48話 他国でも死の領主。バリア魔法外交でも有利に働く
「何か方法があるのですか?ボマーの遺産を整理するというのは」
ツルツルの頭をより一層輝かせて、興味津々に宰相が尋ねて来た。
やはりウライ国側もあの土地を放っておくのは惜しいと考えていたみたいだ。
「ある!」
本当は決まってないけど、こうやってストレートに答えておいたほうが印象もいいだろう。
自信満々に返答しておいた。
宰相は少し考えこむ。考えるときにツルツルの頭を撫でまわすのは、この人の癖なのだろうか……。少し気になる癖だった。
いろいろ対策手段は考えられるので、彼に嘘はついていない。
今思いつくだけでも、バリアを張った俺があそこを走り回るとかね……。やりたくはないけど、最悪そういう方法もとれる。うわっ、本当にやりたくねー。
自分で考えたアイデアだけど、最悪すぎる。
「ふむ、もしもシールド様の言うことが実現したとき、我が国への利益も膨大なものになりそうですね」
そうだろう、そうだろう。
サマルトリの街ができ、南北を結ぶ交易路ができてみろ。
今のように迂回する必要がなく、真っ直ぐいけるんだ。真っ直ぐってのは気持ちよくていいよね。うん。
そんな気分の問題ではなく、間違いなく膨大な利益を生む。
「全権を任されている身ですが、国防の問題もあります。一人では抱えきれなくなってきた案件に思えてきました」
宰相が抱えきれないって、じゃあどうするんだ?
まさか、キッズ国王に頼るとでも?
それは勘弁願いたい。大事な交渉の場にあの騒がしい生物はふさわしくない。キッズ、あっち行ってろ。
「しばし、相談してきてもよろしいですかな?」
「もちろんだ」
どんな返答を貰えるのか楽しみにしながら、茶菓子をいただく。
ウライ国の紅茶はうまいと聞いていたが、噂以上の味だ。
風味や口当たりからして、一瞬で違いが判る逸品。フェイのやつにもお土産出持って帰ってやろう。茶菓子と一緒にいただけば、より一層その味の深みが分かる。
ちょっと待て、交渉がまとまれば、この極上の紅茶が海水にやられることなく我がミライエにも流通するのか? そりゃここで飲むほどの品質は保てないにしても、夢の広がる話だ。
物流を効率化する意味ってのは、俺が感じている以上に大きいのかもしれない。
もっともっと、可能性の広がる世界にできるかもしれない。
そんな世界の実現のためにも、返答が楽しみだ。
宰相がしばらくすると、戻ってきた。
大慌てで、ソワソワした様子だった。
ずっと落ち着き払っていたこれほどの立場の人が、一体如何したのだろうか?
「シールド様からの提案を皆に報告したところ、国王が……。普段は口を挟まない国王が直々にご命令を下さいました」
「えっ……」
あまりいい予感がしない。
普段物静かなキッズが口を挟む? なぜだ。
「我々の中にも案は出ていたのですが、国王の一声で正式に決まりました。今回のご提案ですが、受けさせていただきます」
あらっ、予想外にいい返答だった。
「それと、国王からの提案はまだございます」
おそらくこちらが重要になるんだろうな。気は抜けない。
「ボマーの遺産を整理し、人の通れる交易路を作った暁には、サマルトリア、ウライ国側の地をシールド・レイアレス殿に明け渡す、とのお言葉を預かっております」
「ん!?」
目から鱗が落ちそうになった。警戒していたのとは真逆の結果。
信じられないような条件が言い渡された。
ウライ国と国境を接するから、街づくりが少し面倒だなと思っていたが、まさか平地すべてを譲渡してくれるとは。
ウライ国側が手を付けていない土地ではあるが、ボマーの遺産がなくなれば開発に着手しだすものと思っていた。平地つながりを、国防上の理由で嫌ったのか?
