6話 バリア魔法は堅い。人を傷つけるほどに
「アメリア、来いよ。家庭教師として、俺が実戦経験ってやつを叩き込んでやる」
クビにならないために、そして彼女の弱点を補ってやるために、俺は名乗り出た。
ちょっとだけかっこよかったんじゃないだろうか。
アメリアも少し驚いた顔で俺のことを見ていた。
意外だったのだろう、俺が真面目に仕事をこなすのを。
「詐欺師がそんなことできるの?死んでも知らないわよ。以前の家庭教師もやたらと理論ばかりこねくり回して、実戦の段階で逃げ出してたわよ」
なるほど。
そういう過去があったのか。
俺に対する風当たりの強さは、その詐欺師故だった。
そいつコロス!
俺の安定高収入を脅かす者はバリアで押しつぶす。
「良いから来いよ。俺はむしろ理論より実戦派だ。俺の言葉に真実味がないってのは理解できる。だから、その体に教えてやる。宮廷魔法師の格ってやつをな!」
格好良く決まった。
自分でも信じられない程、風格が出ているんじゃないだろうか。
最初から取り繕う必要なんてなかったな。
俺は詐欺師じゃない。実力を見せてやれば一発だな。
「……いいわ。けど、今日はもう魔法を存分に使ったし、詐欺師と言えども殺したら目覚めが悪いわ。格闘家として相手をしてあげる」
「格闘家!?」
無理矢理、宮廷魔法師だけど!?
「ヘレナ国最高魔法師10名にもなる方が、格闘術の一つも使えないなんてことはないわよね?」
あるけど!
普通に毎日引きこもってバリア魔法だけを磨いてけど!
こちらの実力を見せるつもりが、予想外の展開だ。
「おい、フェイ。格闘ならお前に任せていいか?」
庭で日を浴びているフェイに話を振ってみたが、手をひらひらさせて断られた。
「ここの飯は結構うまい。その小娘を殺してしまっては元も子もないじゃろう」
フェイだと強すぎるという訳か。
見た目は少女だが、巨大なマグマの塊を投げ飛ばすもんな、こいつ。
本当に殺してしまう可能性があるので、しつこく頼み込むわけにもいかなかった。
「まさかこんな小娘相手に負けたりしないわよね?」
アメリアは随分と自信家だ。日々努力している自負があるのだろう。その目には、自身を疑った色は一切なかった。
うーん、負けはしないが、勝てる気もしない。
どこまでも俺の業はついてまわるらしい。
両社構えて、といっても俺は素人なので適当に拳を構えただけ。
見合って、試合が始まった。
相手の動きの速さにはなんとかついて行ける。
実戦経験は結構あるからね。
けれど!この女、マジで強い!
体の動きがしなやか且つとても速い。
直ぐに距離を詰められ、顔面に綺麗に蹴りが入った。
常人なら耐えられない威力だろう。常人ならね。
「……っ!?」
けれど、痛がってその場にうずくまったのは、アメリアのほうだった。
悪いな、俺は全身を覆うバリアを常に張っているんだ。
これは自分の身を守る最終手段なので、相当力を入れて作り上げたバリアだし、寝る前に毎日手入れしている。
最強のドラゴンであるフェイですら噛み切れない固さだ。
悪いが、少女の蹴りの威力でどうこうなるものではない。せめて魔法くらい使ってくれないと。
「なんていう骨の固さしてんのよ!!」
骨じゃないけど、脛にバリアが当たったように見えた。
あれはいたそー。想像するだけで、鳥肌が立つレベルだ。
「動きは素人同然なのに、体だけ異常に堅い!なんなのよ、本当になによこの堅さは!」
……これが宮廷魔法師の力だ!とは、ならないよなー。
「くぅー、もう一本よ」
当たり所が悪かったと思ったらしい。
俺としては断る理由がないので、もう一本試合を始める。
やはり動きは秀逸で、素でやれば俺に勝ち目が万に一つもないように思う。
そして、顔面への攻撃フェイクから、俺のガードが顔周りに上がったのを見計らって、がら空きのお腹へと拳を叩き込まれた。完璧な格闘術だ。
けど、結果は……。
「あ゛っ!?」
拳をかばうようにアメリアがうずくまった。
遠慮なしに殴るから……。
本当に殺意の籠ったパンチだった。それ故に、本人へのダメージもでかいだろう。
骨に当たらないようにお腹を狙ったんだろうけど、骨どうこうの話じゃないんだよなー。バリアだから。
「……どうなってんのよ。毎日鉄でも食べてるんじゃないでしょうね!?」
食べてこんな固さになれるなら、ちょっとやってみようか悩む。
バリアのことは言わない方がいいよな。ズルとか言われそうだし。
ちょっとズルっぽいけど、俺がバリアを解く理由はないよな。向こうからの格闘術の提案であって、俺は魔法バトルがしたかったからね!
