58話 バリア魔法使いの死の領主
コンブちゃんのことはアザゼルとベルーガも知っていた。
300年前の神々の戦争時代、リヴァイアサンは参加していなかったらしい。それでもその存在は偉大らしく、皆コンブ様と敬いながら呼んでいた。
ちなみに、滅茶苦茶大食いだ。ドラゴンだから仕方ないし、想定もしていたので問題ない。
コックのローソンがそろそろ死にかけないか心配になる量だ。近頃は弟子もとっているようだが、まだまだ下準備しか任せていないらしく、休みなく忙しい日々を送っている。
弟子たちもベルーガチェックを突破しており、ローソンのお眼鏡にも適う人材なので、後々が楽しみである。
しかし、問題は今現在不足していることだ。魔族からまた誰か調達しておこうと思う。
そんな感じで、コンブちゃんは日に日にミライエに馴染みつつある。
フェイと同じで文句は多いけれど働かない枠なので、少し煩わしいがそれでもうまくやってくれている。
そんなコンブちゃんが毛嫌いする人間の中でも、一人だけお気に入りを見つけたようだ。
「この者の綺麗な真ん丸さはなんなのです? んー、美しい。この人間は美しい」
美しいものに目がないコンブちゃんが気に入ったのは、御用商人のブルックスだった。
綺麗に真ん丸と太ったこの商人は、まじめに淡々と働き、俺の領地と彼の財布を日々膨らませている。
「この者をバリア魔法で囲い、私に捧げてくれぬか? 永遠に眺めていたい」
腐るね!
人間はすぐに死んで腐る、か弱い生物です。そんな取り扱いはやめていただきたい。
それにブルックスは今や俺のお気に入りでもある。
お腹をたぷたぷといじって挨拶を交わす親しき間柄だ。
「コンブ様は美しいものがお好きですか。今度手土産になにかお持ちしましょう」
「ほう、この者、いい心がけですね」
すっかりとコンブちゃんにも気に入られて、美少女の姿をしたコンブちゃんにもお腹をたぷたぷされていた。やっちゃうよね、それ。
コンブちゃんがただならぬ存在だとわかったのだろう。ブルックスは終始礼儀正しい。いや、こいつの場合、誰に対しても常に礼儀正しい。
その方が交渉がうまく周ることを知っているので、実利重視のブルックスからしたら当然の態度なのだろう。
こんなドラゴン連中に天才キッズたちまでも、毎度丁寧に対応できるこいつは素直に凄いと思うよ。
俺ならストレスで胃に穴が開いてしまいそうだ。
そう伝えてやると。
「いえいえ、毎日幸せです。これでも最近は楽しくて仕方ないのですよ」
少し労いの言葉をかけてやったら、意外な返答を貰えた。
これはストレスで太っていたわけではないと!?
「妻も喜んでおります」
幸せ太りだっただと!?
「本当に仕事に精が出ますなぁ。この年になって毎朝目覚めるのが楽しくなるなんて思いもしませんでした」
「そうなのか。俺もそれほどじゃないが、最近楽しいぞ」
「それは、それは。少しだけシールド様より長く生きている私から言わせて貰いますと、それは大変良いことです。一番大事かもしれません。ほっほ」
癒しの象徴みたいに笑う男だ。
ブルックス印の商品とか売りだしたら滅茶苦茶売れそうだ。いや、こいつの人形とかでもいい。普通に売れそう。
少なくともコンブちゃんは買うだろう。
「私は最近、少し考えさせられることがあるのです」
「何の話だ?」
「商人は商品を見る前に、まずは人を見よと教わってきました」
結局大きな利益を生み出すのは、人との関わり方次第だ。
物よりも大事という意見には頷ける。
「けれど、最近はそうではなく、巡り合わせというか、運と言いますか……そっちの方が大事だと思いまして」
それを言い出したら終わりなきもするが、頷ける話でもある。
面白そうな話題なので、黙って話を聞いた。
「実は以前他にも媚を売っていた領主がいたのですが、私は採用されず他の商人がその領地で御用商人に取り立てられました。今考えると、あれは私にとって幸運でした。おかげで今があります」
こいつの過去は本当に面白いな。そんなこともあったのか。
ただ、それは俺も同じかもしれない。
ヘレナ国を追放されていなければ、俺は未だにしがらみが多く、侮られた立場で宮廷魔法師をやっていた。
追放されて初めて自分の価値を知り、おかげで今がある。
「まあ何が言いたいかと言いますと、ただ感謝したいのです。シールド様に、そしてありとあらゆる巡り合わせに」
「そうだな」
珍しく利益につながる話じゃなく、いい感じの話をしてくれたブルックスのお腹をたぷたぷして見送ってやった。コンブちゃんもフェイもたぷたぷする。みんなでたぷたぷ。
偉大なるドラゴン二頭に気に入られるなんて、大した男だ。
今後も頼んだぞ、ブルックス。
そんな穏やかな時間を過ごした数日後、サマルトリアの街づくりに夢中になっていた時だった。
サマルトリアの街はかなり順調だ。
南の山が切り開かれて交易路を整備している。
東は急ぐ必要はなく、西と北にも力を入れ始めた。