それで、それを丸々くれるというのか?
「こちらとしては、是非もない。非常にありがたい話だ」
「ええ、では正式に書類を作ってまいりますので、2,3日ウライ国でごゆっくりなさって下さい」
待て、待て。
そう簡単に話を進めるな。
美味しい話過ぎて、まだ信じ切れていないところなんだ。
「ウライ国側は本当にそれでいいのか? あまりにこちらに都合がよすぎる」
「いえいえ、そうでもないのですよ。国王の命令で決まったことですが、私も同じ案は考えておりました」
「理由を聞かせて貰えれば、こちらとしても気持ちよく書類にサインできるのだが」
「わかりました」
やはり好意的な関係が築けているからだろう。宰相は全て事細かに教えてくれた。
このサマルトリアの平地は、ウライ国側にとってリスクの大きい土地らしい。
サマルトリアをさらに北上すると、首都圏を守る大きな城塞都市がある。周りの土地の条件的にも、国を守る要所となる土地だ。
この城砦都市の外に大きな街を作るとした場合、その街は常に外敵のリスクに晒される。新しく城砦を立てるにしても、ミライエ首都圏の隣では効果が薄いと判断したらしい。
「いっそのこと、シールド様に渡してしまい恩でも売っておこうというのが我々の考えなのです」
「そんなストレートに言わなくても……」
「それに、サマルトリアの地は歴史を見れば常にミナントと争いを繰り広げていた土地。そこに自治領となったミライエがいることは、ある意味我々の緩衝材になりえるのです。ミライエの存在自体が」
それは俺の聖なるバリアに期待してのことだろうか。
今後ミナントとウライ国の関係が悪くなろうとも、間に聖なるバリアを持ったミライエがいることで進軍しづらいよねってことだよな?
もしかして、ガブリエル、つまりミナントが俺にミライエの土地を明け渡したのも同じ目的があってからか?
いつも争いの場となるこの地に、聖なるバリアを張らせて、互いの国の防御とする。
……そうだとしたら、ミナント側はずいぶんと未来が見えていたらしい。やるな! 素直に称賛を送っておこう。
挟まれる俺たちからしたら大変だが、それは一つの可能性を考えていなくないか?
そう、ミライエがウライ国側とミナント側に侵略することを。
当然そんな予定はないし、やる必要性もないが、少しだけ気になった。
話がまとまりそうなので、余計なことは言わないが。
「今回の話がうまくいけば、ウライ国はまた人が多く増えますな。ふむふむ、人が増えれば、住める土地を増やす必要がある。久々に国に活気が出そうでよろしいですなぁ」
のんきなことを口にする宰相様だ。
まあ、いい。俺への信頼と受け取っておこう。
俺たちは握手を交わして、とりあえずの契約を完了した。
この後作られる書類にサインすれば、正式な契約となる。
満足顔の俺は、アザゼルとともにこの会議室を去った。
この後は二日ほど極上のもてなしを受けられるらしい。最高だな。フェイには悪いが、好きなだけ満喫させてもらうとしよう。エッチなマッサージとかお願いしてみようかな。
城の外へ出た俺とアザゼルは、またあの美しい庭園を眺めていくことにした。
水の流れる水路が美しい。こんな感じの仕掛けを、新しい俺の城にも造りたいな。そう思って眺めていると、太った小さな男が近づいている。
うちの御用商人のような可愛らしい太り方ではなく、かなりたっぷりとぜい肉を蓄えたお方だ。
「シールド様ですな?」
「はい、そうですが」
礼儀正しい男だが、不思議と嫌な気がした。
軽く自己紹介をされ、この国の大臣だと判明する。
「あなた様の活躍は私も聞き及んでおります。なぜあなたのような英傑が魔族なんかを従えているのですかな? せっかくの輝かしい功績が、魔族どものせいで汚れてしまっては勿体ない」
なんだ、こいつ。腹パンしようか、腹パン。
「部下に困っているなら、わたくし奴がご用意致しましょう」
取り入る気満々なのが透けて見える。
それに、俺の信頼する魔族への暴言は許さん。それがもっとも頼りになるアザゼルともなれば、余計に。
「必要ない。悪いが、貴君とはもう話したくない。消え失せてくれ」
わかりやすく態度に出したつもりだったが、この愚鈍な男には伝わらなかったらしい。
「一度お見せしましょう。私のとこにいる人材を見てくだされば、魔族など今すぐにでも捨てたくなりますぞ」
「消えろと言っている」
ここが他国でなければ、美味しい話がまとまった直後でなければ、アザゼルに命じて葬っているところだ。
一向に立ち去らない男を見て、怒りを鎮めて立ち去ろうとしたところで、男が急に平伏した。
頭を下げている方向を見ると、堂々としたなりで歩いてくる少年がいた。
「これは、これは、国王様。なぜこのような場所に」
国王!?
