47話 バリア魔法と大陸計画
「天気がやばすぎる……」
天変地異でも起きそうな空模様を不安に思いながらも、俺とアザゼルはウライ国との話し合いの場へと向かった。
聞いたことのないレベルの雷音がした直後に、またそれを更新するレベルの雷が落ちてくる。
なんなんだ。
悪魔の大魔王でも降りてきそうな、今日この頃。
こんな日はベッドで横になって読書でもしていたいが、こちらから取り付けたアポだ。
天気ごときで中止にはできない。予定通りウライ国側へ出向くのは当然だろう。
大変な移動もグリフィンがいればかなり楽になる。
ミライエから飛び、聖なるバリアを潜ってあっという間にウライ国の首都だ。半日でついたときは、流石に俺も驚いた。
到着日数が想定よりも早かったため、ウライ国側のお偉いさん方も大慌てだった。
出迎えてくれた高齢の男性は、大臣の身分だという。
形の整ったひげを蓄えた威厳のある人だなと思ったが、まさか大臣が直々に出向いてくれるとは。
態度も非常に親しみを持ったものだった。
これも全て、バリア魔法のおかげだな。
辺境伯の支配する街、エーゲインに聖なるバリアを張って、ウライ国にでかい恩を売っておいた甲斐があった。ちゃんと俺の名は知れ渡っているらしい。
「さあ、こちらへ」
急な来訪にもかかわらず、すぐに交渉の席に立つ旨を伝えられ、この厚遇具合。
うむ、これは思っているより話が簡単に進むかもしれない。
あまり楽観するのはよろしくないが、それほど堅くなる必要もないなと、気分よく城に乗り込んだ。
城までの長い庭園を歩いていく。大理石で作られた空の見える庭園は美しい。
長く細い水路の周りに花が飾られており、いい香りまで漂ってくる。
ウライ国の城は屋根が丸っこいつくりであり、ヘレナ国やミナントの建造物とは見た目から大きく異なっていた。
白く清潔な城にたどり着く。見ているだけでも楽しいウライ国の王城は、中まで非常に心地が良い。侍従たちが俺の足元に赤い絨毯まで敷いてくれるから、なんとも鼻が高い。
今度ミライエでもやって貰おうか……。余計な人件費がかかりそうなので、やっぱり却下だ。
またこれを味わいたかったら、ウライ国にくればいい。
人の視線に、強い興味を抱く感情と、恐怖を抱く感情を感じ取った。
興味は俺に向けられ、恐怖は俺の後ろを歩く魔族のアザゼルに向けられている。
魔族を始めてみる人も多いのだろう。
恐怖するのは無理ないが、何もしなければ危険などない。魔族は悪いやつらじゃないぞ。恐れる必要がないのに、恐れられるとなんだか意地悪したくなる。
性格の悪いところが出そうなので、ここは他国の城だということを再認識していたずらはやめておいた。
わっ!! とか声を出したら何人かは腰を抜かしていただろうな。くくっ、やっておけばよかったかもしれない。
「さあ、シールド様。こちらへ。中で宰相と辺境伯のご息女がお待ちです」
大臣は本当に案内だけだった。
「案内、感謝する」
「いえいえ、今後も我が国を御贔屓に」
「よかろう」
なんか凄く立ててくれるので、偉そうに答えておいた。こうやって人はだめになっていくのかもしれない。領地に帰ったらフェイとまた街に出かけて庶民の感覚でも取り戻すかな? 調子に乗りやすい俺には、それがいいかもしれない。
両開きの大きな扉を押し開くと、円卓の椅子に腰かけていた二人が急ぎ立ち上がる。
顎髭の長い禿げ頭の老人と、若い娘。
一人は知っている人物だ。相変わらず凛々しい美しさを持っている。
天才的な魔法の才は、今も健在だろうか。
麗しの美女が嬉しそうに声を発する。
「先生っ!?」
礼儀作法も何もかも無視して、アメリアが駆け寄ってきた。
「おわっ」
ダイレクトに俺の胸に飛び込んくる。
なんとかケガしないように抱きしめておいたが、危ない、危ない。
俺はバリア魔法しか使えない、ただのパンピーだぞ。
身体はもういっぱしの大人の女性になりつつあるアメリアだ。転げ落ちないように、支えるのが精一杯だった。
「先生、なんで長いこと会いに来て下さらなかったのですか!」
長いといっても、まだほんの数か月だ。
俺の中で長いといえば数年とか、多くて5年くらいか?
まだまだそれほど感覚が開いてるとは思えなかった。これがうら若き少女との感覚の違いなのかもしれない。
「いろいろ忙しかったんだ」
「忙しくても会いに来てください」
がっしりと俺の腕を抱えて、アメリアが体を寄せてくる。
頬をすりすりとする様子は、どこか小動物のようで癒される。匂いも嗅いでくるが……俺変な匂いしないよな?
