60話 バリア魔法の謎効果
出来上がった交易所はさっそく多くの声に後押しされて稼働しだした。
ウライ国側からの商人も利用し始め、ミナント側からも山を切り拓いてこの地に集うようになる。
交易所は大きいものを造りすぎたかなと心配もしていたが、今でさえ人が押し寄せていて、賑わっているので今後はジャンルごとに交易所をまた建設する必要があるかもしれない。そんなうれしい悲鳴が聞こえてきそうなくらい現場はにぎわっていた。
聖なるバリアによって危ないものは通過できないので、全ての行商人はバリア魔法のない関所を通っている。通行税も入国税、関税すら取っていないので人が集うのも無理はない。商売の利益から少し税金をいただいているだけでこの懐具合の膨らみようだ。恐ろしい。領主というのは、なんと美味しい商売なのだろうか。
うちの領地は税金が安い代わりに、不正したものは首が飛ぶことを通達しているので今のところ大きな不正も見つかっていない。皆しっかりと税金を支払ってくれているみたいだ。ミライエ領民は真面目らしい。決して、恐怖政治ではない。たぶん。
「ね?」
「はっはい」
今年一番税金を納めてくれた商会のトップに笑顔で確認を取ったところ、恐怖政治は行われていないという言質をとれた。
「圧力はなかった。君は何も怖い思いをしちゃいない。いいね?」
「あっはい」
にっこり。
今日も我が領地は平和だ。
交易所のもっぱらの注目品目は、やはりというべきかウライ国の茶葉だった。
以前あの美しい王宮を訪ねた際に飲ませて貰ったお茶の国本場の味は流石としか言いようがない。もはや美しいと表現できる素晴らしい香りを放っていた。
あの味が今でも忘れられない。
海ではどうしても湿気にやられて品質が落ちるし、今までの陸路よりも短くなったこの交易路はより一層品質を保つことができる。
おまけに茶葉に高い税金をかける土地も多いらしく、その差もあって今交易所では非常に茶葉の取引が活発になっていた。
ミナント側からもたらされた油も非常に好評で、我が領地のショッギョも人気らしい。
この3項目がいまのところホットな商品となっている。
我が領地も負けないように、今後もっと名産品を生み出さなくては。
交易所の取引だけでなく、うちの領地で商売している者からは全て利益から税金を取ることができるのだが、最近では他国からの人が増えすぎて交易所を利用しない個人間の取引も増えたのだとか。
まあ、そこはいい。
好きにさせてやろう。交易所を利用する旨みがないのなら、施設として終わっているからな。
そういうことで、交易所では大量に買い取ることをメインとし、大量買いのメリットとして安く買い取れ、その分安く需要のあるほうに流せるという面がある。
大きい交易所にしたので、保存の効くものは在庫も抱えやすい。
交易所の強みを前面に出すことで、やはり利益は出始めた。
健全な運営ができているみたいなので、もう安定稼働を心配することもない。
交易所を運営する資金は、実はもう手元に資金がなかったので、これも土地を売却したお金で賄っていた。
東側の先行的に売り出した土地にはすでに宿ができ始め、人々の流れがそちらに偏り始めた。
人が一度増えると止まらなくなり、ここの土地、特に交易所近くや街の中心から伸びる街道付近の土地を買いたがる商人や貴族が現れだした。
他国や、ミナントの貴族も押し寄せる。
ルールを守らなければ首が飛ぶことを条件に、目玉が飛び出るような価格で土地が次々と売れていった。
土地はまだまだあるし、それだけの値段を出してくれるなら一等地を明け渡してもいいだろう。
サマルトリアはまだまだ開発段階だが、すでに人々の間で周知される存在となりつつある。また領民が増えそうだ。
なんとも順調で素晴らしい。
そんな話を毎日アザゼルとしていたら、少し不思議な報告を受けた。
「最近ミナント全体で疫病が流行っております。それほど恐れる必要のないものらしく、すでに流行りも制御できているとのこと」
「そんなことがあったのか」
「そう。我々は全く知らないのですよ。その情報を」
なぜ?
全く知らされていなかったから?
ミナントとはうまくやれているはずだし、ここはまだ自治領という立場だ。関係は密接だと思っていた。
情報を共有しないのはなぜか凄く気になった。
「なぜならば、ミライエには全くその疫病が流行していないどころか、感染者が一人もいません」
「そんなことあり得るのか?」
「あり得ているから困惑しているのです」
不思議なことがあったものだ。
まさか、ここは奇跡の土地なのか?
