46話 side バリア魔法の外でフェイが珍しくお仕事
面白いものが近づいているのを感じる。ゾクゾクとしたものが、体の芯に訴えかけてくる。
「ふっ」
笑わずにはいられない。
久々じゃ。胸の高鳴る相手は。
このまま放っておけば、どうせあのバリアバカに殺されてしまう。
こんな極上の餌を、うちのバリアバカに差し出すわけにはいかない。
幸い領地のことで忙しくしているみたいだし、これは我が一人占めじゃ。
「我の獲物じゃ。誰にも渡さん」
勢いよく服を突き破って、黄金の翼を出現させる。少女の体には相応しくない規模の翼だが、このくらいが一番速く飛べる。
背中の翼を羽ばたかせて、全力で飛んでいった。
屋敷の屋上から力強く飛び立ったため、またあのおんぼろの屋敷が少し欠けた気がしたが、まあ良い。どうせ、あれは直崩壊する建物じゃ。
……バリアバカにグチグチ言われる前に、見えないところまで飛んで行ってしまおう。
最近は食べることと飲むことと以外に楽しみがなかった。
それもこれも全てあのバリアバカのせいじゃ。
シールド・レイアレス。
人間とは思えない制度の魔法を使う。
この我が全力で魔法を放とうともびくともしないバリア魔法。あれは本当に魔法なのか? という疑問すら生まれる。硬すぎるんじゃ!
神々の戦争時代、我の魔法は大陸を崩壊させる可能性があるとすら評されていた。
人間どもの怯える顔がいまでも忘れられん。
同族のドラゴンには恐れられ、魔族からは敬われ、人間どもが絶望に泣き叫ぶ……そんな我の姿が久しいのぉ。
今じゃ小童一人のバリア魔法すら突破できんとは。
いやいや、あまり自分を卑下することはないか。
あのバリアバカがおかしいだけじゃ。
とにかく、今は久しく訪れていない血沸き肉躍る戦いに飢えていた。
最近では、一方的な勝利と、一方的な敗北しか味わっていない。
一方的な勝利の相手はもう忘れた。なんかドラゴンと人間の魔法使いを倒した気がする。弱すぎていちいち覚えてられん。
一方的な敗北は決まっている。
シールド・レイアレスのバリア。あいつのバリアは堅すぎて、もはや意味がわからん。
未だにあれを割れるイメージが沸いてこない。
「腹立つのぉ!」
この溜まりに溜まった戦いたい欲を、迫ってくる強敵にぶつけねばな。
くくくっ、自然と笑みが漏れるわい。
音速で飛んでいくことで、すぐに港にたどり着いた。
急停止するとあたりにすさまじい暴風が巻き起こり、人間どもが騒ぎを起こしていた。
飛ぶだけで気象現象を起こす、これが我の圧倒的力じゃ。
「わっ。……あっ、フェイ様!ご苦労様です」
「おう」
暴風に慌てることもなく、見上げてくる少年は魔族だ。地上で働く魔族のダイゴが見えた。
翼をしまい、港に着地した。
何をしているのか、少し様子を見ていくことにした。
湊は少しばかり騒がしい。暴風のせいで船が何隻か転覆している。
「すまんな、我のせいで玩具がひっくりかえったな」
「いえいえ、すぐに戻りますので。ところで、フェイ様はどうしてこちらに?」
「遊びじゃ。お主らの邪魔はせん」
「そうでしたか」
一言二言かわすと、ダイゴは自らの仕事に戻っていった。
開発中の軍船とやらは、順調らしい。
全く、300年前には見られなかったものが次々に出てくる。
人間はこれが鬱陶しい。その圧倒的な数の力で、すぐに訳の分からんものを作る。
それに魔族の知識と技術が合わされば、本当に厄介なものになりそうじゃ。
何より……。
「ふー!」
軍船に火を噴きかけてみた。
我の魔力に反応してバリアが自動で守りに入る。
正方形に切り分けられたバリアが船の近くに浮遊していて、魔法に反応する。
我の魔法でも壊せないバリアとなると、シールドのバリアに違いない。
こんなものが大量に作られたら、本当に面倒じゃ。
自軍なので何も言わんが、相手だったら厄介じゃな、と思う。
我ならおおしけを起こして転覆させるが、そうしたら今度は転覆しない造りにしてくるんじゃろうなぁ。
「人間は面倒じゃ」
器用で、小賢しい。数は減ることなく、絶えず進化しおる。
「ねえ、君も船が好きなの?」
突如後方から鼻を垂らした少年が声をかけてきた。
気安く声をかけおって。我を誰だと思っている。
「嫌いじゃ」
「そんな……。かっこいいのに」
船が好きな少年らしく、目を輝かせてダイゴたちがつくっているものを眺めている。
こういう人間が将来、技術を引き継いで更に厄介なものを作っていくんじゃろうな。
これが、人間が大陸を支配し続けている理由か。
いっそのこと……。
