62話 バリア魔法で釣り
「シールド様、餌になってください」
「なんで!」
あの素直で優しいことで有名なベルーガがこんなことを言いだすなんて!
サマルトリアの荒れた海を前にして、大量の魔物が泳ぐ光景を見た。
正直思っていたよりも魔物が多い。
超大物商会、コーンウェル商会が苦情を入れてきたのも無理はない。
港に資金を投入する前に、魔物はどうにかしないと。
俺とベルーガだけでなんとかなりそうではあるが、効率よくできないものかと考えていた。
そしたら、ベルーガがとんでもない発言をしだす。
俺を餌にだと?
領主ですけど !い、一応大事な立場だけど!
ベルーガさん、普段から俺のこと褒めてくれてたじゃない。尊敬している的な発言が多かったのに、なんでこんな子になっちゃったの!?
「申し訳ございません。しかし、シールド様って絶対に無事じゃないですか」
「そうだけど」
これは心情的な問題でして……。
餌になるという立場がどうも。
いやいや、何を俺は勘違いしているんだ。所詮この身一つで得た立場じゃないか。バリア魔法が無ければ俺はただの人だ。
こういう汚れ仕事も進んで受けねば。それでこそ人の上に立つ者のあるべき姿だろう。
ちょっとだけ心を入れなおした俺は、提案を飲むことにした。
「仕方ない。俺、餌やります」
「ありがとうございます、シールド様。本来なら私がやるべきところ、能力が足りず」
いやいや、餌になる能力なんて普通は必要ないから。
自分をあまり卑下しないように。
それに今回の海の魔物討伐はベルーガがメインになる。
なにせ俺は餌で、釣るのはベルーガの役割だ。
二人で話し合って、作戦は決まった。
例のバリアの四角い箱を作り、俺が中に入る。
そして、この四角い箱の下に、もう一つバリア魔法で四角い箱を作り上げ、二つを引っ付ける。
バリア魔法のケースだけだと海にプカプカ浮かんでしまうが、下に引っ付けたバリア魔法のケースに少しだけ穴をあけて水を入れる。
「おおっ」
水かさが増えるごとに沈んでいく。
作戦成功である。
あまり入れすぎて、深くまで沈みすぎても怖いので、穴は何度か塞ぎながら水嵩を調整していく。俺のバリア魔法で作り上げたケースなので、穴のサイズの微妙な調整も可能だ。
そして上手に微調整した結果、海の中腹まで沈むことができ、そこで停止した。
「ふぃーこえー」
薄暗い海の中に一人ぽつんと、バリア魔法のケース内で佇む。
泳ぎは得意じゃないし、海ってなぞの恐怖感があるよね。
さてさて、ここまで上手に来られたし、餌の役割の仕上げといこうか。
このまま魔物が食らいつくのを待つのもいいが、それではあまりに時間がかかるし、餌としての役割不足だろう。
ベルーガに渡された魔石に魔力を注ぎ込む。
魔物が好む独特の周波を放つ魔石らしく、ダイゴに改造させて魔力を流すとその周波が増幅するようになっていた。
ダイゴに既に改造させていたってのが、俺はどうも気になった。
そういえば、この海の魔物を駆除しに行くと言いはじめたとき、アザゼルは忙しそうにしてたから誘わなかった。しかし、ベルーガは見るからにやる気だったので一緒に連れてきたのだが、もしや前々から計画を練っていた!?
俺を餌に魔物を釣る計画。ダイゴに改造させて準備していたということは、そういうことになるよね。
ぐぬぬぬ、素直で優しいベルーガだと思っていたのに、釣り大好きマンだったか。俺も釣りは好きだから、気持ちはわからなくもない。釣り好きという同じ趣味に免じて、今回は許そう。
「こんなもんかな?」
適当に魔力を注ぎ込んだが、俺はダイゴの才能を侮っていたかもしれない。
いや、侮っていた。
もっとあの天才少年のことを理解しておくべきだった。
魔力を流したあと、海の中で轟音が鳴り響く。
振動が押し寄せ、それに連なって波も荒くなってきた。
俺の目の前に、大量の魔物が群れを成して襲い掛かってくる。
高速で泳いでくる勢いに任せ、巨大な白いサメの魔物がバリア魔法のケースに噛みつく。ガキンと鋭い音が鳴り響き、サメの歯が砕け散っていた。衝撃に意識を失ったみたいで、腹を上にしてプカプカと浮かんでいく。
どんな勢いで噛みついてんだ……。
あれに噛まれたらひとたまりもなさそうだが、残念ながらバリアは壊れそうにもない。
次々と寄ってくる魔物で、バリア魔法のケース内は真っ暗になった。上から注がれていたわずかな光が、魔物の体で完全に遮断されている。
バリア魔法のケース外でもみくちゃになる魔物たちは同士討ちをはじめ出している。このまま放っておいても、なんか駆除になりそうな感じだ。