これが噂のキッズ国王か。
その凛々しい顔つきは、賢そうな印象を与えてくれる。
髪を短く切りそろえているのは、この国の風習だろうか?みんな髪短いよな。
宰相とか、全部……あれは違う事情か。
「国賓扱いしているシールド様御一行様に、我が家臣が無礼を働いているのを見過ごせぬため、ここまで出向いた」
「そ、そんな。わたしは別にシールド様に無礼など」
「アザゼル殿を侮辱したであろう」
「しかし、相手は所詮魔族故……」
「愚か者が」
説教をくれてやる国王は、この肥え太った大臣より人の心を理解しているみたいだ。
俺が信頼しているアザゼルを侮辱することを、なぜこの男はよしと考えたのか、甚だ理解に苦しむ。
「この者を引っ捕らえろ!」
衛兵を呼びつけて、大臣を拘束させる。
国王の顔は怒りに満ちていた。
「シールド様。お初にお目にかかります。ウライ国5代目国王、シャプールである」
一礼し、国王自ら謝罪を申し出る。
「いや、別に大ごとにするつもりはない。今回はお互いにいい話ができたことだし」
「それとこれは別。話を反故にするつもりはございません。私の家臣が失礼を働いた。その罰を与えます。シールド様が許して下さるなら解放しますが、そうでなければ……」
俺が許さなければ、この男の首が飛ぶか。
将来有能な国王だ。俺の機嫌を損ねていいことなどないと理解している。
ただの傀儡となっているキッズ国王ではない。事情は知らないが、こんな聡い国王に、こんな愚鈍な家臣は必要ない。
「悪いが、その者を許すことはない」
「そうか。では、処罰はこちらにお任せを」
「ああ、そうしてくれ」
これでも地元じゃ死の領主をやっているんだ。首の一つや二つ、よく飛んでいる。
それに、俺の仲間を侮辱したやつは、どんな奴でも許すことはない。
せいぜい、後悔とともに眠れ。
連行される大臣が罵詈雑言を口にしながらわめいていたが、同情する気は更々ない。
「シールド様、失礼ついでに一つ聞いてもよいか?」
「どうしました? シャプール国王」
「そなたの領地で軍船を多く作り始めたと聞いた。その目的を聞かせ願いたい」
先ほど以上の失礼はないし、次いでに聞いておこうということか。
自国への脅威になり得るかもしれないことを考えている。
この国王はやはり、ただのキッズじゃないな。
ならば、俺も真面目に答えてやるとしよう。
「ウライ国側に向けてのものではありません。ウライとも、ミナントとも長く平和な関係を保っていきたいと考えております」
「では、何故作らせている?」
「東のダークエルフを討つ」
「なっ!?」
ウライ国に滞在した数日、ダークエルフの一件を話しておいた。
ウライ国側にも関係のない話ではない。
街造りとともに、ミライエは今大きな作戦が稼働しつつある。