「これ、あげるよ。僕もういかないといけないから」
少年はポケットに入った飴玉をくれた。
全く、我をただの少女と思っておるな? バカめ。
けれど、飴玉は貰っておく。
口に放り入れれば、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。
「うんまっ」
まあ、いいか。
黒い感情がすーと引いていく。
別に最近は人間どもをどうこうしようとか考えているわけじゃない。
それに今日はVIP客がいる。こんなまずいもので腹を満たすわけにはいかない。
「おい、ダイゴ」
忙しく動き回っている魔族の少年を呼び寄せる。魔族どもは300年前と変わらず我に従順じゃ。
「はい、フェイ様」
ひっくり返った軍船を元に戻す作業中のダイゴを呼びつけた。
多くの人間が作業中の港は、非常ににぎわっている。
「今日の仕事は終わりにせい。船も安全なところに」
「……はっ、わかりました」
詳しくは聞こうとせず、ダイゴはすぐに行動に移った。
見た目は少年のダイゴでも、バリアバカに権限を貰っていることもあり、命令をすればみんな指示に従う。
これだから、魔族は好きじゃ。
全てを言わずとも理解する聡いところがある。
船の撤去に入っているのを見届けて、ここは大丈夫そうだなと判断した。
翼を再び展開する。
助走をつけて、聖なるバリアの外まで一気に飛んでいく。
「ふむ」
通る分には簡単に通れるのに……。
手から雷魔法を放って聖なるバリアにぶつけてみる。
「びくりともしないか」
全ての魔法を跳ね返すこのバリアは、やはり頭にくる。
あのバリアバカが一か月かけて作り上げたらしいが、それが3年も持ち、どんな手段を使おうとも壊れないだと?
ますます人間の所業とは思えない。
なんなんじゃ、あのバリアバカは。もはや魔法か? これ。
あの常識外れのバリア魔法を考えているとイライラしてくるので、もっと高く飛び上がった。
聖なるバリアが見えなくなるほどの高く、雲より高いところにて待つ。
しばらくすると、VIP客の到着だ。
「来たな」
雲を切り裂き、雷を身体に纏わせた白きドラゴンが雲の上に現れた。
背中にはエルフの戦士が乗っている。
「……なぜこんなところに人間の少女が」
「バカなことを言うな」
人間ごときがここまで来られるか。それもただの少女が。
「グウィバー、出会える日を待っておったぞ。数百年間、エルフが大事に育てている種だそうじゃないか。大陸最強の我と戦いたくて、お主も命令を無視してここにやってきたのであろう」
グウィバー、エルフが育てている赤と白の対のドラゴンの片割れ。
大陸のドラゴンとは全て戦ってきたが、エルフのドラゴンとは未だ戦ったことがない。
300年前の神々の戦争時、このドラゴンはまだ生まれたばかりだったという。
ゆえに、初めての対面だ。
背中のエルフの指示を無視して、我に牙を向けて闘争心剝き出しではないか。
我を前にしてその闘争心。負け知らずの無知故か、それとも本当の実力なのか。
くくっ、楽しみじゃのぉ。
「……超常なる者よ、我らは人間との闘いゆえにここに来た。余計な争いはしたくない」
「エルフの戦士よ、お主はそうでもグウィバーは戦いたがっておるぞ。今にも噛みついてきそうだ」
我の異常な魔力量を感じ取ったか。
エルフの戦士は戦いを避けようとしていた。
しかし、白きドラゴンはもう引き下がることはないだろう。
涎を垂らし、目が血走っておる。そちも戦いが楽しみで仕方ないか。よい、よい。ドラゴンとはそうでなくては。
「それに、我も今はこの地で世話になっている身だ。エルフとの戦争でぐちゃぐちゃにされてはかなわん。だから迷惑が掛からぬように、こうして雲の上まで来たんじゃ」
「……避けては通れんか」
「もちろん。お主も腹をくくれ」
力を解放する。
人間の少女の姿が炎に包まれて、我の真の姿が露になる。
黄金の鎧を身にまといし、大陸最強のドラゴンじゃ。
眩い光が雲を縫って、空にあふれる。
久々にいい感じじゃ。
「……バハムート!? なぜ、最強種がこんなところに!?」
「さあ、はじめようか――!」
――。
この日、ミライエでは説明のつかない異常気象が何度も起こった。
それは歴史に記録されたが、原因は不明と記されている。
雲の更に上、人の目では知りえぬことが、そこで起こっていた。
最強のドラゴンバハムートの勲章がまた一つ増えたこと知るのは、敗れ去って逃げ帰ったエルフの戦士だけだった。
エルフの進行が少しだけ遅れたことを、シールドをはじめ、魔族も領民も誰一人知りようがなかった。




