53話 バリア魔法の領地、好景気なので給料アップ!?
フェイが目覚めたとの報告を聞いた。
どこかでほっとしている自分に驚いている。
「なんじゃチラチラ見てきおって」
最近はずっと忙しかったから、フェイと食事を摂る機会も減っていた。
こいつが目覚めてまず向かう場所なんて、食堂しかありえないので、俺も食堂に来て同じ時間を過ごす。
コックのローソンもこの時のために力を温存していたみたいで、フェイの前には30人は招けるような量の料理が並んでいた。ま、これ全部フェイのための量だけどね。
「ふむ、相変わらずどれも微妙じゃな」
「ぷっ」
出た。フェイお得意のケチをつけながら誰よりも食べる、いつものやつ。
これが出たらもう大丈夫だ。
完全回復である。
串にささった肉を何本も平らげる。
あの小さな少女の体に次々と入っていくのは不思議だが、正体がドラゴンなので何の違和感もない。
ドラゴンには胃袋が三つあるらしい。
一つは体に吸収され、一つは魔力に変換され、もう一つは食い溜めできるらしい。食べ放題の店で無双できる胃袋である。
「団子もいるか?」
「デザートはあとじゃ。わかっとらん」
「すまん」
俺はそこまで食事にこだわりが無いからな。腹が減って死にそうならなんでも食べるし、普段はこだわりもなければ好物も嫌いなものもない。腹を満たせればいい派である。
「食べ終わったら一緒に出かけようぜ。軍船を見に行こう。それと山がそろそろ拓かれるらしい。くー、この土地は楽しみが多いぞ」
「なんじゃ。はあ、子供のようにはしゃぎおって。危なかっしい。仕方なし、付いて行ってやろう」
こんなことを言っているけど、フェイもお出かけ大好きなのは知っている。
全く知らない人と酒場で飲んで奢らせるほどのコミュ力保持者だ。
アクティブなことに関心がないわけがない。
「最近領内が潤いに潤っててさ、つまりそれは俺の元にも金が集まっているということだ。どうせ俺には使い道がないし、今日は見て回るついでに査定もしようと思う」
「査定?」
そう、査定だ。
人の上に立つ者として、現場をちゃんと評価してやらねば。
流石に末端まで見ることはできないが、上を評価してやれば下への評価アップにも繋がる。
いずれは全体の給料を上げる予定だが、今は目立って活躍している連中に報いてやりたい。
「そう。お前の立場からも評価してほしいんだ。俺一人だと意見が偏る可能性があるからな」
「我の飯代にあてんか、そんな金があるなら」
「大丈夫だって。お前の食事代はいつだって確保しているから」
そんな愚かなことを俺がするはずないだろう。
常にフェイの飯代が優先。何があってもだ。これ絶対。
最強ドラゴンの怒りには触れたくないからね。こいつ、腹が減ると機嫌が悪いんだ、本当に。
災害時の為に貯えている呼び食料並みにある。
「じゃあまずはアザゼルとベルーガだな。二人は俺の傍でいつも働いてくれているし、文句なしに給料アップ予定だが、一応意見を聞いておく」
「却下!」
「なんで!?」
ちょうどタイミングよくアザゼルとベルーガが食堂に姿を現した。
二人が一礼し、フェイの話の続きを待った。
2人の前でも、フェイは容赦することがない。
「アザゼル、お主最近何か個人的な用事で金を使ったか?」
「……いえ、全く」
「ほーれ見たことか。こいつは昔から無欲なんじゃ。ベルーガ、お主は?」
「……グリフィンたちにリボンを買ってあげました」
「お前のものではないじゃないか」
グリフィンたちを始めとするベルーガが使役する魔物にかかる経費は別途支給している。
となると、フェイの言う通り、ベルーガもほとんど金を使っていない。
「金を使わない連中に金を渡しても無駄じゃ。金を腐らす。金は天下の回り物。宝の持ち腐れもいいところじゃ!」
たしかに……一理あるかも?
流石、黄金の王。天性の経済感覚がちょっとあるのかもしれない。
「アザゼル、ベルーガ、今のさらに数倍働けば給料を上げてやらんこともない」
「「はっ」」
二人してフェイに従順だった。それでいいのか……それでいいのか!
