5話 バリアを張った人。信じて貰えず
いよいよクビになるときが来た。
いや、クビになると決まったわけではないんだけれど。
天才魔法使いである辺境伯の娘に家庭教師をする時間だ。
中庭で日に当たりながら紅茶を飲んでいたご令嬢と、初めて正式な面会をする。
俺とフェイは泊り込みなので、今日からいくらでも会う機会はあるのだが、辺境伯を介して一度正式に紹介して貰えるみたいだ。
「アメリア、こちらへ。今日から家庭教師を担当して下さるシールド殿とフェイ殿だ。喜べ、二人はなんとヘレナ国の宮廷魔法師だったお方なのだ。お前の才能を伸ばせる方が我が屋敷に来て下さったのだぞ」
「まあ、お父様!ありがとうございます。このアメリア、父様の配慮に感動の涙が出そうです」
「あっははは。そうか、嬉しいか。とにかく、二人にしっかりと教わるといい。アメリアの将来の夢が叶うようにな」
「はい。ありがとうございます、父様」
二人の仲睦まじいやり取りに、なんだか第一印象からズレてきた。
食堂からちらりと見えたアメリアの印象は、今の明るいお嬢様とはだいぶ違ったから。
……これ、クビにならないかもしれない。
なんかふんわりと良い感じに、騙し通せるかもしれない。俺とフェイはまだこの飽食の屋敷にいられるかもしれない。
――。
「はい、じゃあ何者かさっさと正直に言って。そしたら痛い目にあわせずに、上手に追い出してあげるから」
「え?」
俺は思わずフェイの顔を見て、助けを求めた。
アルバート辺境伯がにこやかにこの場を去った後、ご令嬢の態度が急変した。
先ほどのニコニコとした笑顔は消え失せ、今は椅子にもたれ掛かって怖い視線で俺を見つめてくる。
口調もなんだか違う。
最初に見た雰囲気通りの人物に戻っていた。
クビにならないかもというあの話、あれはなしになりそうだ。
銀色の髪を風になびかせながら、その紫色の強い視線で彼女は俺をにらみつけている。
「何者って、アルバート辺境伯からも紹介されただろ。ヘレナ国の宮廷魔法師で、フェイは俺の付き人だ。家庭教師を頼まれて、君に魔法を教えに来た」
「ふーん、それは建前でしょ?金の懐中時計はホンモノみたいだから、どこかで拾ったの?それとも買った?」
「うっ」
視線が怖すぎる。口調もきつくて尋問を受けているみたいだ。
「父上は良い人よ。あの人の前で詐欺師を糾弾したら、騙された自分を責めちゃうような人だもの。だから私が暴いてあげる。痛い目を見たくなかったら、全て正直に言いなさい」
全てか……。
まあ、ここで良い給料を貰って働いていくためだ。
俺は全て正直に話すことにした。
「えっと、ここからも見えるよな?ヘレナ国を覆う巨大なバリア」
「ええ、当たり前でしょ?見えなくてもヘレナ国の国を覆う聖なるバリアは、大陸の常識としてみんな知っているわ」
ほう、そんなに有名なのか。
そりゃそうか、国を覆う程の巨大なバリアだもんな。
人の行き来は可能で、武器や魔法具の出入りだけは一部の解放した部分からしか出入りできないバリアだ。
俺の人生でも、最高傑作のバリアである。
作るのにどれだけの時間と労力をかけたと思っている。
「あれ、俺が作ったんだ」
「は?」
「だから、ヘレナ国を覆うバリアがあるだろ。あれは、俺が作り上げた史上最強のバリアだ」
「戯言もここまでくると、少し笑えるわね」
たっ、戯言!?
全て正直に言えと脅されたから、全て正直に言ってるだけだぞ!
目の前のアメリアご令嬢は見たところ、16歳かそこらか。俺より少し年下だ。年長者には礼儀正しくしろ!と心の中で反抗しておく。
口にするのは、なんか怖いのでやめておく。
「いい?ヘレナ国10人の宮廷魔法師は、大国ヘレナの1000万人を超す国民の最高位に立つ魔法使いよ。軽々しく名乗らないで頂戴。その高名は我がウライ国にまで轟き、特に聖なるバリアを張ったあの方は別格の存在……。私の憧れの魔法師でもあるの。次、気安く名乗ってみなさい?どうなるか思い知らせてあげる」
どうなるのか、思い知らせらちゃう!
でも、正直に言ってるだけなのに!
