7話 バリア魔法で証明。真実を知る
「ちょっと顔を貸してちょうだい」
今日も飯を詰め込んでいる俺とフェイだったのだが、アメリアお嬢様から怖い顔で呼び出された。
もうすっかり体調は良くなったらしい。
一日じっくり寝て、俺お手製のバリアも張っておいた。ちゃんと効果があったみたいだ。バリア魔法、なんて便利なのでしょう。
「侍女から聞いたわ。あなたが治療してくれたんですってね」
「まあな。大したことはしていないけど」
家庭教師として最低限の仕事をしたまでだ。クビにならないためのポイント稼ぎと言ってもいい。
「手首が治ってる。骨が折れたと思っていたのに」
「そのくらい楽勝だ」
「……なるほど。本当にそこそこ魔法は使えるようなのね。ただの詐欺師じゃないってとこまでは認めてあげる」
「素直じゃないな」
どこか嬉しそうな顔をしているのに、言葉は全く素直じゃない。
「宮廷魔法師だなんて、普通信じられる?」
「……確かに!」
信じてくれた辺境伯の方が特殊なのかもしれない。
警戒心の高いアメリア令嬢の方が常識人なのか。
賢いやつだってのは一目見たときから分かっていたが、この家を陰で支えているのは彼女かもしれない。
「だから、もう一度チャンスをあげることにしたわ。あなたが魔法での勝負を望むのなら、私も精一杯やってあげる。おかげで体力も回復したから」
「おう、後一杯食べたら行く」
「今すぐ来なさい!」
俺は引っ張って入れるようにアメリアに連れていかれた。
フェイのやつは良いらしい。まだまだ食べ足りていないので、1人食堂で食べ続けていた。俺たちが屋敷に来て以来、コックが一人追加で雇われたらしいから、消費量がいかほどかご想像いただけるだろう。
中庭に来た俺たちは、昨日マジックドールが置かれていた場所で向かい合った。
ここでは魔法を存分に使っていいとのことだ。
まあ、俺から攻撃することはないので、どんな場所でもいいんだけどな。
「ルールはどちらかが降参を宣言するまで。それ以外は何をしても構わないわ」
「いいぜ。アメリア、先に言っておくがお前は実戦経験がかなり乏しい。俺は宮廷魔法師としていろんなやつと戦ったことがある。せっかくの機会だ、その知識を体に叩きこんでやる」
「言ってくれるじゃない。死んでも後悔しないでよね」
アメリアが魔法の詠唱に入った。
先手はくれてやろう。というか、俺は常に後手なんだ。
最初の魔法はファイアーアロー。
炎魔法の基本だ。
やはり、まだ俺のことを疑っているらしい。死なないように手加減しているつもりか。
ファイアーアローが1本。2本、3本……待て待て、なんじゃこの量は!?
俺の前に展開されるファイアーアローの量が100本を軽く超えている。
「がちがちに固いんだから、このくらいの連撃には耐えられるわよね?」
天才だとは知っていたけど、これだけの魔法を3秒と必要せず発動させられるなんて。
けれど、ただではやられないさ。
一朝一夕で身に着けた力ではないのはこちらも同じ。
「バリア――魔法吸収」
教え子であり、雇い主でもある彼女を傷つけるわけにはいかない。
反射させればすぐに決着がつくが、その選択肢はない。今回はこれで軽くあしらってやるか。
強襲する炎の矢を、展開したバリアで全て吸収していく。
次々に打ち込まれる矢だが、俺のバリアの前に全てが吸いつくされてしまった。
炎の矢がバリア魔法にぶつかる度、バリアの表面が波打ちながらその魔力を吸っていく。
悪いが一本も通さないよ。
「――!?何よ、それ。どういう魔法?」
どういう魔法って、バリアだけど。
俺はバリア魔法しかつけないけど。
次に炎の光線を放ってきた。
先ほどの分散した攻撃とは逆に、一点集中というわけだ。
実戦経験が乏しいと思っていたけど、すぐに頭を切り替えるあたり、やはりセンスはある。
けれど、すまないな。
「バリア――魔法吸収」
悪いが、その程度じゃ俺のバリアを貫通するのは無理だ。フェイのブレスの半分も威力がないんじゃ、一生俺には届かない。
「こんのっ」
頭は熱くなっているらしいが、それでも思考はクール。
正面が駄目ならばと、今度は地面から生じる水魔法を放ってきた。
噴水のごとく打ち上る強烈な水流だ。当たれば皮膚や骨がズタボロにされる強烈な水魔法である。
まっ、当たればなんだけどね。
「バリア――魔法吸収」
悪いが俺のバリアは、正面専門じゃない。
正面にまっすぐな板のようにも張れるし、曲げて曲線を作ることも可能。半円にすれば魔法を後ろの方に逸らすこともできて便利だ。
足元に来た魔法はそのまま足元にバリアを張れば良くて、水魔法も美味しく吸収させて頂いた。
魔法を吸収すると、魔力が補給されるので俺としても大助かりだ。
フェイのやつのバカげた威力の魔法を吸収すると胸やけを起こしかねないが、少女の魔法を数発程度なら美味しくペロリだ。
正面は無理、一点突破も無理、方向を変えても無理。
さて、どうする?アメリア。
彼女を見据えるが、目の光はまだ失われていない。
再び水魔法を使用して、俺の上に雨を降らし始めた。
肌寒い日にこれはやめてほしい。バリアを張るほどでもないので、ただの嫌がらせだぞ!