全く、ダイゴのやつめ。どんな代物を作り上げてんだ。
ちゃんと手加減しろ。これだけ群がるなんて聞いてないぞ。
何もできそうにないのでのんびりとその様子をうかがっていたら、バリア魔法のケースから魔物が剥がされる。
「おおっ!?」
ようやく空いた隙間から光が差し込み、わずかに明るくなったバリア魔法のケース内。驚きの光景が、隙間からわずかに見えた。
そこに、桁違いに巨大なタコの魔物が見える。
青い体に、額に美しいサファイアのような宝石を付けた、タコのような見た目をしている。
その長い触角は深く暗い海の底まで伸びていて、一体どれほどの規模かわからない。
見えている部分の脚が、水の中を起用にうねうねと動く。俺に群がる魔物をひたすらに剥がして、その巨大な嘴の覗く口元に放り込んでいた。
「入れ食い状態だな」
俺がバリア魔法に囲まれて、魔物を呼び寄せる。それをクラーケンが食べると。これが餌の仕事か。
楽でいいかもしれない。
その巨大クラーケンの上には、大きな泡に包まれてクラーケンに指示を出すベルーガの姿が見えた。
魔獣使いベルーガ。以前から能力は知っていたが、こんな桁違いの魔物まで使役するとは知らなかった。
指示の内容は、たまにクラーケンが興味本位で俺ごと飲み込もうとしているのを制御しているみたいだ。あとは好きにやらせている。
あの暴食のクラーケンは、俺のことも餌としてみているのか。
大事なくちばしが割れるから、やめといたほうがいいぞ。俺のバリア魔法は堅いんだ。
入れ食い作業は、1時間くらいで終わった。
ダイゴの改造魔石の威力がすさまじく、ここら一体の魔物をほとんど集めてしまった。
それを全部食べてしまったクラーケンにも驚きだ。体の大きさは流石だが、食欲も桁違い。
仕事を終え、ベルーガがクラーケンを労っていた。
巨大な頭を撫でまわしてあげ、ポンポンと頭を叩いてあげれば、クラーケンは深海へと帰っていく。
ユラユラと足を揺らしながら深い海に消えていく姿は、俺に一つの疑問を生じさせる。
……あいつ普段から海にいるんだ。
てっきり、召喚魔法みたいに違う世界からやってくる生物かと思ってた。あんなのいたら、もう海水浴とかできねー。こわー。
泡に包まれたベルーガが、上を指差して浮上していく。
どうやら、仕事は終わったみたいだ。
水の入ったバリア魔法のケースを消す。これで重石はなくなった。
俺と空気だけが入ったバリア魔法のケースが浮上していく。
すいすいと浮上する光景はなんだか気持ちが良い。
水面まで浮上し、バリア魔法を消して、陸まで上がった。
ケース内の空気より、外の空気は冷たくて新鮮な感じがした。ぷはー、流石に一時間くらいが限界だろうか?あれ以上は空気が心配だ。
「うまく行きましたね。シールド様」
「そうだな」
微笑みながら話すベルーガが楽しそうで何よりだ。
「あの子、大食いで手のかかる子なんです。いつも獲物をとることをさぼって。良かったら、今後も餌……お願いできますか?」
なるほど。壮大な釣りをしたかったわけではなく、使役している魔物の面倒を見てやりたかったわけか。
ベルーガが珍しく俺を餌になんてするから、どうしたんだろうとか思っていたが、しっかりと事情があったわけだ。
可愛がっている魔物のお腹を満たしてあげたいという思い。やはりベルーガはどこまでも優しい魔族だ。
初めて会った時から彼女はどこか優しくて、面倒見の良さがにじみ出ていた。日に日にそのイメージが現実のものになっている。
「ああ、魔物が増えたらやろう。俺にしかできそうにない仕事だしな」
ベルーガの白い頬が赤く染まる。
嬉しそうに目を細めて、小さく笑ったのが見えた。
「ありがとうございます。やはりシールド様は最高のお方です」
「そうか、そうか」
もっと褒めてくれ。
コーンウェル商会の失礼なしまいに罵られて、俺はまだ傷ついているからな。
それにしても、また一歩ベルーガとの距離が縮まった気がする。
俺はバリア魔法を褒められると無性に嬉しいのだが、ベルーガの場合それが使役する魔物になるんだろうな。
グリフィンを誉めた時も嬉しそうにしていたし、クラーケンのお腹を満たしてやったらこの喜びようだ。
彼女が何で喜ぶかを知れたのは、大きな収穫だ。
「クラーケンは凄いな。あいつは本当にすごい魔物だ」
「……私は、凄くないのでしょうか?」
「へっ!?」
い、いや。すごいけど。クラーケンを誉めたらベルーガも喜ぶと思ったから。
なんだそのいじらしい表情は。
なんだか、ベルーガの見てはいけない可愛らしい一面を見てしまった気がして、この日の夜は少し寝つきが悪かった。