北はウライ国とミライエを結ぶ重要な交易路となる。ボマーの遺産がなくなった今、最重要な土地になったと言ってもいい。
土地ごと貰えたので街の中心地を少し北寄りにして、計画変更をしている。これに少し手間取っているくらいか。土地が余ってきたので、また商人どもに土地を渡して金を巻き上げようかと思っている。ここまで来たら、偉大な街を建設したいからな。金はあるが、まだまだ必要になる。
更に、西にショッギョの産地ができたことで、ほとんど死んでいたアルプーンの街に輝きが戻ってきた。
ただの田舎町から、内陸部にありながら漁獲物採れる貴重な土地へと変貌している。
ショッギョの生産と販売にはいろんな人の手を借りているので、より一層その存在を輝かせることができて何よりだ。サマルトリアの街の近くに位置するアルプーンに豊かなダンジョンが現れたのは非常に幸運だったと思う。
西の荒野と森も、交易路の整備を急がせている。
全てが順調かに見えた俺の元に、急ぎの情報が入ってきた。
ブルックスが襲撃されて、治療魔法師の回復魔法を受けて療養中との知らせだった。
「本当か!?」
アザゼルの報告だけでは信じられなかったので、すぐにブルックスが療養中の街に飛んだ。
そこでは、治療院のベッドで寝転がるブルックスの姿があった。
顔色は良いが、少しやせて真ん丸とした可愛さが薄れている。
「なんだと……」
許せない、だれだ。ブルックスからあの真ん丸とした美しさを奪ったのは。
飲み友のフェイと、美しさ主義者のコンブちゃんにばれたら、領地が半壊してしまうぞ。
目覚めたブルックスから詳細を聞くと、どうやら妬みを持った同業者からの襲撃だったらしい。護衛を連れていたブルックスはなんとかなったが、護衛は重症だとか。
久々に、俺直々の案件が来てしまった。
俺のバリアで治療することもできるが、ブルックスは休んでいればまたあの真ん丸とした姿に戻れると報告を受けている。ならゆっくり休ませておこう。久しぶりの休暇になるだろうし。
「おやめください、シールド様。シールド様が直々に手を下せば、領民を不安にさせます」
俺が何をやろうとしているか、察したらしい。
「……ブルックス、バリア魔法使いの仕事を知っているか?」
これは俺の使うバリア魔法だけのことではない、一般的なバリア魔法使いも含めてだ。
答えられないブルックスに正解を教えてやった。
「バリア魔法使いは自分を守ること、仲間を守ること、それが仕事なんだ」
今回はブルックスを守れなかった。だから、次からはこんなことが起きないようにする。それが守ることに繋がり、バリア魔法使いの役割の広い解釈と取っていいだろう。
結局、守れればそれでよし。手段は関係ない。
最近は新参者が増えた。
この領地は税金が安く、ルールも少ない。
俺に権力が集まりすぎず、領民は暮らしやすい良い土地だが、どうやら勘違いした連中が出始めたようだ。
大手商会のトップが力を持ち始め、我が物顔で領内を闊歩していると聞く。
害がなければもちろん放置だが、よりにもよって最悪な行動をとった者がいる。
領民に手を出すのはもちろん許さないし、まさか俺の御用商人が襲撃されようとは。
領主の館に戻り、人を動員する。
軍を動かし、アザゼルとベルーガを伴う。
「仕事だ。一人も逃すなよ」
襲撃者と思われる、今はウンムの街を拠点としている新参者の大手商会へと乗り込む。
突如現れた領主と正規軍だったが、大手商会側は引かなかった。
むしろ、少し舐めた態度でこちらを出迎える。
「俺の御用商人がお前たちの襲撃にあったと聞いた。真実を確かめたい。代表者を出せ。場合によっては極刑だ」
「いえ、我々の代表はただいま忙しい身ですので。どうぞ、お引き取りを」
門前払いときたか。軍を率いてきたのが見えないのか?
「これは駄目ですね」
ベルーガのお墨付きもあった。
もう、話は終わりだ。
俺が死の領主だと知らない新参者が増えた。久々にわからせる時が来た。
こつこつ積み上げてきた名声を切り崩すことになるが仕方ない。
「歯向かう者は全員、首と胴体を斬り離せ」
「なっなんとう暴挙を!」
「やれ」
俺の合図でミライエの戦力が動き出す。
相手も武器やら私有軍を所持していたが、バリア魔法どころか、我が正規軍の前に勝負にもならなかった。
上がった首は数百。没収した金品は山のように積み上がり、土地も取り上げた。
また名声ポイントをこつこつ積み重ねかぁと感想を漏らした事後も、意外と領内では悪い反応はなかった。
むしろ、ベルーガの調査によると今回の騒動は領主の恐ろしさを知らしめる効果となり、領内の秩序が整う結果となった。
死の領主をやる度に、なんだかいい結果になるのはどうしてだろうか。
変な形で俺の名声がまた高まり、今回の正規軍が動く事件は幕を閉じた。
ブルックスは、今日もフェイとコンブちゃんにお腹をたぶたぷされてかわいがられている。




