67話 バリア魔法と魔法の極致がぶつかると
何が起きようが、相手がどれほどの存在だろうが、俺はまずこれを言ってやらなければいけない気がした。
「お前な、魔法を勉強する前に常識を学べよ」
常識とか普通とか、そういう強制的に他人を枠にはめるような言葉が俺は嫌いだ。
嫌いな言葉や考えを口にしてまで、それでも俺には伝えたいことがあるんだ。
「パンツ履けよ!」
バリア魔法でどうしようもないことは、次第に無くなっていると思っていた。
しかし、その考えは浅はかだったとイデアが教えてくれる。
目の前で露出された股間は、目にバリア魔法を張った俺にも精神ダメージを与えてくる。なかなかに強烈な光景だ。
そこ、デリケートゾーンだから。
いろんな意味でデリケートだから!
大事な部分をそう簡単に露出するもんじゃない。ブルンブルンさせるな!
「ふっははは、先ほども言ったであろう。余は王。世界の王になる男だ。余が着ているといえば、それこそが真実。見えぬと申す者こそが偽りであるぞ」
「そういうのをなんて言うか教えてやろうか?」
「申してみよ」
「変態って言うんだよ」
バカとも言う。
パンツを履いていないのに、こいつが履いていると言えば履いていることになるだと!? そんなくだらない世界、ぶっ壊れてしまえばいい。
こいつにだけは、世界の覇権を握らせるわけにはいかない。俺に謎の使命感が沸きあがってきた。
全く、散々存在だけが俺の中で大きくなって、不安感を煽ってきてたというのに、蓋を開けてみればただの変態だった。
俺のバリア魔法に傷一つ付けられないない派手なだけの魔法を使う、股間晒しのダークエルフである。今のところ、評価はそんな感じになる。
辺りの戦いが激しくなっていく。
ギガが数人まとめて殴り倒しているのが見えた。殴られた相手が降り注ぐ隕石のごとく海に突き刺さっていく。
俺たちよりも高いところではアザゼルとベルーガがドラゴンの相手をしている。
こちらが優勢に見えるが、いつまでも変態に時間を割いている場合じゃないな。
「イデア、いつまでもお前の変態ファッションショーに付き合っている暇はない。とっとと終わらそう」
「余に勝てると?」
実際、開戦前まで自信はあまりなかった。やってみないとわからないなと感じていた。
やたらと評判の高かったイデアに恐怖した瞬間も多かったと正直に告白しよう。
ただし、今となってはもうそんな気持ちも消え失せている。
だって、俺のバリア魔法に傷一つ付けられないんだもん。
それってさあ、そこらのモブと一緒ってこと!?
派手な魔法は周囲に影響こそ及ぼすが、俺のバリア魔法を突破できないのでは勝負は決しているも同じだ。
「悪いが、勝たせて貰う」
「やってみせよ。至近距離に来たこと、後悔するがいい。くははは、太陽の魔法で焼き尽くされるが良いわ」
イデアの片手に、先ほど太陽と見間違えた球体が現れた。
遠目からでもすごいものだとわかっていたが、こうして近くで見るとやはり恐ろしい魔法だ。
魔法の極致に至った男の使う魔法は、規格外。それでも……。
『太陽の魔法』
『バリア魔法――魔法反射』
お互いの魔法がぶつかり合い、あたりにまたも天変地異かと見間違うような異変を引き起こしつつ、すぐに決着がつく。
「そのまま返すぞ、イデア」
バリア魔法を突破できなかった太陽の魔法が、そのままの威力でイデアに跳ね返されていく。
恐ろしい威力を持った魔法だ。それは作り上げたイデアが一番わかっているはず。受ければただでは済まないぞ。
しかし、直前でイデアも新しく魔法を使う。
神秘的な光を放つ大木を生みだし、複雑に絡み合った枝葉が太陽の魔法をからめとる。その衝撃を殺していき、威力を相殺するように飲み込んだ。
それでも太陽の魔法の威力が勝ったみたいで、最後に大きく爆発が起きた。
爆発の跡に残ったのは、ローブも吹き飛ばされて素っ裸になったイデアだった。ダメージは負っているが、まだまだ戦えそうだ。
……最悪である。
よりにもよって、服だけが吹き飛んでしまった。
相手が美女であればなんというご褒美展開だと喜ぶところだが、股間に一物をぶら下げている男の全裸を見せられても誰得状態だ。
「……納得がいかぬ。なぜ、余の魔法が押し返される」
「俺のバリア魔法は硬いからな」
イデアの顔色が徐々に悪くなっていく。
空から奇襲したとき、イデアの表情が明るくなったと感じた瞬間があった。