「ウライ国の人間も10人の宮廷魔法師に憧れているんだな。なんか、照れる。ありがとうな」
「出身国に制限はないはずよ。有能なら誰でも受け入れる。私もいずれあの輝かしい方たちと肩を並べるの。詐欺師に時間を費やしている暇はないのよ」
確かにみんな凄い魔法使いだった。
アメリアから感じる魔力のオーラは、彼らに近いものがある。
彼女は真っ直ぐ育てば、宮廷魔法師になれる器だと思う。家庭教師がちゃんとしていればだが……。
「さあ、そろそろ白状したら?自分が何者かを」
「……さっきも言っただろ。俺はあの10人のうちの1人なんだよ」
宮廷魔法師の、つまり自分の名前はもう一度名乗ることはしなかった。
クビにされたくないので!
辺境伯はすでに紹介してくれたが、たぶん彼女は聞いていないだろうな。
「はあー、しょうもない人ね。まだ嘘をつくつもり?じゃあ、あなたが本当に宮廷魔法師だとして、なぜこんなところに?歴史に残る聖なるバリアを張ったシールド様だとして、なぜよその国で食うに困る生活をしているの?」
ごもっとも過ぎて俺も聞きたい。
「追放されて。バリアが強すぎたみたいで、政治面で俺が邪魔になったらしい」
「嘘が下手なのよ、あなた。国の英雄を追放する馬鹿がどこにいるの!」
「だっ、だよな?」
なんか初めてこの気難しい令嬢と分かり合えた気がする。
追放された俺悪くないよな?あっちがおかしいよな?
「あんたと話しているとむかつくわ。馬鹿すぎてね。つくり話ももう少しまもとなものにしたら?くだらない、もう私の目の前から消えて!」
「そうはいかない。こっちも仕事で来ているんだからな」
家庭教師を放棄したと辺境伯にバレたら、それこそ職務怠慢でクビになりかねない。
こちらはフェイに安定した食事を供給しつつ、俺自身も安定した高収入が欲しんだ。
仕事は真面目にこなさねば!
「おい、フェイ。お前からもなんか言ってやれよ」
「なんで我が。こんな気難しい小娘を説得できるはずもなかろう」
くっそ、食うだけ食って、仕事は手伝わない気か。
一緒に飢えた仲間だろ!
「とにかく、あなたの指導なんて受けないわ。せいぜい端っこで大人しくしててちょうだい。私の邪魔をして、魔法に巻き込まれても知らないから」
「お、おう」
一応、見守ってたら仕事したうちに入るだろう。
たぶん。仕方ない。これくらいしかできそうにもないし。
フェイのやつも大人しいもので、言い返しもしないし、日に当たって大の字で寝転がり始めた。
俺だって食べすぎたから昼寝をしたいが、一応見守らなければ。
マジックドールというアイテムが中庭に設置されていた。
魔法への耐久値がとても高いマジックアイテムで、頑丈なものはかなり良いお値段がする。
そのマジックドールが、既にボロボロになっていた。
「ほう」
俺が城で見たマジックドールでも、ここまでボロボロになったものは見たことがない。
彼女は毎日あれに向かって魔法の練習をしているのだろう。
宮廷魔法師になりたいっていうのは、本気らしい。
彼女が魔法を使い始める。
あらゆる属性の魔法を、高熟練度で繰り出す。
苦手なものはなさそうだ。
攻撃魔法だけでなく、付与魔法も可能で、どちらも恐ろしいセンスだ。
しかも、回復魔法まで使う。
これだけ器用に魔法を使い分ける人間は、宮廷魔法師序列最高位のあいつ意外に俺は知らない。
アメリアが一通り魔法を使い終えて、息切りする。休憩に入ったとき、俺は思わず手をパチパチと叩いて彼女を褒めたたえていた。
「凄いじゃないか!」
「……話しかけないでちょうだい」
「うっ」
にらみつけてくる視線がとても怖いです。
横目で見てくるあの目は、ほとんど殺し屋と変わりない鋭さを持っていた。
うーん、本当に俺から教えることがないくらいのセンスだ。
見た感じ、才能だけじゃなく努力も惜しまないタイプ。
しかし、マジックドールがあれほどボロボロになるのは、他にも理由があるよな。
彼女の唯一の弱点とも思える点とも一致する。
彼女は実践経験が乏しい。おそらく命かけて戦った経験はゼロに近いだろう。
俺が家庭教師として、彼女に教えてやれること……あるかもしれない。