そう思っていたが、ちゃんと意図があったみたいだ。
水滴を氷魔法で一瞬にして凍らせられた。俺の足元に溜まった水も凍っている。上にばかり気を取られ、下への注意がおろそかになっていた。
「!?」
靴が氷にハマってしまった。
「集まれ!アイスブレイク!!」
辺りに浮遊していた氷が、彼女の指示で一斉に中心点の俺に集まってくる。
足元を凍らせる段取りも素晴らしい。これでは逃げられない。
躱しようのない360度からの攻撃。
やはり天才。センスの塊だ。
だが、悪いな。
先ほどもやったが、俺のバリアは変幻自在。
360度からの攻撃なら、球体のバリアを作り上げるまで。
結果、氷魔法もバリアを貫通することなく美味しくペロリと吸収しました。
「なんなのよ、それ!!反則じゃないのよ!!」
反則ではない!
俺にはこれしかないんだから!
「さあ、こいこい!次はどんな手だ!」
「ぶっころす。絶対に殺す!」
そうして、小一時間もアメリアのやつと遊んでやった。
まだまだだな。
俺のバリアは一つも壊されなかったし、壊したところで体を覆うバリアもある。
教え子にはまだ負けていられない。
「はあ、はあ」
疲れてうずくまっているアメリアを見ながら、俺はまたしばらくクビがつながったことを実感していた。
まだいい生活が出来そうである。
「……何の魔法なの?種明かししてよ」
「先生と呼んだらな」
「くっ」
悔しがっているが、それでもプライドよりも成長欲のほうが強いらしい。
「……先生!!」
なんか照れをごまかそうとして気合がめっちゃ入ってるけど、良しとしよう。
「あれはなんの魔法ですか?」
ようやく認めてくれた。
詐欺師、詐欺師と言われていたのに、とうとう先生と呼ばれてしまった。今日という日を俺は忘れない。
「もう一回呼んで」
「殺すわよ。調子に乗らないで」
「あっはい。ごめんなさい」
視線がとても怖かったので、素直に謝っておいた。
「俺はシールド・レイアレス。今も昔も、使える魔法はたったの一つ。バリア魔法だけだ」
「はあ?私の魔法を防いだのが、全て初級魔法のバリア魔法だっての?次、冗談を言ったら殺すから」
冗談じゃないんだが!!
本当のことなのに、殺されるんだが!!
「言ってんだろ。あの国を覆うバリアを張った人物だって。俺はバリア魔法しか使えなんだ。けど、バリア魔法で宮廷魔法師にまでなった男だ。……本当だぞ?」
ここからでも見えるヘレナ国を覆う巨大なバリア。
あれは間違いなく俺が作ったものだ。
アメリアの視線もそちらに向いている。
バリアを見て、俺を見て、それを何度か繰りかえす。
「シールド・レイアレスって、本当にあのシールド様なの?本当に、本当に、ヘレナ国10人の宮廷魔法師、シールド・レイアレス様なの?」
「最初からそう言っている」
「あり得ない!世紀の天才、シールド・レイアレス様がなんでこんなところにいるのよ!そんなのあり得ないでしょ!国の英雄を、生ける伝説を追放する国がどこにあるのよ!」
だっ、だよな?
「でも、本当なんだよ」
前にもこのやり取りをした気がするが、あの時は信じて貰える気配がなかった。
けれど、今日の実戦で少しは信じて貰えたらしい。
アメリアの自信に満ちていたその顔が、徐々に青ざめ行く。
「まっ、まさか。本当にシールド様なの?」
「えーと、はい。そうです」
初めまして?
「きゃああああああああああ」
アメリアが顔を真っ赤にして、走り去った。
何度も名前と職業を名乗っていたのに、今さら反応された。
なんだあの乙女っぽい反応は。
まさか、俺のファンだったりするのか?
あの、冷酷そうに見えたアメリアが?流石にない……よね?