の土地になるだろう。
なにせ、ファーマスの土地は広く、耕して欲しい土地は無限かと錯覚させるほど広がっている。
エルフの島はファンサに、ミライエはアザゼルに任せて動いているので、俺はしばらくこの地に専念できそうだ。
しかし、この土地本当に住みにくい!!
湿気がすごい!
エルフの島で味わった涼やかで、過ごしやすい環境とは雲泥の差だ。
常にジメジメしており、蒸し暑い。夜は異常に寒くて体の芯から凍える。
異常気象だ。これはもはや災害である。
「改善せねば!眠れん!」
身体がべとべとして眠れない。体調も崩しそうだ。
日中は俺もエルフ米の苗を植えている。
いずれはもっと効率化させたいのだが、今は手探り状態なので一つ一つ丁寧に水田に植えていっている。
領主の俺がやることじゃないと言われたのだが、案外楽しいのでやってしまう。
こういう単純作業は結構好きだったりする。
昔のバリア魔法修行時代を思い出す。
何度も何度もバリア魔法を使って、強さを磨き上げたあの単純作業の日々が。
そんな楽しい記憶も、気候のせいで次第にきつくなってくる。働いているときはそう気にならないが、仕事が終わると汗を大量にかいているのが分かる。
それに加えてここに土地特有の湿気が襲い掛かり、不快感がマックスである。
解決策を考え、仮住まいしている家にバリア魔法を張っておいた。
このバリアは水だけを防ぐバリアだ。
バリア魔法が湿気に効くか考えたことなどなかったが、取り敢えず試してみた。効果は2,3日で出始める。
「かっ、快適やあああ!」
ファーマスの土地に来る前は知らなったこと。湿気がないだけでこれだけ快適なのか!
水気を防ぎすぎて逆に乾燥気味になっているが、それでも快適すぎる!
外で感じていた蒸し暑さなどなかったかのように、室内は快適である。
この土地に馴染んでいる人たちはそう気になっていないらしいが、俺たち開拓組はとても苦しいんでいた。
効果があるとわかったので、希望した全員の家にこの湿気を防ぐバリアを張っていく。
ミラーとエルグランド、そしてハリエットには涙ながらに感謝された。
ごめんな。今まで辛かったよな。ジメジメだったよな。
きつい戦地から生き残った戦友のごとく、俺たちは熱い抱擁を交わした。
それだけこの地の湿気は凄かったのだ。さようなら、ジメジメ。
一つ解決したが、まだある。次は夜の冷え込みだ。
北の国に比べたらそれほど寒くないのかもしれないが、寒暖差でとても寒く感じてしまう。
俺は苗を植えていく間にも、ずっと“あれ”を探していた。
そして見つけてしまったのだ。
「お、お宝やあ」
湿気で頭をやられた変なテンションになっているが、ぎりぎり頭は正常に働いている。
エルグランドを呼び寄せて、その土地に四角い穴を開けさせた。
深さは1メートルほどで、広さは縦横10メートルくらい。
“あれ”の量からしてこのくらいの広さがちょうどいいだろう。
ファーマスは、地下水が豊富な土地だ。
絶対にあると思っていたが、温泉が湧いていた。
水温もちょうどいい。
土魔法で掘ってできたこの空間を安定させるために、バリアでケースを作り、すっぽりと嵌めてみた。
出来てしまった。
簡易バリアケースの温泉である。
俺たちが入るだけなので、温泉に余計な装飾はいらない。バリア魔法くらいのシンプルさがちょうどいい。
この温泉は俺たち開拓組だけでなく、ファーマスの土地に住む人全体に人気だった。
あまりの人気具合に人が入りきらなかったので、新しく源泉を見つけておいた。
何か所か同じものを作り上げて、ようやく温泉パンク状態が解消された。
これで夜の冷えも解消される。
エルフ米には最高の環境だったファーマスの土地は、バリア魔法の補助によって働く者にも徐々に快適な土地へと変わっていった。
田植えが終わり、日々育っていく稲を見るのはとても快適だった。
そんな穏やかな日々を過ごしていると、ベルーガが知らせを持ってきてこの土地にやってくる。
「シールド様、たまには戻ってきて貰わねば困ります」
アザゼルに任せているので何も問題はなさそうだったが、そうだったのか?
「皆、シールド様に会いたがっております」
「お、おう……」
とても照れくさいじゃないか。そんなことを言われるなんて。
「それもありますが、今回はこれです」
受け取った手紙には、ミナントからのものだった。
俺にミナントの首都まで来て欲しいとのことだった。無理そうなら、こちらから出向くとも書いている。
エルフ米は順調だし、サマルトリアの街も順調だ。
ミナントの首都についても気になっていたし、行ってみようと思う。
「ベルーガ、一緒に来い」
「はい!」
嬉しそうにベルーガが返事した。ベルーガに久々に会えて、俺も嬉しい限りだ。
ここはハリエットたちに任せて、俺は久々にこのジメジメした土地を脱した。
バリア魔法で除湿された家と温泉が無ければ、戦地から逃げ出した兵士としてカウントされていたかもしれない。それほどにこの土地はきつい。
改めて土地を眺め、美味しいエルフ米のための環境ができたことに満足しておいた。
今回もバリア魔法に助けられて、俺は気分よくこの地を去れる。
――。
「さむっ!」
倒した熊の毛皮を羽織っているものの、それでも慣れない雪国にオリヴィエは困惑していた。
船でエルフ島からミライエに戻っていたはずなのに、築いたら白銀の世界にいた。
「ミライエって雪が降るのね……」
そんなわけはなかった。
ミライエは滅多に雪が降らないし、積もりもしない。
ここは北のイリアスの中でも、最北の地として知られる土地だった。
しばらく人を見ていなかったが、ランプをもって移動する人を見かける。
「もし!ここがどこだか教えて欲しいのですが」
ミライエだということはわかっているつもりだったが、一応聞いてみる。
「ここは北の果てアルカ山脈の麓。……その毛皮は。もしや、神獣狩りの戦士ですかな?」
「いえ、違います」
また変なことに巻き込まれそうだったので、オリヴィエは全力で逃げだす。
思えば、今の村人は獣人だった。
とんでもない場所に来てしまったと気づいたオリヴィエは、雪に足を取られながらこの場から逃げ出す。
「なんでこんなところにいるのよ!?」
シールドとは当分会えそうにない。




