55話 バリア魔法で捕獲調理食す!
正直、俺の腕前と、こんな木の端くれで魚を獲るのは無理だ。
俺の腕が3割、道具が7割悪い。そういうことにしておこうと思う。
「はようせい」
陸の上で寝転がって女王様が腹を空かせている。
不機嫌さが伝わってくる。
ついてきたのに、何も仕事をしていない。
まあ、それはいい。この後大事な仕事をして貰うから、どっちにせよフェイは必要だ。
木の棒を捨てて、大きく息を吸って再度潜る。
バリア魔法で息が長持ちするとはいえ、流石にずっとは潜っていられない。
なんとかきも魚を数匹でも獲って食べてみなければ。
少し工夫が必要そうだ。
初めての試みをする。
バリア魔法というのは、外からの衝撃には強く、内側からはすり抜けるようにできている。
一般的には守りに使うものと思われがちだ。ていうかそれが普通に正しいけど……。
けれど、今回は攻撃的なバリア魔法を使っていく。
魚群を見つけ、バリアを張って正面の逃げ場をなくす。左に反れたところを見て、遠隔でバリアをもう一枚。今度はそっちか!
バリアを作り上げること6枚。魚群を閉じ込める正方形のバリアが出来上がった。
確かに倒すことはできないが、長さ3×3メートルサイズ、正方形のバリアの中に軽く数十匹のきも魚を捕らえることに成功した。
「よし、ぼぽぶ」
喜んで少し多めに酸素を失ったが必要十分量は残っている。
広い水の中なら勝負にならなかったけれど、このサイズにその量なら流石にいける。
バリアを地上近くまで寄せて、バリアを自由に通り抜けられる俺も中に入る。
もがくこともう数分。なんとか数匹のきも魚確保に成功した。
出来れば新鮮なものが良いからな。バリアごとすべての魚を運ぶのはやめておいた。食べる量だけ都度獲る。
地上でぴちぴちと跳ね回るきも魚はイキのいい証拠だった。
頭についた2本の触角と、ぬめぬめした粘膜のある体、膨れた腹が若干きもいが、たぶん食べられる。たぶんってところがミソだ。
くくっ、そのためにフェイがいるんだから。
「フェイ、どうだ? 食べてみてくれ」
勧めてみる。
きもいし、怖いけど、フェイなら……。
立ち上がり、地上で跳ね回るきも魚を捕らえ、水でパシャパシャと洗った後、ぱくりとそのまま食べた。
何も下処理はいらないらしい……。恐れもない。ドラゴンの腹は丈夫で助かる。
「……うん、うむ、ん? ほう、あらら、うまいのぉ」
「え!!」
驚きだ。
フェイから『うまい』という言葉が出た。
相当お腹がすいたときか、超ご機嫌な時にしか出ない『うまい』の一言をいただきました。
今は超ご機嫌ってわけでも、かなり空腹ってわけでもない。
そんな中、うまいと言わせたのだ。これは相当うまいのでは? フェイセンサー的には満点といえる反応だ。このきも魚……もしや。
しかし、肝心なことが確認できていない。
「毒とかあるか?」
「知らぬ。あっても我には効かぬ」
それもそうだった。
全く、規格外のやつに毒見をさせても意味がなかったか。
かといって、俺も毒は聞かないんだよな。
身体の細部、つまり内臓にまで張った特製バリアが毒を中和してしまうんだ。
だからアルコールにも強かったりするが、今だけ解除するか?
しかし、こんなところで食あたりは勘弁願いたい。
アザゼルとかベルーガを連れてくるべきだったかもしれない。
いや、あいつらも毒とか効きそうにないなぁ。
俺の部下って毒とか効きそうにないやつばっかり……。どいつもこいつも怪物染みた連中だよ!
仕方ない。安全性を確認しないといけないし、解除するか。
解毒用の特性バリアを解除しておいた。
新しくバリアを張って、調理板にする。バリア魔法って清潔で頑丈だから! 便利だよね!
サバイバルナイフを取り出して、このゲテモノ魚を捌いていく。きも魚ではかわいそうなので、暫定的にゲテモノ魚と呼ぶ!
「大差ないのぉ」
フェイの意見は無視だ。
「ほう。意外と器用ではないか」
ゲテモノ魚を捌いていく俺に感心する。
「まあ料理くらいはしてたからな」
幼少期、特殊な環境で育ったため、大人数の料理を作ったことがある。
そのときの経験だな。
それに、この魚は細かい骨が少なくてさばきやすい。
綺麗に身を切り分け、内臓を取り出す。
血抜きも上手にできたので、臭みもなさそうだ。
食べやすいサイズに切っていく途中で既に気づいていたのだが、この魚脂身がすごい。
赤身で引き締まった身の部分と、脂身の部分に綺麗に別れているのも助かる。
特徴別ごとに切り分けて、バリアの調理板兼皿に並べた。
バリア魔法があってよかった。でないと野人みたいな食生活になるところだったからな。
刺身にして、花びらを模して並べておく。
「綺麗なもんじゃ。さて、いただくとしよう」
「待て待て、塩とかないか?」
「あるわけなかろう」
くぅ、これだけうまそうなのに、あまりに準備不足。
少し後悔しながらも、今回は美味しいものを食べるのが最大の目的ではない。それを思い出して、試食に入る。
「ん!?」
もちろん食欲そそるトロトロの脂身から口にした俺は、目を見開いた。
そして、自然とほころぶ口元。目がトローンと垂れる。
う、うんまー!!