てっきり、最初の一撃でバリア魔法に傷一つ付けられなくて絶望しているものだと思っていた。
それなのに、妙に勝気だったから不思議だったんだ。
「まさかお前、バリア魔法には勝てないのに、俺には勝てると思っているのか?」
「……!?」
愚か者め、そのバリア魔法を作り上げているのが俺なんだ。
バリア魔法の生みの親が、ただそびえ立つバリア魔法より劣るはずがない。
やはり勉強しすぎたやつは駄目だな。もっと単純に生きるべきだ。
「イデア、勉強しすぎて頭のおかしくなったお前に終止符を打つ。安心しろ、エルフの島は俺が上手に活用してやる」
「……ほざけ!」
イデアが魔法を放つ。
それも無数に。
見たことのないありとあらゆる魔法が飛んでくる。
色鮮やかで美しい。当然ただのバリアで防いだ。
「何か、したか?」
「なっ!?」
驚愕の表情を浮かべるイデアは困惑しつつも、攻撃こそ最大の防御と言わんばかりに、更に数を増やして魔法を乱射する。
あらゆる方向から飛んでくるので、球体状のバリア魔法で体を守った。
これだけ攻撃してくれるのはありがたい。
相手の手数が増えれば増えるだけ、俺の手数も増えるというわけだ。
『バリア魔法――魔法反射』
お前が作り上げた無数の魔法、そして使いこなすその魔法を、全て跳ね返す。
襲い掛かってくる美しい魔法が全て、イデアに跳ね返る。
また新しく守りの魔法を使っているみたいだが、持久戦なら負けはしない。
なぜなら、俺が使っているのはただのバリア魔法。初級魔法で魔力消費も少ないんだ。しかも、今のところ受けたダメージもなし。持久戦には最適。
「とことん付き合うぞイデア」
「そうか。それは感謝する」
イデアの声が俺の背後から聞こえた。
俺の視線の先に見えるイデアは、撥ね返した魔法に貫かれて木っ端みじんに消えていく。魔法を食らったその体は、まるで生身のようだった。
俺のバリア魔法の魔法反射は、そのまま使用者に跳ね返る。
ダミー魔法ではごまかしきれないはず。しかし、現実にイデア本体と思われる存在が背後にいる。
「分身魔法も極めれば、限りなく本体と同じに寄せることも可能ということだ」
そういうことらしい。
全く、恐れ入る。
これが魔法の極致に至る存在か。
反射した魔法を食らったイデアは、もしかしたら最初から本体ではなかったのかもしれない。背後に回ったイデアこそ、ずっと身を潜めていた本体というわけか。
「次は正確に撥ね返す。ダミーはもう通用しない」
そういう魔法が使えると認識できた時点で、俺の魔法反射は正確に本体を追うことができる。
小細工は一度までだ。
「ダミーはもう必要ない。力はたまっている」
ただ隠れていたわけではなかったということか。一応、やることはやっていたらしい。
「これで終わりにしよう。ダークエルフの真の恐ろしさを体感するがよい。これが原始の魔法にして、最強の魔法であるぞ」
イデアの片手から、透明な刃が現れる。
透明だが周りの空間に馴染んでおらず、少し浮いて見える。注意してみれば、はっきりと形が分かる。
……魔力で作り上げた剣か。
それも恐ろしく魔力の籠った代物である。隠れてしこしこ……こそこそとこんなものを作っていたのか、イデア。
凄まじいものだと思う。素直に称賛する。こんなもの、人類では一生かけても作れないだろう。未来永劫、見ることのないものかもしれない。そう思わせるほどの魔法であり、魔力だ。
初見だったら防げなかったかもな。
バリア魔法――魔法反射を使った俺は、この刃に貫かれていたかも?
いいや、そんなこともないか。
少し戸惑いながらも、結局はバリア魔法が勝っていたに違いない。
魔法の極致に至ったイデア、お前は俺のバリア魔法に屈するのだ。
「これでおしまいだ。原始魔力の刃」
「バリア魔法――魔力反射」
最初にヒントをくれたのはそちらだ。
盛大に散るがいい、イデア。
魔力の刃と、バリア魔法がぶつかり合う。
攻撃を受けた俺にはその凄まじい威力が分かる。けれど、静かな決着となった。
衝突からしばらくし、刃を跳ね返す。
おそらくこの世で一番切れ味の良い魔力の剣が、イデアの首を刎ねる。
すぱっと綺麗に切り裂き、裸の王様は息絶えた。
あっけない幕切れだったな。
悪いが、死の領主の俺に挑んだ時点で、お前の首が飛ぶことは決定していた。
この勝負、俺の勝ちだ。
ダークエルフとの戦争は、大将の首を取ったことでこちらに大きく傾くことだろう。
味方に勝利を知らせなくては。
さあ、勝鬨を上げるか。