一緒に見て回るパートナーの人選をミスった気がしたが、本人がやる気みたいで今更なかったことにはできそうもない。眠っていた頃のフェイの方が可愛かったと思っても、もう遅い。
ご飯を食べ終わった俺たちは、次に造船所へと足を運んだ。
ここではブルックスが金と資材を集め、ダイゴ、ルミエス、アカネが軍船の改良を行っていた。
まずはブルックスが挨拶してきた。
こいつは御用商人として美味しくて安定した商売を回してやっている。直接雇用しているわけじゃないので、特別手当を出してやろうか悩んでいるところだった。
「却下!」
「……理由を聞かせてくれ」
「まんまると太りすぎ。如何にも何にも困ってなさそうじゃ。以降もしっかり働け!」
「ははあ」
フェイの威光の前に、ブルックスは頭を下げるしかなかった。地獄の査定が続く。
そして、肝心の軍船組だ。
オートシールドはあれからアカネの改良によって、魔法だけでなく物理的な攻撃にも反応している。
敵にこちらの情報が洩れているだけでなく、敵から学んでいるのはこちらも一緒。
オートシールドは、ついに魔力による攻撃にも反応するようになっていた。
進歩の速度が素晴らしい。
魔力の量によって誤反応があるらしく、まだ最終調整が難しいらしいが、実用可能な代物にはなっていた。
これは楽しみだ。
非常によくやってくれている。
「アカネ、ダイゴ、よくやってくれている。給料を――」
「却下!」
ぐっ。もう隣の鬼上司の意見を聞く前に給料を上げてしまおうかと思ったが、強引に言葉を遮られてしまった。
「なんじゃこの程度。大波を立ててやれば、一発でひっくり返りそうじゃのう。あまい、あまい。あますぎる!」
規模の違う話だが、一理あるかもしれない。
矢や小規模な攻撃には対処できるオートシールド軍船だが、確かにフェイレベルの相手には通用しないよな。
いや、そこまで考えだしたら、なにも作れなくなるけど……。
「僕は今のままで非常に幸せですので。むしろこのままでお願いします」
「アカネもー! 毎日楽しいし、ダイゴとルミちゃんがいればいいかな。お菓子買えるくらいあればぜんぜーんOK」
三人はすっかり仲良しみたいだ。
歳も近いし、才能もあるからだろう。近い世界が見えていて楽しいんだろうな。
思えば、アカネはよく笑うようになったし、よく喋るようになった。
俺と一緒に宮廷魔法師をしていたときは、二人して引きこもって書物にかじりついている時間が長かった気がするけど。
やはり話があう友人ってのは大事だな。真っすぐ育っている気がする。キッズが楽しそうにしている領地は、いい領地なんだ。たぶん。
アカネとダイゴは領で雇っている人材なので給料を支払っている。けれど、ルミエスは保護枠なので、何も金を払ってやっていない。
「三人ともよくやってくれているぞ」
「子供に大金を握らせても碌な大人にならん。ほれ、次行くぞ」
なんか、それっぽいことを言われて、まるめ込まれないか?
まあ、まあ……不満も出ていないしいいか。
俺を前にして不機嫌だったルミエスに飴玉だけあげたらめっちゃ喜んでた。ぷぷっ、あのキッズは扱いやすくて相変わらずおもしろい。
次は、いよいよ山を開通させたエルグランドとミラーの元へ行く。
俺の計画と、強い希望を実現させてくれた彼らには、流石に報いたい。
あそこは新時代の幕開けを告げる都市となる。その第一歩を踏み出させてくれたのだ。
功績はでかい、でかすぎる。
「却下!」
綺麗に切り開いて山を見て、感動している俺の隣でフェイが驚きの発言である。
まだ、何も言ってないけど!
何か意見を言ったのに、却下されるものだけど!