なんだこれ!!
うますぎる。あまい、脂身があまい。
噛まずとも口の中の熱で溶けていく。自然と自分の頬を両手で覆っていた。
ゲテモノはやはりうまかった。先人よ、やはりゲテモノはうまいです! 最高だ。これは神食材である。
こんなうまいものが、このダンジョン内には溢れているだと!?
バリアの調理板の上にもまだ二匹、バリアで囲った中には数十匹。
何より、この広大な海のダンジョンにはこの魚だけでなく無数の魚がいた。……もっとうまい魚がいる可能性もある!
ここは宝箱だ。とんでもないお宝スポットを見つけてしまった。
先の展望ばかり考えず、目の前の食材に思考を戻す。
脂身の次は赤身を食べていく。
こちらも口の中で柔らかくとろける。ほとんど噛む必要がない身の柔らかさと、濃厚な旨みが口に広がった。
個人的にはこっちが好きかもしれない。
「ふむ、断然脂身じゃな。栄養価が違う。肌に良さそうじゃ」
栄養面とか美容面を気にするやつが酒場の酒を飲み干すか?
まあ野暮なことなので、言わないでおく。
「骨も煮込んだり、揚げたりすれば食べられそうだ」
「そんなことせずとも旨い。皮も旨い」
お前はな! これほどぴったりな反論もないだろう。
全てがうまい。触角もきもいけど、噛み応えがあってうまいんだこれが。
見た目以外は完璧である。
食べられる部位も多く、処理は簡単。粘膜は鱗の数段簡単にとれる。なんなら粘膜がこの魚の鮮度を維持してくれる役割も担ってくれている。なんだ、この人間様に食べられるために生まれてきたような食材は。いや、魚か。いやいや、魔物か。食えればどっちでもええか!
次に、枝などの木を集めてきて、石で囲って、フェイに炎魔法を吐いて貰った。
白と黒の消し炭にされてしまったので、もう一回。
「優しく! お前が思ってる優しさより、もう3段階くらい優しくだ!」
「わからんわい! もう火種程度でいいか?」
「うーん、火花くらいのイメージで!」
正解だった。
火花くらいの勢いの炎魔法でちょうど強めの焚火が出来上がる火力だった。
これが経験値ってやつだ。長い付き合いの俺だからこそできたフェイの火力調節。
普通ならこいつの規格外の力で焚火なんて作れないからね。俺の数少ない自慢できる事柄だったりする。
火を使えるようになったので、いよいよここからが本番だ。
ゲテモノ魚の口から細い木の枝を串代わりに刺して、火の傍で焼いていく。塩がないのはやはり残念だが、魚の脂身が焼ける香ばしい薫りだけで十分だった。
煮物は今回できそうにないけど、野菜と一緒に煮込んだら絶対に旨そうだ。
根菜と相性がいいに違いない。魚の脂を吸い込んで、きっとホロホロで濃厚な味になるんだ。スープも濃厚でとろける、最高だ! 想像しただけで涎と、脳内に危ない汁が出てきた。
「ほれ、焦げるぞ。ひっくり返さんか」
「はい、はい」
自治領主となった俺をこれだけこき使うのはこいつくらいだ。
まあ、俺もこっちの方が気楽でいいんだけどな。もともとただの庶民出身だし。
本来ならこういう扱いだけでなく、野生的な生活にも向いている。魚が焼け、火がぱちぱちと鳴る、解放された気楽な時間が俺を癒してくれる。
こんがりと上手に焼きあがったゲテモノ魚は、皮がパリパリと仕上がり、軽く焦げ目をつけている。
くぅー、見るだけでお腹がいっぱいになりそうだ。
幸せってのは、この瞬間のことを言うんだろうな。
早速焼きあがったゲテモノ魚に、ぱくりとかじりついてみた。
ぱん!!
頭の中で何かが弾けた。
間違いなく、なんかやっちまった。
うますぎて、体がいけない成分を作り上げている。ふ、震えまで!!
「うんま、うんま!!」
「最高じゃの。もっと焼けシールド!」
「うんまー、ううううううんまー!」
待て待て。これを食べてからにさせてくれ。
急いで食べ終わり、次の焼き魚に入る。
止まらん! このうまさは止まらん!
結局俺は刺身を含めて3匹分食べてお腹が膨れたが、その後もフェイの為に焼き続けた。
バリアの中のゲテモノ魚がすっかり食べ尽くされた。
それほどまでにうまかったのだ。
「ふぅー、これは悪くない魚じゃ。我が命名しようか」
「頼む」
俺はネーミングセンスとか、そういうのに自信がない。バリア魔法しかできないんだ、これ本当に。だから、こういうのを率先してやってくれるのは素直にありがたい。
「ショッギョ」
「いいね」
即答しておいた。
アルプーンの街に現れた海のダンジョンないでとれる魔物の魚。脂身が豊富で、赤身の部分も身が柔らかく美味しい。漁獲量問題を解決に導いてくれそうなこの魚の名前は、ショッギョに決まった。
少し不安なのは、俺たち二人ともネーミングセンスがなかった場合だが、そんなことあるわけないか! がはははは。
たいていどっちかセンス悪いと、もう片方はいいと相場は決まっているんだ。
「さて」
ここからが俺の仕事の仕上げだ。
この魚を流通させるためには、残りいくつかの工程を作り上げなくてはならない。