「俺の勝ちでいいよな。俺に勝てていない以上、家庭教師をクビにはさせない!」
「言ってることがダサすぎるのよ。いいわ、まだここに置いてあげる。次は全力で戦ってあげるわ。それだけ堅いなら、私の魔法で死ぬこともないでしょうし」
「よし、そうしよう!」
俺は拳を握りしめ、今日の糧を勝ち得たことを喜んだ。
「フェイ、俺達まだここにいていいらしいぞ。今夜も食べ放題だ、風呂もある!」
「うむ、良きにはからえ」
フェイのやつも満足げだ。
食費は辺境伯持ちなので、ここで腹いっぱい食べくれるのは俺に一切の負担がない。実質宴だ。
人間のものは気に食わないと言いつつ、誰よりも食べるあのドラゴンは人の金で食べさせていかないと。
訓練が終わる。
痛んだ場所を庇いながら屋敷へと歩いていくアメリアの背中が少し寂しげだった。
格闘術とはいえ、敗北したのは初めてだったのかもしれない。
彼女に実戦と悔しさを植え付けられたのなら、俺の目的通りだ。
あれ?立派に家庭教師をしている気がする。
「アメリア!明日からも面倒見てやる!俺がいる間、常にお前の実戦相手になってやる」
「……うっさい、詐欺師。直ぐに追い出してやるから、待ってなさい」
「へっ」
やってやろうじゃないか。
安定高収入を守る俺vs詐欺師まがいの宮廷魔法師を追い出したい令嬢。
家庭教師として、ビシバシきつくあたってやるぜ。
と思っていたのに、次の日、庭にはアメリアのやつが来なかった。
何事かと思っていると、屋敷の侍女から事情を聴くことが出来た。
「体調を崩した!?」
あのアメリアが?
いかにも年中全力で生きてます。弱者は死んでくださいみたいな女が、体調を?
なんだか裏があるんじゃないかと思って、直接室内を見せるように要求した。
当然侍女に静止されたが、修業の大事な段階なのだと言えば、彼女も強くは出れなかった。
これが職権乱用である。
アメリアの部屋に入ると、その大きなベッドで確かに寝込んでいた。
しかも聞いていたよりもひどい熱で、悪夢にうなされているじゃないか。
濡れたタオルで頭を冷やしているが、こんなのあってないようなものだろ。
「仕方ない。俺が治療するがいいか?」
「しかし……」
「任せろ。俺はヘレナ国の宮廷魔法師だぞ」
免罪符のごとく金の懐中時計を見せつける。
困ったときはこれだね。本当に便利。
彼女の額を触ってみると、かなり熱い。
負けが思ったよりも彼女の精神を乱したのだろうか。プライド高そうだもんな。
そして腕を庇っているようにも見えたので、侍女に手伝って貰いながら手を見せて貰った。
「やっぱりか」
昨日少し違和感を感じていたが、手首が折れていた。内出血で晴れ上がり、普段の倍くらいのサイズになってしまっている。
「手伝おうか?」
声の主はフェイだった。
部屋の外からこちらを気にかけていた。
あいつほどの魔法使いなら回復魔法を使えたりするんだろうな。
けれど、必要ない。
家庭教師は俺だからな。
「いや、任せろ」
彼女の体を覆うように、バリアを張っていく。
「バリア――回復付与」
彼女の体を覆ったバリアが、癒しを開始する。
バリアはこんなこともできてしまう。
なにせバリアに包まれた空間は、聖なる空間になるからな。
天然の癒し効果は、怪我や病気を、そうなる前よりも良くしてくれたりする。
バリア魔法最強である。
あとはこれで一日安静にしていれば、彼女と明日から実戦の訓練を始められるだろう。