49話 バリア魔法とボマーの決着
空は青い。なんて心地の良い日だ。しかし、いつまでもこの平穏を楽しんではいられない。男には戦わなければならないときがるのだ。
「さて、やりますか」
「シールド様、私が代わりにやります!」
なんとか俺を制止しようとするベルーガだが、話はすでに決まったはずだ。
これは俺がやる!
必死の形相で、サマルトリアの大地と睨めっこだ。
相手は大地の中、地中奥深くに仕掛けられた爆発魔法。
「くどいぞ、ベルーガ。話はついている。俺がウライ国と約束した仕事だ。俺が片付ける」
「しかし、実行するのは誰でもいいかと!」
それも何度も話した。
バリア魔法を身体に纏わせて、ボマーの遺産を踏み尽くす。
そう、最後の爆発魔法がなくなるその瞬間まで、この土地を走り回り起爆させ続る!
ボマーの爆発魔法は間違いなく天才の代物。
しかし、威力は俺からするとそれほどすごいものではない。悪いが、あんなもの何万発食らおうとも俺のバリアは壊れたりしない。
ここを人の住める土地にしたら、俺の領地になるんだ。
こんなでかくてきつい仕事、他人に任せられるか? いや、任せられない。
俺以外に出来るやつなんていないだろう。
他人の体にバリア魔法を付与できたりするが、バリアが一瞬でもずれればその人はボマーの遺産の餌食となる。
俺の場合は、体にバリアを纏わせているので、バリアがずれたりするなんてことはない。やはり安全性を考えれば、俺しかやれる人物はいないのだ。
それに、秘策はある。
「チクタク、頼んだぞ」
「えー、えー、やります、やりますとも。あんな目にはもうあいたくないですし、なによりここは思っていたよりも居心地が良い」
アザゼルに命じた『魔族大解放計画』で、我が領地の戦力となった魔族のチクタクである。
強力な時間魔法を使うが、扱い辛い性格と口調で敬遠していたが、最近はもっぱら協力的だと聞いている。馬小屋に突っ込んでい置いた仕置きも相当効いたみたいだ。それと実は……。
なんでもチクタク、とある魔族の女性に惚れたらしい。
口説きたいが金がないらしく、それでようやくまじめに働くようになったとか。
働きだしたらその便利な魔法で重宝され、給料も上がり、結果的にこの土地が好きになってきたという経緯だ。
回りくどい道で従順になったが、使える人材になってくれたのはなんともありがたい。
そして、この土地が気に行ってくれたのも、俺としてはうれしい限りだ。
こんど好きになった魔族の名前を聞こうと思う。誰だろう、気にります!
「えー、えー、それで……なにするんでしたっけ?」
……扱い辛い!
身体のバリアを解除して、再度説明して、チクタクの魔法を待った。
「時間魔法――超ヘイスト」
そう、これを待っていた。
「!?」
身体にチクタクの時間魔法がかかる。
俺の体の映像が少しぶれる。なんだか作り物の人間みたいに、動きがかくかくする。
走ってみると、一瞬で数百メートルを移動できた。
うおおおっ、想定通り。
時間魔法で俺を加速し、バリア魔法で守りを固めた俺がサマルトリアの大地を駆け回る。
『サマルトリア走り抜け大作戦』である。作戦のネーミングは俺由来。あまり好評じゃないのは知っているが、自信があるわけでもないのでよし。
魔法が効いているのを何度か確認して、身体にバリア魔法を張りなおす。準備を終えた。
チクタクの魔法を受けたのは、彼を信頼しているからではない。まだチクタクのことは信じられていないが、アザゼルとベルーガのことは信じている。
二人が、チクタクに余計なことをしたら殺す、みたいな視線を向けていたので体のバリアを解除して今の加速状態に入った。
よしっ!
「行ってくる!」
急な加速や、力強い加速だと、地面がえぐれたり、砂埃が起きたりする。
しかし、俺の超加速は時間魔法によるものなので、そういった物理現象が起きなかった。時間魔法の不思議で、凄いところだ。
軽い仕草で超高速に走っていく。
聖なるバリアを超えて、いよいよボマーの遺産を踏みしめる。
カチッ。
踏んだ。しかし、起爆した頃、俺はすでにはるか前を走っている。
その間にも、すでに10個以上の爆弾を踏んでいる。ボマーの遺産、その全てが俺の後ろで起爆していく。
大地が噴水のごとく空へと舞い上がる。
時間魔法のおかげで余力を残しながら走ってでも、爆発が俺に追いつくことはない。
キタコレ!!
完璧な作戦過ぎないか?
あっひゃっひゃっひゃ!
愉快すぎる結果に、思わず笑いが漏れる。走ってるだけで、領地を貰ってしまったぜ!
「――!?」
急に光に包まれたかと思うと、次の瞬間俺の体は上空へと投げ出されていた。
何が起きた!?