「もしやと思うのですが、聖なるバリアが関係しておりますか?」
「知らん」
「隠さずとも、教えてくれれば……」
「いや、知らんけど」
本当に知らない。バリア魔法にそんな謎効果があるなんて知らない。
個人を癒すバリア魔法なら使える。以前それでアメリアの怪我を治したことがある。他にも軽い病気なら治せたりするけど。
「これは知らない」
「本当ですか?」
「本当に」
なぜ疑う。
いや、疑いもするか。
自分の使う魔法の効果を理解してない人間なんて普通はいない。
俺も理解しているつもりだ。しかし、疫病から防ぐなんてそんな話は知らない。たぶんそんな効果はない。知らんけど。
「領内の出生率と婚約数が激増していることは?」
「それは領内が豊かになったからだろう」
「死亡率も、病人の数も激減しております」
「それは……領内が豊かになったからだろう」
答えが出なかったので、繰り返しておきました。
「ふむ、おそらくシールド様にも把握しきれていない効果があるかと。少し調査させますか。どこまでが聖なるバリアの効果で、どこまでが領内の発展のおかげか切り離して分析しなければ」
「そのデータはもしかして、バリア魔法がなくなった後の世界のためか?」
少し間があった。
答え辛い内容だったかもしれない。
しかし、口を滑らせたのはそちらだぞ。答えて貰おう。
「はい、その通りです。申し訳ございません。失礼なことを口にしました」
俺が死んだ後のことを考えていたことを認め、アザゼルが謝罪した。
「お前たちは長生きだからな。そんな先のことを考えるのは当たり前なのかもな。別に攻めてるわけじゃないよ。ちょっと発想が面白かったのと、たまにはアザゼルをいじめてやろうと思っただけだ」
あっははははと高らかに、上機嫌に笑いが出た。
なにせ、アザゼルは普段から隙が無いからな。こうしてたまにいじめてやるチャンスが来ると、俺は盛大に愉快な気分になるのだ。
「……まあうすうす気づいているかもしれませんが、私をはじめとして、魔族はこの地を気に入っているのですよ」
「ほう」
黙って先を聞いてみた。
「シールド様がいる間、我々にとってここは安寧の地になるでしょう。しかし、その先、我々はまた自力で立たねばならない」
「大丈夫だろ。フェイがいるし、コンブちゃんもいる。きっと大丈夫さ」
俺の適当な答えに、アザゼルがまた少し黙り込んだ。
少し笑いを漏らし、珍しく穏やかな表情でアザゼルがこちらを見る。
「それもそうですね。私もシールド様くらい気楽に考えるように心がけましょう」
「それがいいな」
若干バカっぽいと捉えることもできる気楽に考えるという言葉だが、まあアザゼルが楽しそうで何よりだ。
「では、目先の仕事の話に移りましょうか」
「うっ」
さっそく仕事か。仕事は山積みだからなぁ。
「サマルトリアの港建設ですが、まずは魔物を駆逐しないといけません。すでに桟橋を作り、港として利用している商人もいるみたいです」
「しゃーない。俺がでるか。アザゼル、お前も一緒に行くぞ」
「もちろんでございます」
次の仕事が決まった。サマルトリアの海を綺麗にする作業である。
――。
オリヴィエ・アルカナはエルフから捧げられた珍しい果物を夢中で食べていた。
「うまい! もう一個!」
三日間、何も食べずに森をさまよっていた。
見たことのない果物があったが、食べていいものかどうかわからず、警戒していたらあっという間に日数だけが経過していく。
巨大な森は歩けば歩くほど奥に進んでしまい、気づけば海岸からかなり内陸方面まで来ていた。
オリヴィエは再び自分の方向音痴さに震撼した。
そろそろ空腹の限界を迎えようというとき、浅黒い肌をしたエルフの集団が、エルフの村を襲撃している姿を見つける。
あまりに凄惨で一方的な戦いに、気づけばオリヴィエは村を背にして、ダークエルフたちを一掃していた。
命を救われたエルフたちが、怪我の治療をしながら、恩人である飢えた顔のオリヴィエに食料を捧げる。
どれも見たことのない食べ物だったけど、恩人に食べられないものを渡す人なんていないだろうと考えて、3日ぶりに食料を口にした。
あまりのおいしさに、オリヴィエは美味しい以外のすべての感情が消えている最中である。
「きっとこの方だ。この方が長老のおっしゃっていた“お告げの人間”に違いない。遥々海を越え、この地にやってくる人間なんてこの方以外にあり得ない」
なんか重い話が来た。
ただ遭難して、この地に着いただなんて言い出せる空気感ではなかった。
「オリヴィエ様、どうか我々とともに長老のもとへ。あなたはお告げの人間だ。我々をダークエルフの支配から解き放つ、自由の使者」
「……たぶん、そうね」
迷っただけとは口が裂けても言い出せないオリヴィエは、お告げの人間としてエルフの国中枢へとさらに向かっていく。
オリヴィエは未だ、というか、全然シールドと会えそうにない。