たしかに数か月とはいえ、なんだかアメリアが家庭教師をしていた頃より大人になっている気がする。
どこが大人だって?
そのぉ……腕に当たる柔らかさがね。前にもこういう感じで腕をホールドされていたが、胸の感触が全然違う。
成長している! 急速に!
とても柔らかいくて、気持ちがいいです。
はい!
当たっているとは伝えられないし、このまま当たり続けてほしいような。
ていうか、アメリアのやつ、わざと俺に胸を押し付けていないか?
ちらりと見たアメリアの顔が少しいたずらっぽい。頬を染めて上目遣いで見上げてくる。その表情ときたら……。
だめだ、誘惑されてはならん。
目を閉じて、孤児院にいた頃、毎日歌っていた教会の歌を歌っておいた。
俺は無欲。俺は無欲。俺は……無欲にはなれない!
女性の魅力というのはとても強いなと半分あきらめながら、席に着いた。
欲に塗れたまま、宰相との話し合いに入る。
「手紙でも少し話したが、領土について話したいんだ」
「ええ、わかっております。アメリア殿を同席させたのは正解でした。シールド様の空気感が和らいだようで」
「ははっ……」
やわ、という言葉に敏感だから気を付けて?
「大事な話だから、国王と話せるものとばかり」
俺としたら、権限を持っているなら誰でもいいのだが、後で話を反故にされるのだけは嫌だからな。責任のとれる人物の言葉と契約書が欲しいだけだ。
「国王はまだ幼く、我々の家臣のサポートを必要とします。ただし、今回の件は国王もすでに知ってのこと。先のエーゲインに聖なるバリアを張ったことも非常に喜んでおられました」
なるほど。
ウライ国にもいろいろあるわけだ。
国王がキッズとか、いろいろ大変だろうな。
そのストレスで宰相の頭の髪が抜け落ちたのかもしれない、なんて邪推はもちろん口にしない。髪と神の話は非常に繊細な問題なのだ。
「事情は分かった。それでは宰相殿と話そう。いきなり本題に入らせてもらうが、俺の自治領の北側に位置する平地、サマルトリについての話だ」
「我が国にわざわざ来てくださったのは、やはりあの土地についてのことでしたか」
事情はある程度透けて見えているらしい。
アザゼルに地図を広げさせた。
グリフィンに乗って記録し、俺が更新した詳細な地図だ。
そして、計画の書かれた書類も一式出す。
あまり表に出したい情報ではないが、開発は始まっているので、いずれ隠しきれなくなるだろう。何より交渉するためにも、ある程度の情報は開示しておかないと。
「サマルトリをミライエの今後の中心都市にしようと思っている。そこで、この計画書を見てくれ」
南の山を削り、そこにミナント中心都市まで続く交易路を繋げる計画だ。
東の港からは、ミナントとウライ国ともにアクセスが可能。
海の航路は今もあるルートなので、やはり今回は陸路についての話が重要になる。
「サマルトリの街は間違いなくでかい街になる。そこで、北に交易路を開きたいのだが、ご存じの通り、ウライ国側の平地には天才魔法師ボマーの遺産がある」
「そうですな。折角の平地ですが、ボマーの魔法があってはどうしようもない」
「もしもだ」
話は終わらない。
ここから核心に触れていく。
「もしも、ボマーの遺産がある土地に、交易路を開けたら面白いと思わないか?サマルトリの街は、ミナントの中心都市と、このウライ国の首都をつなぐ重要な都市となる」
俺だけが得をする話ではない。
これは間違いなく、ウライ国にも益のある話だ。
「今までかなりの距離を迂回していただろう?」
山脈やあらゆる地形条件により、これまでウライ国とミナントの交易路はかなりぐにゃぐにゃしており遠回りだった。それゆえに海路ばかりが発達してきたのだ。
しかし、俺が山を切り開き、サマルトリの街を作ることで比較的まっすぐな交易路ができるとともに、重要な中継地点ができることにもなる。
これはウライ国だけでなく、ミナントを含む、三つの大きな勢力が得をする話だった。
もちろんだが、一番儲かりそうなのは間のミライエだが……。
時代が動く。これからは陸路も海路並みに、いやそれ以上に重要な交易路になり得る。
「ふむ、おもしろい計画です。しかし、北に交易路を作ろうにもボマーの遺産があってはどうしようもないですな」
そもそも不可能な話だと一蹴する。
無策じゃないんだよな、これが。
首を振る宰相に待ったをかける。
「俺がボマーの遺産を整理できるとしたら?」
「ど、どういうことですかな?」
「あの地を、人が通れるだけでなく、人が住めるような土地にするということだ」
ごくり。宰相が唾を飲み込む音が室内に鳴り響いた。
交渉はいよいよ佳境に入る。