上限感覚を失っている最中に、後ろの爆発が追い付いてくる。
凄まじい量の爆発が俺を飲み込んだ。
爆風によって上空でもてあそばれた俺は、ミライエの領地まで綺麗に吹き飛ばされ戻ってきた。
「あびゃー!」
ぼとっと体が投げ出された先に、アザゼルとベルーガが心配しながら駆けてきた。
俺は爆発に巻き込まれたらしい。ようやく理解が追い付いた。
くそ、おそらく誘爆。
俺が走り回って爆発させすぎた衝撃で、ほかの爆発魔法まで起爆させていた。
踏まなければ大丈夫、そんな甘い考えを持っていたことが恥ずかしい。天才魔法使いボマーの前に、俺氏敗れる。
いつまでも倒れていると、二人に心配を与えそうだったので、急いで立ち上がった。
ん? なにか? みたいな表情で、駆け付けてくれた二人を見つめる。
悪いが、派手にやられたが、本当にダメージはない。
ちょっと恥ずかしい思いをしただけだ。
「すまない。計画に無理があった」
「いえ、シールド様の計画に不備などあるはずもありません」
ベルーガちゃんが気づけば全肯定BOTと化している。ありがたい。いつも俺の味方についてくれるのは非常にありがたい。
でも今はそっとしておいて! 恥ずかしいんだ。
こんな幼稚な作戦を実行した自分が恥ずかしい!
大地に座って、少し休憩をした。この計画を見直す。
走って解除するのは無理だったな。面白いアイデアだと思ったが、これでは完全に解除しきれない。
おまけに今後も誘爆を起こせば、また爆風に飲まれてしまう。ちょっと酔うからもう味わいたくない感覚だ。
爆発した大地は凹んだり盛り上がったり、これでは見落としがあっても気づけない。
一度大きな事故が起きれば、この交易路は忌避される。信用を得るのは時間がかかるが、失うのは一瞬だ。ボマーの遺産は一つとして残らず解除しなければならない。
必ず全部解除する。それがウライ国との今後の信頼にも関わってくる。
仕方ない。疲れるが、あれをやるか。
「ベルーガ、グリフィンを借りるぞ。今度は空からやる」
二人に有無を言わさず、空へと飛び立った。
汚名挽回のチャンスだ。
これまでボマーの爆発魔法に吹き飛ばされてダサい姿ばかり晒してきた。
しかし、これでおしまいにしよう。
「バリア魔法――広大無辺」
かざした手の先に、超巨大なバリアが出現する。
俺とグリフィンの下に、大地と平行になる巨大なバリアが誕生した。
そのサイズ、実にボマーが爆発魔法を仕掛けた大地全てを覆うサイズ。
実験段階でしかやったことのない、瞬間的に生じる超巨大バリア魔法。
魔力をぐっと吸われて、グリフィンの上で一瞬頭がくらりとした。
……危ない、危ない。
落ちてもグリフィンが拾ってくれるだろうけど、この空に浮かんだ超巨大バリアを制御することができなくなってしまう。
意識を保たねば。
いくら自由自在のバリア魔法といえども、このサイズは流石にくるものがあった。
普段から楽なサイズのバリアばかり作っているからだな。俺ももっと鍛錬せねば。
「さあ、いくぞ」
グリフィンに地面へと向かって飛ぶように指示して、巨大バリアも地上へと下ろしていく。
サイズは足りている。後はきっちり範囲に収まるようにして、大地にすっぽりと覆いかぶさるように下ろす。
平らなバリアが地面とぶつかった。
直後、バリア魔法と大地の間に爆発が生じる。
爆発音は以降も鳴り響き続け、その振動と音は実に半日も続いた。
ぐつぐつと鍋の蓋となったバリアを揺れ動かしながら鳴り続けた大地が、ある時を境に、騒ぎが嘘だったかと思うくらい静かになった。
全ての爆発が終わったらしい。実に半日も続いた爆発がようやく。……こんなにもあったのか。
この量の爆発魔法を走って処理しようとしていた自分に今更驚きだ。人はたまに、すんごいことを思いつき、しでかすよね。今朝の俺とか……。
バリア魔法、広大無辺によってボマーの遺産との決着はついたと言っていいだろう。
悪いが、100年前の英雄さん。この戦い、俺の勝ちだ。
「シールド様、相変わらずおそろしい力です」
「おう、これは褒めてくれ」
今朝のは、これでチャラな!
パチパチと拍手を送ってくれる二人の称賛を素直に受け止めた。
称賛BOTと化しているベルーガが感動に涙流している。ほどほどにしてくれ。これ以上は照れる。
後鼻をかんでおいて。折角の美人が形無しだ。
「アザゼル、軍を動かす。ダイゴのオートシールドを装備させてもう一度最終確認だ。ボマーの魔法を完全に取り除いたと思うが、念には念を入れて確認をする」
「わかりました。帰り次第、手配致します」
「うん」
新しく俺の土地となったサマルトリアの地平線に、赤い夕陽が沈んでいくのを眺めながら、大きな仕事を終えた満足感に浸る。
いい感じだ。よし、帰ってフェイと飯にしよう。