史上初の先手却下を決め、フェイはご満悦な様子だ。
「エルグランド、ミラーよくやってくれた。あれから事故もなく、本当に素晴らしい仕事ぶりだ」
二人は相性が良いらしく、このままタッグを組ませることにした。
軍人としての戦闘能力はそれほど有能ではないミラーだが、管理職に回すと途端に輝きだす。適材適所ってやつだな。
街作りは始まったばかりだ。景気づけに、給料をアップしておこう。
却下は聞かなかったことにさせて貰う。
「こんな山、我なら一瞬で平地に出来る」
……お前はな。お前は。俺たちはそんな規模で生きてないから。
それにフェイに任せたら、山だけでなく街まで綺麗さっぱり平らにされそうだ。
それでは困る。
「それにしても。エルグランド、ミラー、お主ら汚いのぉ」
「す、すみません」
「風呂の施設をもっと充実させてやろう。その代わり、給料アップはなしじゃ」
「いいんですか!?」
エルグランドをはじめ、ここの作業員たちが風呂という単語に食らいついた。
ミラーなんて、両手を合わせて目を輝かせて涙している。
え? なんかフェイの方が感謝されてない?
そんなのあり? ずるくね!
納得いかないけど、フェイの約束したことだけは手配してやろう。
神様! と叫ばれるフェイはとても上機嫌だ。
この場ではもう形勢逆転は無理と判断して、次は軍の宿舎へと向かった。
軍の規模は拡大しつつ、500名を超しつつあるこの場は、オリバーとカプレーゼが毎日皆を率いて厳しい訓練をしていた。
それは知っていたのだが、今日は特に活気に満ちている。
見れば、ギガがこの場にいた。
先日のダークエルフ掃討戦で最大の功績を残した魔族の戦士である。
やはり単純な強さということは、戦士の中では尊敬に値するらしい。
これまでどこにいたかは知らないが、ここに配属されたギガは生き生きとしていて、周りもいい影響を受けている。一人の存在でここまで空気が変わるのか。素晴らしいことだ。
「よう。日々、ご苦労。領地の平和はお前たちの存在によって守られていると言って良い。治安が良いのも、軍がしっかりしているからなのだろうな」
「却下!」
査定関連のことは何も言ってないけど!?
お前却下言いたいだけだろ!!
「オリバー、貴様はハズレを引きすぎじゃ。もっと自らの力を使いこなせ、馬鹿たれ」
特殊な憑依という力を使い、過去の偉人の力を借りることができるオリバーだが、最近はハズレと呼ばれる偉人ばかりを引いて役に立てていない。
言われてみれば、オリバー最近仕事してないな。初の給料ダウン者か!?
「す、すみません。シールド様、どうか見捨てないでください!」
「よくやってくれてるよ」
よしよししておいた。泣きつかれるおっさんによしよしなんて、人生初の経験だ。
「カプレーゼ、武器に頼りすぎじゃ。もっと身のこなしを磨け、愚か者」
「……ちぇっ。やっぱフェイ様にはお見通しか」
普段お調子者のカプレーゼもフェイの前では非常に素直だ。言われてみれば体の線が細い。武器を巧みに扱う彼女だが、根本的に戦士としての力が弱いのも確かだった。体幹を鍛えるように!
「他の筋肉バカどもには、金より、トレーニング施設を増強してやれ。そっちのほうが喜ぶじゃろう」
うおおおおおおおおおおという歓声が上がる。
……納得いかないのは俺だけだろうか。
そんな異様な空気感の中、一人前に進み出てくる男がいた。魔族のギガだ。
「どうした、ギガ。お前は給料アップがいいか?」
なっ! そうだろう! 俺に給料を上げさせてくれ! 頼むから!
「いや、金なんていらないです。必要最低限で結構」
「では、何か欲しいものが?」
この際物でもいい! ゴールドだろ? シルバーか?
「フェイ様と一度手合わせ願いたい」
!? これまた……。
「よかろう!」
体調も回復して、飯もたらふく食べたフェイだぞ!?
いいのか、ギガ。先日のバリアのダメージも抜けきっていないだろうに。
――軍の訓練場に、鈍い音が鳴り響いた。
殴り飛ばされたギガが、砂漠で力尽きたラクダのごとく横たわっていた。哀れ。
本日の査定結果、給料アップ者なし!
我が領地は、ブラック領地かもしれない。
「シールド、我は偉いからもっと金を寄こせ。ほれっ」
ポケットマネーから大量に金を出しておいた。フェイの飲み代が経費になる未来だけは阻止しておく。
この後、領内でもっとも有名な酒場で飲んでくるらしい。
「ったく」
まあ、平和だからいいか。
次回の査定はいつやろうか。そんなことを考えながら、俺は屋敷に戻っていく。




